真紅と純白
それから道中で何度かモンスターに遭遇したが、エイヴィットは「採取がある」といいつつ戦闘から毎回離脱するため、ほとんど俺が倒していくことになった。
おかげでレベルが6まで上昇し、とうとう魔力と理解力以外のステータスが上昇した。
ただ、上昇したといってもごく微量で、HPが10から13に上がった。その程度だ。
相変わらず防御面は恐ろしいまでに弱い。今はこの魔力とMPのおかげでモンスターたちを一撃で倒してこれているが、一度攻撃を受けてしまえば一撃でおじゃんなステータスである。
「――ここだ」
エイヴィットが足を止めた。
どうやら、洞窟の終点に到着したようだ。
眼前には2メートル以上もあるような大きな石が二つ立ち並び、まるで一種の扉のような役割をしている。
ここが今回目的の洞窟の主が居るところ、ということだろう。
「どうやって入るんですか? 鍵穴とか取っ手のようなものも見当たりませんし……」
石の扉や周囲の壁を観察するが、それらしいものは全く見当たらない。
すると、小さな手で肩をつんつんとつつかれた。
「お兄ちゃんがやる……りますから。下がっていてください」
「レスカの言う通りだ。爆発に巻き込まれたくなけりゃ下がってな」
「ば、爆発……!?」
そんなことを言うクロッスル兄妹。
まさか、洞窟の中で爆弾でも使う気か!?
冗談じゃない。天井が崩れて主を倒すどころの騒ぎじゃなくなる!
「はぁぁ――」
しかし俺が止めようと口を出そうとした時にはもう、エイヴィットは背中に刺さった剣を抜き横に構え、意識を集中させ始めていた。
「ば、爆弾を使うんじゃないのか……?」
「バクダン? そんな危ないものは私たちは使いません。お兄ちゃんは"剣で扉を壊そうとしている"だけです」
レスカは俺の方を向かず淡々と答える。
剣で扉を……?
「――レスカ! 準備だ!」
「うん!」
レスカはエイヴィットの呼びかけに待ってましたと言わんばかりに返事をすると、腕に抱えていたカゴを下に置き、目を閉じて両手を地面に付けた。
そして、小さくこうつぶやく。
「――母なる地の精霊よ。我らが声に応え、守護なるその力を与え給え――」
レスカの言葉に反応するかのように、目の前の扉の壁や天井が淡い緑色に輝き始める。
輝きはほのかに暖かく、どこか心を安心させるような光だ。
「よし――行くぜ、ヴァンフレイム流剣闘術……烈决斬!」
大剣を真横に構えて気を集中させていたエイヴィットが、その剣を大きく後ろに振りかぶる。
そして、そのまま剣を壁に向かって袈裟斬りの要領で振り下ろした。
ガガガガガガ――――!
剣は石の扉に深く突き刺さり、つっかえることなく削っていく。
洞窟の中は局地的な地響きが襲っているかのような揺れを感じるが、周囲の壁や天井は全く崩れる気配がない。恐らく、レスカの力によるものだろう。スキルか何かだろうか?
それからすぐ、エイヴィットの剣によって大きな石の扉は綺麗な真っ二つに割れてしまった。
「ふぅ。何の仕掛けもねェ、ただの石の扉だったみたいだな」
エイヴィットは背中の鞘に剣を仕舞いながら、軽いスポーツをしたあとのようなノリでそう言った。
彼が両断した石の扉を見ると、厚さ50cmはあると見れた。
これを割ったんですよ? 軽いマラソンをしたんじゃないんですよ、エイヴィットさん?
「どれ……」
エイヴィットはそのまま奥を覗き込んだ。
俺とレスカも背中越しに覗いてみる。
「暗い……ですね」
「何も見えない……」
扉の奥に広がるのは何も見えないほどの暗闇だった。
ただ声がかなり反響するところから、中が広い空間であることだけは知ることができる。
「レスカ、灯りを強くしてくれ。中に入るぞ」
「うんっ」
レスカは入口でも使った光の玉をもう一つ出した。
それを元から出していた玉と合体させると、その玉の輝きは眩かしいまでとなった。
「ずっと思ってたんですが、その、レスカ…………さんのそれって……?」
明らかな年下に敬語を使うことなんて滅多にないから、少し口調がぎこちなくなってしまう。
「……これは私の職業、アースプロテクターのスキルです」
ぷいっと、顔を背けられながら言われた。
そうか。この子の職業はアースプロテクターって言うのか。
職業の名前は単調なものが多いようだから、多分大地の加護を受けし者とかそういった意味になるのだろう。
……しっかし、やっぱり避けられてるなぁ。
「実を言うと、アースプロテクターって職業は今のところ世界でレスカしかいねェんだ」
「へぇ、それは凄いですね」
この世界の職業とは、いわゆるその個人の才能に値するものだと俺は認識している。
つまり、レスカと同じ才能を持った人間は二人と居ないということになる。
自分しか持っていない才能がある……それだけで凄いことだ。
「俺の自慢の妹だ」
「ちょっとお兄ちゃん!」
「ははっ、悪い悪い。そろそろ行くか」
「もう……」
レスカはエイヴィットの言葉に照れたのか、頬を染めながらエイヴィットの胸をポカポカと叩いた。
うん、年相応の可愛さだ。
改めて石の扉の奥に入ると、やはりそこは巨大な空洞になっていた。
レスカのスキルによって生み出された光の玉の力を持ってしても、空洞の最奥と思われる位置までは光が届いていない様子だ。
洞窟の奥にこれだけの空間が広がっているのだから何かあるのは間違いなさそうではあるのだが……
「何も……いませんね」
俺のそんな呟きでさえもまるで暗闇に飲まれるように、この空間はしんと静まり返っていた。
何というか、何の物音もしないのだ。
本当にこの場所に主と呼ばれるモンスターがいるのだろうか?
実は、他にここを訪れた何者かによって倒されてしまったのではないだろうか?
そんな考えが脳をよぎっていると、
「…………黙れ」
エイヴィットが、俺の口を手で塞ぎながら、俺だけに聞こえるような音量で囁いた。
彼は天井を見上げている。……が、俺の目からは何も見えない。
するとエイヴィットはレスカに、光の玉を上に掲げるよう指示した。
レスカは指示通りに玉を持ち上げる。
俺たちの足元を主に照らしていた光は、壁と天井を少しだけ照らした。
おかげでエイヴィットの見上げる天井が、俺からでも見えるようになった。
そして、そこには――――
「シュゥゥゥゥ――――」
体長おおよそ10mはくだらないだろう、"紅い蛇"が、その黄金色に輝く瞳で俺たちの様子を伺っていた。
天井にその身を張り付けさせ、人間の身長ほどもありそうな長い舌を高速で出し入れしている。
「――――っ!」
驚きのあまり、大声が出そうになる。
しかしエイヴィットの手がそれを許さなかった。
「声を出したらやられるぞ」
「…………っ」
俺は頷きだけを返す。
「気づいていないフリをしろ。やつが天井から下りてくるのを狙う」
俺だけじゃなく、後ろのレスカにもそう呼びかけた。
それから俺たちは、蛇に気づいていないフリをしながらいくらか歩を進める。
すると背後で、ザザザザと、岩と硬い何かが擦れるような音が聞こえた。
「……下りてきたか」
どうやら蛇は、俺たちの背後から襲い来るつもりのようだった。
エイヴィットはさらに少し進んだところで足を止めると、後ろにいるはずの蛇も、進むのをやめたようだ。
(こえぇ~!! 真後ろに巨大な蛇……!? こんなの、俺一人だったら絶対無理だ……!)
背後から注がれる強烈な視線に、俺は身震いする。
――死がすぐそこにある。俺の本能がそう告げていた。
実際には触れていないはずなのに、背筋に牙を突き立てられたような感覚に陥らされる。
……それから少しの沈黙が辺りを支配して。時はやって来た。
「来るぞ……!!!」
エイヴィットの声とほぼ同時。
背後で強く地面を打ち鳴らす音が聞こえ、凄まじいまでの圧量が背中に襲い来る。
地を這う蛇の音が、鼓膜を突き刺して体を動かさせようとしない。
「ちっ……ヴァンフレイム流奥義――――三陣空波!!」
エイヴィットの攻撃が、迫り来た蛇にヒットしたのは、音で認識できた。
だが……振り返ると本当に足が動かなくなりそうだ。
「走れ! 自分の攻撃が届くギリギリの範囲まで距離を取れ! レスカもだ!」
「う、うん!」
「ああっ!」
その言葉を背に受けつつ、俺とレスカはほぼノータイムで走り出した。
レスカは小柄ゆえに足取り軽く走ってゆく。
――しかし、ここは洞窟の中だ。
足場が非常に悪いことは当然、俺自身、運動は得意な方じゃない。
「うわっ!」
さらに背後から送られる尋常ではない量の圧に、俺は足をもつれさせてしまった。
顔から転ぶのはまずいと咄嗟に判断し、右向きに体をひねる。
体をひねらせたことで俺の視線は背後を向く。
そこに映っていたのは……もう既に数メートル先まで迫った真紅の大蛇の姿だった。
『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』
「くそがっ!」
エイヴィットが後方から必死に蛇を止めようと攻撃を加えているが、蛇は一向に注意をそらす気配がない。
蛇がひとつ、またひとつと俺に近づくたびに、硬い岩で出来ているはずの地面が抉れていく。
(やるしかない……! 俺が、ここで一旦蛇を引き離すしかない!!)
俺は地面を転がりながら、必死に体勢を立て直してウィンドウを開く。
魔術の一覧から「ドッペルミラー」の名を選択。
瞬間、迫り来る蛇の横に、同じサイズの鏡が現れる。
「シャァァ…………」
流石に突然現れた自分と同じサイズの鏡は気になったのか、蛇は多少速度を緩める。
ただ緩めるのは本当に多少で、これだけじゃ俺どころか、少し先を走るレスカも危ない。
「来い……ドッペル!!!」
俺の叫びに反応するように、鏡が光を放つ。
眩い光は暗闇に包まれた洞窟内を鋭く切り裂く。
そして、その鏡の中から"あるもの"が出現した。
大きな頭がまず出現し、次いで口元の左右に生えた巨大な牙が見え隠れする。
長く伸びた胴体はゆっくりと鏡の奥から這い出て、地面を抉りながら着地する。
そう。鏡の中から現れたのは――――
「シャァァァァ…………」
真紅の大蛇とほぼ同じサイズを誇る、純白の大蛇だった――――。