第5話 王族
よろしくお願いします!
深い森の中息潜め、目の前の巨大な狼に意識を集中させる。
奴は俺が予めこの魔物をおびき寄せるために用意しておいた他種の肉をがっついている。
俺は奴に気づかれる事なく射程の距離まで詰め寄る。
そして背後からすでに完成された風魔法を奴の足に目掛けて放つ。
風の刃はいとも容易く足を切り裂き、奴から移動するための手段を奪う。
今更のように威嚇をして来た所に再度風の刃を放つ。
今度は頭部を狙いしっかりと仕留めた。
「さてと、帰りますか。」
死んだかどうかを確認し、俺はその場を離れる。
本当は後処理とかしなきゃいけないんだろうが残念ながら俺にはそんな知識を持ち合わせていない。
なので森の処理係りに任せようと思う。
俺は森を抜け、屋敷への帰路に戻った。
その途中である文様が描かれた馬車が屋敷の手前で止まっているのが見えた。
◆◆◆◆◆◆◆
「あっ、お父様ッ!お帰りなさい!」
「ああ、ただいまアーサー。お母さん見なかったか?」
「お母様なら、向こうでお料理してるよッ!」
「そうか、そうか、ありがとうな。」
「えへへっ、お父様に褒められた。」
俺は息子の頭をゆっくりと撫で回す。
アーサーははにかみながら微笑む。
愛おしい我が子の笑みに思わず俺の口元が緩む。
「後で一緒に遊んであげるからな、今はお部屋にお戻り。」
「はーいっ!」
アーサーは嬉しそうに返事を返すとドタドタと勢い良く階段を上っていった。
さて、そろそろ決断しなければなるまい。
俺は気を引き締めてステラの元へと向かった。
ステラに声をかけ、食卓に向かい合う形で話を始めた。
「どうしたの、アラン?顔色が余り優れないようだけど・・・何かあったの?」
「ああ、実はとんでもない事になってしまった・・・」
「兄さん、とんでもない事とは失礼だな。態々出奔した兄を追いかけて、
こんな森の中まで来た僕の身にもなってくれよ。」
「ステインッ!?外で待っていろと言っただろう!?」
アランの怒鳴り声に脇に居た二人の護衛が腰の剣に手をかける。
「およしなさい。仮にも彼は僕の兄であり、王族の一人だ。
それに君達では兄さんどころか、奥さんにも勝てはしないよ。」
護衛達は信じられないといった顔して停止していたが、
ステインと呼ばれた男が手を翳すと護衛達は渋々といった形で元の位置に戻った。
「悪いね、兄さん。こいつらはまだ若くて相手の力量も測れないんだ。
でも、許してあげてくれ、これでも王である僕を守護するため必死なんだ。」
「気にしていない。それより、この話は俺からステラに直接話すと言ったんだが?」
「悪いけど兄さん、僕も本気なんだ。事が事だけに兄さん一人には任せられない。
これは『黒髪の獅子』と謳われた最強の剣豪である奥さんの力も必要なんだ。」
「どう言う事か、お話願えますか殿下。冒険者を引退した私達にいったい何をさせるおつもりで?」
「さすがは兄さんの奥さんなだけはある。話が早くて助かりますよ。」
ステインは軽く苦笑すると近くにあった椅子を引き席に着いた。
アランもステラもそれに習えといったように席について話の続きを促した。
「僕が此処に来た理由は他でもありません。貴方達お二人に力を我が国の軍、
騎士団の軍事指導をして頂きたい。」
「アランは、分かりますが私もですか?私など一介冒険者風情に過ぎません。
とてもお力にはなれないと思いますが・・・」
「ご謙遜を。兄と一緒に黒竜に立ち向かい、追い返した程の剣の腕前並みのものではないでしょう。
それに貴方はその後さらにランクを昇格なされて
今では世界で、10人しか居ないランクSに成られたと聞いておりますよ?」
後ろに立っていた護衛達が短い悲鳴を漏らしていたがステラは気にする事なく話しを続けた。
「せっかくお断りの意思をオブラートに包み申し上げたのに分からないんですか?
一国にSクラスの力を持つ冒険者が居る、それだけで各国を刺激するのに十分な材料なんですよ?
それを二人も国に召抱えたとなれば戦争を仕掛けられても文句は言えません。
分かっているのですか、自分の国を危機に陥れようとしているのですよ貴方はッ!」
ステラ軽く拳を握り食卓を叩いた。
それだけであったのにも関わらず、食卓は木っ端微塵に砕け散り、この空間に静寂を齎した。
「・・・申し訳ありません。分不相応な発言、お許し下さい殿下。」
「いえ、戦争が嫌いなのは私も分かります。人が、それも自分の民が傷つけられるのが
どれ程心痛める事か・・・」
「それならば何故?」
ステラの質問にずっと押し黙って聞いていたアランが口を開いた。
「まさか、隣国が戦闘態勢に入っているのではないだろうな?」
「!?」
「さすが、兄さん。その通りです。隣国の三国が略同時期に食料や兵を
掻き集め始めたという報告が入りました。
恐らく三国が結託して我が国を落そうとしているのだと思われます。」
「確かに、一国、一国では脅威でないくとも三国集まれば、
大国であるリヒテットシュタイン王国でも陥落する。
何せあの三国は厄介な者達を国に抱えているからな。」
「つまり殿下は私達を戦争の止めさせるための抑止力として招き、
万が一戦争が始まっても最小の犠牲で勝利を収めるため
私達に軍、騎士団の指導をして貰いたい、そういうわけですね?」
「さすがですね、ステラさん。貴方は本当に優秀な方だ。
兄の嫁でなかったら私が貰いたい所でした。」
「お言葉は嬉しいのですが、余りちょっかいを掛けるとアランが暴走してしまいますよ?」
「本当ですね、すごい殺気だ・・・僕でも意識を保っているのがやっとだよ。」
ステインは脂汗を掻きながらその顔は笑顔のままだった。
どうしてこう国の偉い人達は皆ポーカフェイスが旨いのだろう。
ステラは関心しつつ、咳払い合図に殺気を解かせた。
「では、兄さんお願いできますか?」
「ああ、俺もステラも協力は惜しまない。ただ俺達は此処から国に通う事になる。
それでもいいか?」
「ええ、構いません。むしろ此方からそう願いでようと思った所ですよ。
此処でしたら、兄さん達のように強い者でないと立ち入る事すら出来ませんし、
何より国からもさほど離れておらず密談には持って来いの場所です。」
「おい、勝手に俺の家を使わせる気はないぞ。お前は使いの者でも出せ、
それで定期的に連絡やら俺達の監視やらすればいい。」
「そうそう、その前に一つ聞きたい事があるんだった。」
ステインは席から立ち上がると、手を後ろで組んで目線を上に向けた。
「子供、いるでしょ。」
その言葉にステラは動けなくなった。
不味い、今アーちゃんをこの男に見せては不味い。
ステインの子供は皆不出来だと聞く。
もし、アーちゃんの優秀さに気づいてしまったら・・・
「ああ、息子が一人な。今はまだ4歳だがとても賢い。
この間なんか風魔法を教えたら、使いこなしやがった。」
自分の事のように嬉しそうに話すアラン。
アランも気づいているはずだ。
出奔しても、アランは王族。
その息子が優秀であるならば養子に寄越せと言われる事ぐらい知っているはずだ。
いや、アランは知っていて話している。
何故?
「アラン、アーちゃんを養子に出したいの!?」
「ああ、外の厳しい環境で万が一の危険が伴うより王族として
贅の限りを尽くした生活をさせてやりたい。」
私の質問にアランは、はっきりと淀み無く答えた。
まるでそれがさも当然であるかのように。
「私達の子供が取られるって言う事なのよ!?何でそんなに冷静なの!?」
「出奔した俺が一番よく知っている。現実が気に入らないからといって逃げ出せば
そこは途端に地獄に変貌する。
俺のように辛い思いはさせたくないんだ。」
「・・・・アラン。」
「これは態々許可を取る必要が無くなりましたね。では、明日にでも―――」
「待ってッ!せめて、せめて成人の日を迎えるまではダメよ。
親の勝手な判断で全てを決め付けるのはおかしいわ!」
「そうだな。俺もアーサーが自分で決断できる歳になるまでは連れて行っては困るな。」
ステインはやれやれといった感じで軽くため息をつくと、その場を後にした。
アランはステインを送るり行くと外に向かい、ステラはアーちゃん見てくるといって二階に上がった。
ドアを開けると天使のような寝顔でベットにコロンと横になったアーサーが静かに寝息を立てていた。
(こんな可愛い子を他人に託すなんて、私には出来ない・・・)
ステラはアーサーの白い頬に軽くキスをする。
アーサーのシルクの様に柔らかな肌を撫でつつ、ステラは呟く。
「絶対、母さんがアーちゃんを強くしてみせるわ、だからアーちゃん
・・・そしたら自由な世界に自分で旅立つのよ。」
ステラはアーサーを自分の身を守れる位強くしようと誓うのであった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
誤字脱字等ございましたら教えて下さい。
これからも頑張って掻き続けたいと思いますのでよろしくお願いします!