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淡路島の由来
淡路島の由来には諸説ある。
「阿波への道」ということで「あわじ」と読むという説が有名らしい。
淡路は、最古の伝説の書、古事記を読むと、
「淡道之穂之狭別島」と書かれている。
これを、続けて読むととても長い良く分からない名称に思えるのだけれど、「淡道之穂之、狭別島」とすると……
「淡道の穂」の「狭別島」
と読める。
以下はもちろん推測と憶測でしかないが……
淡とは小粒であるという意味で、瀬戸内海には小島が点在している、それらはすべて名も無き淡島であった。
神話では国になり損ねた蛭子たちである。
そしてその淡島を巡る海路が淡路と呼ばれていたのではないだろうか。
そして連なる淡島、は稲穂のように例えられ、その中でもひときわ大きな島には狭別島という名前があった。(または狭別島の形自体を例えている?)
「淡道の穂」の「狭別島」である。
この狭別島の名称の由来は地形を見れば想像しやすい。
それは上が明石海峡、下が鳴門海峡、と二つの狭い海峡に分かれているからである。
……と、いう訳で、淡路島は遠い昔、実は狭別島と呼ばれる島だったのかもしれないと考えてみました。