洞窟
「へぇ……んじゃあ、お前がアーネストの言ってたシブタニキョウヤって言う異世界からやってきたやつだってのか」
「そ……そうなります……」
俺は男性に襟首を掴まれたまま、自分の素性とここに来てしまった理由を話した。
男性の名は、エイヴィット・クロッスル。サザールの街で"建設ギルド"を束ねるギルドマスターという立場の人物らしい。
ギルドとは、特定の職業の人間が集まって形成されている組合のようなもので、このエイヴィットこそがアーネストが言っていた知り合い、ということだったのだ。
……つか、何で説明中ずっと俺の襟首を掴んだままなんですかね。苦しい。
「確かに服装は見慣れねェし、あのアーネストの言うことだから間違いはねェと思う。が…………」
エイヴィットは俺の姿をじっと見る。
ちなみに俺を片手で持ち上げたままである。腕力いくつあるんだ。
「だからと言って、このままお前を解放するわけにはいかねェ。お前はレスカの見ちゃいけねェもんを見た」
ですよね!
俺の正体がわかったところで、俺が見たって事実は変わらないですもんね!
「ど、どうにか許して貰えないでしょうか……」
エイヴィットの顔色を伺いながら、俺はそう尋ねた。
俺だってこんなところでくたばってはいられない。
何としても図書館に戻るのだ。
「…………もしお前があいつの知り合いじゃなかったなら、この場で殺してやっただろうよ。……アーネストに感謝するんだな」
こ……こえ~!
もしアーネストさんがサリィ経由で来てなければ、今ごろ俺は背中の剣の餌食になっていた可能性が……。
「ただ、このまま易々と返すつもりもねェ。しばらく俺たちの手伝いをしてもらうぞ」
「て、手伝いですか?」
眉をひそめて戸惑う俺をよそに、エイヴィットは後方に向かって名を呼んだ。
「レスカ、着替えは済んだか!」
「う、うん……。終わった」
そう言って奥の茂みから出てきたのは、先ほどまで滝壺で水浴びをしていたあの金髪の少女だった。
解いていた長い髪は今や一本に結び留められ、後頭部から腰まで綺麗に流れている。
服装は茶色い布のような素材で作られた簡素な服で、左胸には馬頭の描かれた赤道色の丸いアクセサリが光って見える。
足には黒いブーツを履いていて、腕には大きなかごを抱えていた。
年齢は……12歳くらいだろうか? 完全な子供でもなく、高校生くらいというには些か幼い雰囲気を残している。
「……っ」
少女――レスカは俺を見るなり、小走りでエイヴィットの背後に隠れるように身を寄せた。
「レスカ。聞こえていたとは思うが、こいつが今日俺たちの採取を手伝うことになった」
「うん……」
静かに頷くレスカ。
明らかに乗り気ではなさそうな反応だ。
(そりゃまぁ……見知らぬ男にハダカを見られたらなぁ……)
女性にしてみれば相当ショックなことだろう。
しかし今日一日とは言え、こんな状況で手伝いを続けるのも互いに気分が良くない。
何とかして普通に話せるくらいまでには持っていきたいが……
「――よし、そろそろ行くぞ」
エイヴィットがさっさと歩き出してしまったので、俺の思考が遮られた。
――仕方ない。せめて手伝いが終わるまでには何とかしなければ。
「――ほら、着いたぞ」
「え? もう?」
俺は思わずそう聞き返していた。
何せまだ歩き始めてから10分も経っていないからだ。
しかし足を止めたエイヴィットの先には、あるものが顕在していた。
「ここが今日お前にも手伝ってもらう場所、リンメアの洞窟だ」
「ど、洞窟……」
目の前に顕在していたのは、周りをコケで覆われた大きな洞窟だった。
図書館の周囲と同じように洞窟の周りは嫌に広けていて、歪な形をした草木がその異様さをさらに掻き立てる。
洞窟はそうとうに深いらしく、入口から奥へは目を凝らしても何も見えることはない。
「レスカ」
「うん」
エイヴィットに呼ばれたレスカが、腕に抱えていたかごを置いて目を閉じる。
そして、胸に手を当てながら小さな声でこう呟いた。
「――闇を照らす聖なる光よ、今こそ我らの道しるべとなれ!」
すると、レスカの目の前に顔ほどの大きさの光る球体が出現した。
「洞窟の中は暗い。いいかキョウヤ、この洞窟にはモンスターがウヨウヨいるうえに中も相当入り組んでる。お前のステータスが高いのは認めるが、迷子になられるのはごめんだ。しっかり付いてこいよ」
「わ、分かりました」
レスカ自身が俺から離れていきそうではあるが、そこには触れないでおこう。
それよりもここで何をするんだろうか?
大きなかごがある事を考えると、何かを採取することが目的なのかもしれない。
「よし、行くぞ」
こうして俺たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟内はまさに暗闇で、明かりを灯すレスカから少しでも離れてしまえば本当に見失ってしまいそうだ。
ずんずん歩き、何度目かの曲がり角を過ぎた頃、エイヴィットが唐突に足を止めた。
「――シッ!」
俺とレスカを手で制し、前方に意識をやる。
すると暗闇の中から現れたのは、お世辞にも可愛いとは言い難い大型のスライムだった。
濁った緑の体をうねうねとくねらせ、俺の腰ほどまでもあるその体躯をこれでもかと言わんばかりに強調してくる。
「ふん、威嚇するなら同じモンスターだけにしておきな」
エイヴィットは背中の大剣をジャッと引き抜き、そのまま蹴り出した。
右手で抜いた剣をそのまま片手で横薙ぎにし、スライムを一撃で屠る。
「す、すごい……」
エイヴィットの動きにはムダがなかった。
とても洗練されていて、相手の特徴をよく知っている様子でもあった。
「溶接核か……まぁまぁだな」
スライムの姿が消えた後に残った緑色の四角い物体を拾ったエイヴィットは、それをレスカの持つかごに投げ入れた。
「キョウヤ。次にモンスターが出てきたらお前が倒してみろ。どれだけやれるのか俺がこの目で見てやる」
次はすぐに訪れた。
現れたのは先程と同じスライムと、小さなガイコツの二体だった。
エイヴィットは俺に顎で、「倒してみろ」と示す。
視界の中央に収めると、目の前に電子文字が浮かび上がる。
『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』
続いて、魔法の一覧から魔法を選んでいく。
とりあえず何が効くのかさっぱり分からないため、最近覚えた中で二体以上のモンスターに有効そうなものを放ってみる。
『フレアゲート 発動』
電子文字の出現と同時に俺の目の前に銀色の扉が出現し、そこから無数の火の玉がスライムとガイコツに向かって襲いかかった。
火の玉は無事二体に直撃し、スライムを倒すことに成功。
しかし、ガイコツの方にはそんなに効いていないらしく、頭上のHPバーは6割ほど残っていた。
「グガァァッ!」
ガイコツは明らかに激昂したような声を上げつつ、カラカラと骨がぶつかる音を鳴らしながら突撃してくる。
それに対し、俺は若干後ろに飛び退きながら素早く手を滑らせて次の行動をする。
『フリージングランス 発動』
突撃するガイコツと俺の間に、一本の氷柱が出現する。
ガイコツはそれを見て慌てて足を止めたが――それではもう遅い。
「グギャァァッ!?」
ガイコツに牙を向けた氷柱は容赦なくその胴体を貫き、見事残り6割のHPを削りきった。
『スケルトンキッズ メルトスライム を 倒しました』
「ふぅ……」
額に浮かんだ汗を拭う。
いくら自分に圧倒的な力があるとは言え、やはり始めて対峙するモンスターとの戦闘はかなり緊張する。
相手だって俺の命を狙ってきているのだ。元々死したスケルトンや感情を持たないスライムなどは死を恐れない。
昔から、死を恐れない戦士ほど戦場で怖いものはないと言われているものだ。
「お兄ちゃんと同じくらい強い……」
声に振り返ると、レスカが驚きに目を見開いて俺を見つめていた。
「正直、想像以上だったぜ」
レスカの隣のエイヴィットもそんな言葉を言いつつ、俺の足元に落ちたスライムとガイコツの遺留品を拾い上げていた。
「これなら"やつ"との戦闘でも問題なく使えそうだ」
「やつ……ですか?」
「ああ。この洞窟の主ってとこだな。俺とレスカはそいつの出現する場所でしか採掘できない鉱石を採らなきゃならねェ」
鉱石の採掘……どうやらそれが、今回エイヴィットたちがここに来た目的のようだ。
つまりその主とやらを倒し、採掘を終えてしまえば、俺は晴れてこの呪縛から抜け出せるということか。
「このまま一気に行っちまうぞ」
そして、エイヴィットの号令とともに、俺たちはさらに奥へと足を進めた。