図書館ごと異世界転移!
「どこだよ、ここ……」
図書館の外に一歩踏み出た俺は、目の前に広がる光景に目を疑った。
周囲は多くの木々に囲われて、地面には草が生い茂っている。
生えた草木は見たこともないものばかりで、歪な形をしているものが多かった。
ここは森の中だろうか?
おかしい。玄条市図書館は、駅からほど近い場所にあったはずだ。
こんな森の中に建っているはずはないのだ。
「そうだ……!」
俺は咄嗟にスマホを取り出した。
電源ボタンを押し、ロックを解除してホーム画面へと進む。
「圏外……」
スマホの電波表記は圏外を示していた。ネットの地図を使って現在地を確認しようと思ったが、どうやらそれは不可能なようだ。
――俺は一度、思考をクリアにして一から考えてみることにした。いろいろなことが起こりすぎて、若干脳が混乱している。
まず、俺たちの体をあの謎の重圧が襲った。
重圧は体感にしておおよそ5分程度の長さだったと思う。
そしてそれが収まった時には、既にこの見知らぬ森の中にいた。
「こいつを、連れてか……」
俺は背後を振り返った。
そこにはこの森閑とした森の中には似つかわしくない、巨大な図書館がそびえ立っていた。
しかしよくよく考えると、森の中に述べ3億冊あまりの本を貯蔵した図書館が入るほどのスペースが確保されているということも、かなり不審な点に当たる。
――すると、
「何だっ!?」
ザザザッと、周囲の草木が揺れる音が俺の鼓膜を揺らした。
咄嗟に背後を振り向くと、そこには一人の少女がいた。
赤くふわりと軽めのカールが掛かった髪に、かんざしのようなものが刺さっている。
服装は布っぽい上下一体の服に肩だけ掛けたマント、腰には茶色い紐を巻きつけている。その紐からは、いくつかの巾着袋のようなものがぶら下がっていた。
――総じて言って、ファンタジーの世界に出てくるような人間……少なくとも日本じゃ絶対に見ないような格好だと言えるだろうか。
少女は俺の背後にそびえ立つ図書館に目を奪われているようだった。表情を見るに驚いているのは分かる。しかし何かを言っているようなのだが、それが理解ができない。
ところどころ日本語に似ているところがあって、もう少しで聞き取れそうではあるのだが、やはり聞き取れない。
すると少女は俺の存在に気づいたようで、
スタスタスタ。
近寄ってきた。
俺はぎょっとして一歩後ずさる。
「――――」
俺に何かを尋ねてきている様子だが、やはり聞き取れない。
すると少女は俺の頭上辺りを不意に見やり、またもや驚いたような顔をした。
「……ん?」
少女は一枚の古紙を取り出して、指で示してみせた。
それを見ると、非常に日本語に似ているものの、やっぱり読み取れない文字列が記されていた。
そして何を思ったか、少女は俺の腕をぐいっと掴み、手のひらをその古紙の上に置かせた。
すると、
ピュイーン
ただの古紙は唐突に光り出した。
俺は慌てて古紙から手を離そうとするが、ぴったりと張り付いて離れない。
それを見た少女は、「落ち着いて」と言うように、俺をジェスチャーのみでとりなした。
しばらくすると発光現象は収まり、俺の手から古紙は離れ、ひらひらと地面に落ちた。
少女はそれを拾うと、またもや驚いた顔をした。この少女は俺と出会ってからこの数分間、何度驚けば気が済むのだろうか。
すると少女は、拾い上げた古紙のある箇所を指差した。
そこに目を落とすと、やはり読めない文字。しかし少女はしきりにある部分を指し示す。
……どうやら、ここに触れ、ということらしい。
俺は訳も分からなかったが、とりあえず少女の指差す位置に触れた。
すると。
『職業 スペルライブラー に設定しました』
「!?!?」
突如俺の視界に現れた、電子的な文字。
でもそれは確実に日本語……というか俺の読める言語で表記されていた。
「――ふぅ~……やっと終わりました~」
「え……」
少女がそんなことを言った。
うん? なぜ俺は急に彼女の言うことが理解できた?
「うんうん。問題はなさそうですね~。あなたも驚いているとは思いますけど、それはこちらも同じです。お互い様ですよ」
少女はこちらの意思を汲むこともなく、一方的に喋りだす。
「ま、待ってくれ! 一体何がどうなって……」
「今見ませんでしたか? あなたの職業」
「職業……?」
そこで俺は、つい数秒前のことを思い出す。
……確か、スペルライブラーだとか書いてあった気が…………
「えっと、確認のために言っておきますけど。あなたの職業は"スペルライブラー"です。名前のとおり、魔法・魔術・魔導の扱いに長けている職業ですね。マジックポイントが高く成長度合いも高い代わりにヒットポイントの方が……」
「いやだから待ってくれ!」
少女がどんどん話してしまうので、俺の脳の処理が追いついていない。
声を張り上げて少女の言葉を無理やり遮る。
「分からないことが多すぎる。一から説明してくれ」
「えー……メンドクサイ人ですねー……。まぁ、いいですよ。私もせっかく見つけたこんな不思議な人材を手放すつもりもないので。何が聞きたいのですか?」
少女に言われて俺は逡巡した。
――今確実に聞いておくべきことは、ここがどこなのか、ということだ。
「ここは、一体どこなんだ?」
「ここですか? ここはサザールの街近くの永遠森林というところですよ」
「永遠森林……?」
当然、聞いたこともない名だった。それに、サザールの街というのも分からない。名前からして、これもまたファンタジー臭のするものだ。
だがとりあえず場所の名称だけは分かった。これは念頭に置いておくとしよう。
「他には?」
「スペルライブラーってのはなんだ? あと、職業ってどういうことだ」
俺の中の常識じゃ職業って言えば、サラリーマンや学校教師、警察官や消防士などを指すものだと記憶している。
スペルライブラーなんて職業名、聞いたことない。
「職業っていうのは、この世に生まれた時から与えられる行動指針みたいなものですね。『あなたの才能はこうなので、こうして生きなさい』みたいな。みんな生まれた時に定められた職業に従って基本的には生活しています。……たまにその道を外れる輩もいますけど」
一瞬だけ少女の表情が暗くなった気がしたが、それは気のせいだったのか、すぐに話を続けた。
「それで、スペルライブラーっていうのが、あなたの職業です。特徴はさっきも言いましたが、魔法・魔術・魔導の扱いに長けていて、基礎マジックポイントや成長分が他の職業より断然優秀です。その代わりにヒットポイントが少し心もとないですが」
「……」
一通りの説明を聞いたあと、俺は呆然となっていた。
少女の口から出てくるのは聞いたこともない単語ばかりか、マジックポイントやヒットポイントなどの、俺の中の常識じゃゲームにしか存在しないようなものがあたかも当然リアルに存在するような口ぶりで話していた。
「それじゃあそろそろ、そちらのことも聞いていいですか? あなたも分からないかもしれないけど、私にもいろいろ分からないことがあるんですよ」
すると少女は俺に聞きたいことというのを、いくつかまとめて言ってきた。
聞かれたことは、俺は何者か・どこからやってきたのか・後ろの大きな建造物は何か。この三点だった。
俺は未だ混乱する頭で、必死にそれらを説明した。
「ふ~~む……。なんとな~く別の世界の人かなぁとは思っていましたけど、やっぱりそうみたいですね」
「べ、別の世界……」
少女の口から、とんでもない一言が飛び出した。
つまり俺は……というか玄条市図書館は、異世界に飛ばされたってことか? にわかには信じられない。
それにしてもこの少女、少女にとっては俺は異世界から突如謎の建物とともに現れた正体不明の人間だというのに、全く動揺する気配がない。
この世界じゃ異世界から誰かが来るのは珍しくなかったりするのか?
「それで、その後ろの建物がトショカンですか。なんかちょっと言いづらい名前ですね。トショカン、トショカン、トチョ……いてっ」
少女はベッと舌を出して痛がった。
「なぁ、元の世界に戻る方法は無いのか?」
俺は痛がる少女にそう尋ねた。
「いてて……そうですねぇ、あるといえばあるのですが……」
「何だ。あるなら教えてくれ。すぐ実行するから」
「いやいやそんなすぐにどころか、そもそもそこまでたどり着くには……あっ!」
躊躇っていた少女は唐突に何かを思いついたのか、雷に打たれたような反応を示した。
「そうですよ~。……えっと、キョウヤさん、でしたっけ? 職業スペルライブラーであなたのステータスなら、もしかすれば……」
少女は何かしらを企んでいるような顔をした。
非常に怪しい顔をしているが、元の世界に帰れる方法があると言うならば、とりあえず聞くだけの価値はあると思う。
「もしかすれば、何だ?」
「えっとですね。この世界には、先ほどスペルライブラーの説明の時に言った、魔法・魔術・魔導の三つの特殊な力が存在します。それらはそれぞれ層と呼ばれる10段階に及ぶ力の段階がありまして。その最高段階である10層を超えたさらに上にもう一つ、天元と呼ばれる特別な段階があります。それも三種類ありまして、そのうちの一つ、天元魔術がいわゆる転移魔術……つまり、この世界と別の世界を結びつけて行き来できる魔術になります」
「……?」
一気に話されすぎてよく分からない。頭が混乱しているせいもあって、普段の理解力が発揮できない。
「まぁつまり、魔術の一番すごいやつを習得できれば、元の世界に帰れるかも知れない。そういうことですよ」
「……でも、それと俺の職業と何が関係するんだ」
「それは、スペルライブラーが、"対応した本を読むことで魔法・魔術・魔導を収めることができる職業"だからですよ」
「そ、それって……」
ただ本を読んでいればいずれ元の世界に帰れるってことか!?
「あ、今楽勝だなって顔しましたね? そんなに甘くないですよ。何せ時間がかかります。具体的に言うと……そうですね、例えば魔法を10層まで読書のみで習得するには、最低でも50年は掛かります」
「ご、50年……」
そんな時間掛けてたら、もう俺はおじいちゃんだ。
「で、でも! 結局習得するべきは、その天元魔術ってやつなんだろ? それなら魔術だけを集中して収めれば……」
「それはできませんね。天元に達するには、最低でも三種全てを10層まで習得する必要があります」
「そ、そんな……」
ということは、単純計算でも150年……間違いなく寿命を迎えて死んでいる。
分かりやすく肩を落とした俺に、少女は明るくこう告げた。
「まぁ、そんな気を落とさないで下さい! レベルを上げれば、自ずと習得スピードは上がって行きますよ!」
「レベル?」
再びゲームのような単語が出てきた。
マジックポイント、ヒットポイント、レベル。三種の神器といっても過言ではない。
「そうです、レベルです。モンスターを倒してレベルを上げるんです」
モンスターを倒してレベルを上げる?
もはや完全にゲームのようである。
「レベルを上げれば、そんなに違うものなのか?」
「はい。目に見えて違うと思いますよ。レベル1の状態……つまり今のキョウヤさんの状態で天元魔術を習得するとなると150年は必要ですが、レベルが10上がって行くごとに、その必要年数は5ずつ減っていきます。それにレベルを上げることでも覚えられるものもあるので、一石二鳥ってやつですね」
「なるほど……」
つまり、レベルを上げながら大量の本を読めば、習得年数が短くなる上にその途中で勝手に覚えることもできるのか。
これは……少し光が見えたかもしれない。
「あと言うとキョウヤさんは……いえ、これは後でもいいですね」
「何だよ、気になるじゃないか」
「いいんです、気にしないでください。そうだ、それよりひとつお願いがあるんですけど」
少女はそう言うと、俺を上目遣いで見上げてくる。
そして、可愛らしく身をくねらせ、恥ずかしがりながら
「……トショカンの中、見せてもらってもいいですか?」