役割分担
それから俺は、少女の要求通り図書館に入れることにした。
その際少女は俺に名を名乗った。言われてから俺も、そういえば少女の名前を聞いていないことに気づくなど、想像以上に混乱していたようだ。
少女の名はサリィ。ちなみに職業はトレーラーというらしい。大雑把に言えば、商売をしながら旅をするのだという。
ちなみに俺はサリィのお得意様第一号だそうだ。まぁこの世界で頼れる人物は他にいないので、とりあえず彼女の援助は受けておこうという答えにたどり着いた。
「うわぁ……!!!」
サリィは図書館に入るやいなや、目をキラキラと輝かせて辺りを見回した。
「こんなに本が沢山……! もしかしたら、ここの本だけで三つのうち二つは10層まで習得できるかも……」
「何!? それは本当か!?」
おお、これで本を探す手間が省けた。
しかしそれも束の間。サリィが、月宮館長が毎月選ぶ今月のピックアップ図書に書いてある本をふと見た瞬間、手のひらを返したかのような言葉飛ばした。
「あれ……この文字、なんて書いてあるか読めない……。あそっか、別の世界の本なんて読めるわけないですよね。ってことは多分、ここにある本は無意味みたいですね」
「意味ないのかよ……」
俺はがっくりと肩を落とした。
「――響也くん?」
その声に、落とした肩と顔を上げた。
目の前には、俺とサリィを交互に不思議そうな目で見る立花さんの姿があった。
「ああ、立花さん。ごめんなさい、いろいろありすぎて戻るのが遅れてしまって」
「う、うん……私、これから響也くんを探しに行こうとしてたんだけど……えっと、その子は?」
立花さんは俺の横にいたサリィに視線を向けた。
「俺がさっきすぐそこで出会ったサリィって女の子です。どうやらこっちの世界の住人みたいで……」
「どうも初めまして。サリィ・エルマンヒアといいます」
「え? あ、えっ?」
立花さんは、何が起きたのか分からないと言ったように、俺とサリィを交互に見た。
そうか、もしかして最初の俺みたいにサリィの言葉が聞き取れないのか。
そのことをサリィに伝えると、
「……なるほど、確かに職業が設定されていませんね」
「そう言えば、最初俺のこと見たときもそんな感じで頭の上を見てたけど、サリィの目には何か見えてるのか?」
「キョウヤさんも目を凝らしてみれば分かりますよ」
言われたので、立花さんの頭上に目を凝らす。
すると目を凝らした場所に、うっすらと文字が浮かび上がった。それは電子っぽい文字で『職業 なし』と表示されていた。
「おお、見えたぞ」
「職業が設定されると、他人の職業を確認できるスキル、ステータスアイが使えるようになるんです。……私たちは生まれた時には職業が決まってるので、こうして改めて教えるのはなんか違和感がありますねー」
「へぇ……ほんとにゲームみたいだな」
とうとうスキルまで出てきたか。ゲーム感満載である。
「ちょ、ちょっと響也くん! なに二人で話してるの!? こっちの世界とか、ゲームとか、とにかく説明して!?」
「キョウヤさん、こちらを」
動揺する立花さんを見たサリィは、懐から一枚の古紙を取り出して俺に渡してきた。
俺がさっきサリィに渡された、あの光る古紙だ。
「これは、職業を変更する時に使用する職紙という紙です。使い方は先ほどキョウヤさんにしたのと同じです」
「俺がやるのか?」
「はい。どうやらこの方はかなり動揺されているようなので、言葉が通じるキョウヤさんが教えてあげたほうがいいかと」
「なるほどな」
俺はサリィから職紙を受け取ると、立花さんへと近づいた。
「立花さん、何が何やら分からないと思いますが、とりあえずこの紙に手を置いてください」
「う、うん……」
立花さんは言われるがままに手を置いた。
するとさっきと同様に古紙が光を放ち始める。
「ひ、光ったよ!?」
「大丈夫です、そのままにしていて……」
しばらくすると光は収まり、何も書いてなかった古紙に黒く文字が浮かび上がる。
『タチバナ ヒヨリ Lv1
初期ステータス・・・
HP :13
MP :12
攻撃力:2
防御力:2
敏捷 :3
魔力 :4
筋力 :3
理解力:20
信仰 :0
職業候補・・・
ウィザード、ライブラリアン、ブックルーラー』
まるでゲームのステータス値のようなものが職紙には記されていた。
「とりあえずステータス表示は成功したみたいですね。……ん~、この中だと、ライブラリアンかブックルーラーが妥当ですかね~。ウィザードにしては少し魔力が低めなのと、防御力が心もとないので厳しそうです」
「ライブラリアンとブックルーラーって何が違うんだ?」
「ライブラリアンは本の識別とか解読、本の管理に長けた職業です。戦闘向きではないですね。ブックルーラーはほとんどライブラリアンと同じですが、ライブラリアンよりも少しだけ戦闘向きです。ですが、この初期ステータスを見ると、この人を戦闘に駆り出すのはちょっと不安がありますね……」
「となると……」
ライブラリアン、という職業に設定したほうが良さそうだ。
サリィに一応確認を取ってみると、やはり彼女もそれがいいと念を押した。
「それじゃあ立花さん、ここにもう一回触ってください」
立花さんを誘導して、ライブラリアンの文字に触れさせる。
「ふぇっ!? ラ、ライブラリアン……?」
立花さんは虚空を望みながらそう言った。
どうやら俺と同じく、電子の文字が見えているのだろう。
あれ、他人からは見えない仕様なんだな。
「えっと、私の声、聞こえますか?」
「う、うん……? 聞こえる……」
サリィの問いに、立花さんは戸惑いつつも頷いて答えた。
頭上に目を凝らせば先ほどまでは何もなかった場所に、『職業 ライブラリアン』との表記が見える。どうやら職業の設定は成功したようだ。
「どうして言葉が急に……?」
「今、立花さんはこの世界における職業を設定したんです。恐らくですがそれによって彼女……いや、"この世界の言葉"が理解できるようになったんだと思います。……理屈は分かりませんけど」
「しょ、職業……」
俺が補足してみるが、相変わらず頭にはてなマークを浮かべたような表情をしている立花さんであった。
でもこれで、ようやくサリィからの説明を受けることができる。
それからサリィは立花さんに、俺にしたのと同じ説明をした。
説明を受けた立花さんは、
「――――はぁ…………?」
何が起きたのかいまいち理解できていなさそうだった。
かくいう俺だって、今では立花さんの慌てようを見て落ち着いているものの、つい先ほどまでは立花さんと同じく動揺に動揺を重ねたような状態であった。
「立花さんっ!」
そんな時、立花さんを呼ぶ声が図書館の奥から聴こえた。
次いで走るような足音と共に姿を現したのは、医学部卒で新人の有馬さんだった。
そしてその後ろには、もう5人ほどの図書館員が慌てた様子でやってきていた。
「おやおや? もしかしてみなさんも職業が設定されていないのですか? ……むふふ、今日は大儲けですねぇ」
「だ、誰だこの女の子……?」
サリィは目を光らせながら、手で何かを計算しているようだった。
サリィの姿を見た有馬さんたち6人の図書館員は、珍しいものを見る目で彼女を見やった。
「さ、キョウヤさんにタチバナさん! 手伝ってください! 私が職業の選択はするので、二人で半分ずつお願いします」
そう言って、サリィはさらに職紙を6枚取り出した。
どうやらまだ職業を設定していない図書館員たち全員の設定を手伝えということらしい。
何故俺たちと出会ったばかりの彼女がここまでしてくれるのか分からないが、とりあえずこっちの世界へ来てしまった以上言葉が分からないのは不便だ。
俺と立花さんは2人で3人ずつ職紙の説明と職業選択の手前までを行い、その後サリィが全員の職業を選択していくのだった。