上に立つ者の教え
「それじゃあ、サリィちゃん。響也くんのこと、よろしくね」
「はい、任せてください!」
翌日、馬車に跨ったサリィが図書館にやってきた。
月宮館長を含めた図書館員全員が見守る中、立花さんが全員を代表するように、すかさず一歩前に出てサリィに頭を下げていた。
「渋谷くん」
馬車へと乗り込んだ俺に、月宮館長が近づいてくる。
その顔を見て、思わず俺は口にしてしまった。
「月宮館長、やっぱり俺、ここに戻って……」
「それ以上は言うな」
月宮館長は、わなわなと動く俺の唇を人差し指で静止させると、どこか穏やかな表情を作った。
「昨日も言っただろう? 本来図書館を守る……管理するのは、私たち図書館員の役目だ。だからここでの君の役目は、元の世界に帰る手段を手に入れること。これは、君にしかできない仕事だ」
「でも……」
「何度も同じことを言わせるな。……何かの上に立つ者は、ときに自分ひとりの感情を貫き通してはいけない場合がある」
そう言って、こちらの反応も伺わずに、月宮館長は背を向けた。
「仮に私が"この世界"で生きることに何ら不満を持っていないとしても、ほかの図書館員の気持ちはどうなる? 私を慕ってくれる者たちの真意を無碍にし、自分の気持ちを最優先にするのは上に立つ者として失格だ」
「それは……」
ここまで言われて、ようやく気が付く。
月宮館長は、元の世界に帰りたがっているほかの図書館員全員の気持ちを汲み取って、その中でも俺が一番元の世界への帰還方法を探るのに適任だと判断したのだ。
その判断は正しいし、誰にも咎めることはできないと思う。
……でも、それじゃあ月宮館長の気持ちは誰が汲み取るのだろうか。
「なるべく早く、見つけてきます。……月宮館長の歳は、こんな世界でとらせませんよ」
「ふふ、言うようになったじゃないか」
月宮館長は振り向き、照れ笑いのような表情をこちらに見せた。
俺はそんな笑顔に心臓の鼓動が少し早くなるのを感じながら、サリィの「さ、行きますよ」という言葉を聞き届けた。