まかないに潜む罠
「くそっ、ふざけてる」
ダーリュセンはオレンジジュースの入った樽ジョッキを、思いっきり机にたたきつける。
「お客様。机を壊されたらきちんと弁償してくださいね♪」
笑顔でアスクが告げる。
「まあ、なんだアスクも飲め。今日の仕事はこれで終わりだ」
「勝手に終わりにしないでくださいね~」
隣の机に皿を並べるプリンがさらりと割ってはいる。
ダーリュセンは顔に似合わず「いやぁ、すいませんでした」と、少々にやけた表情で応じた。アスクはそんな光景に思わず、くすりと笑う。
「お客様、お酒の方はいらないのですか? このおつまみに合うのはうちの絶品のお酒ですよぉ」
「あ、一応俺まだ未成年なんで」
その一言に思わずアスクはぎょっとする。アスクだけではない、近くを通り抜けたプリンもふ抜けた声を出した。
「えっ、うそ!? その腕っ節に強さ、それに顔と声。どっから見ても三十代。だよな?」
アスクの同調に答えるようにプリンは首をたてにふる。
「あのなあ、俺はまだ十八だ。お前らちと失礼じゃないか?」
「じゃあ、俺は二十一だから年上だな。とりあえず敬ってくれ」
「私も二十一なので、年上ですね。私も敬ってください」
「えっ!? プリンちゃんはいいにしても、アスクお前年上だったのか!? もっと若いと思ってたのに」
「私はいいのですか。なんだか複雑です」
と無駄話をしていたところで、店長のかつが入り、アスクとプリンは仕事に戻る。そんな様子をダーリュセンは笑いながら眺めていた。
「ふひ~、終わったぁ」
「お疲れ!」
アスクは仕事が終わり、ダーリュセンと乾杯する。
「今日はいろいろあったからな。じゃんじゃん騒ごうぜ!」
アスクが大声で叫ぶ。もちろん仕事おわりなので店内には客の姿はない。プリンは現在新作料理の試作とかで、厨房にダイブしている。そして例のごとく店長は、常連を家まで送り届けている。
それからいくつかとりとめのない話をお互いが出していった。門番をしているときの愚痴や、アスクの姉の凶暴さ。本当に意味のない話だ。
「そういえば一昨日くらいにシーフェーニュに来たときのことだけどさ。一ヶ月くらいしたらこの街出て行くみたいなこと行ってたが、どうしてこの街に来たんだ?」
「私もそれは気になりますね」
新作がのった皿を手に持ち、プリンもいすに座る。
色は鮮やかで、形はなんだか幾何学模様のようで神秘的。見ていて好奇心を煽られるものだ。プリンは皿を机に置きながら「今回は形にこだわりました」とつぶやく。
「確か、大きな獲物を追っているとかおっしゃっていたような」
「なんだって、大きな獲物? 俺にも聞かせてくれよ」
二人のきらきらとした視線。アスクはどうしたものかと、少々困り果てる。別に話してはいけないわけではないが、進んで言いたくもない。
しかし、雰囲気が黙秘権を許していない。
アスクは一度深くため息をつき、
「言っておくが、これは笑い話ではないぞ」
二人はうんうん、とうなずく。好奇心の満ちた目。
やっぱりとアスクはためらったものの、仕方なく。
「実は俺は魔王を討伐しにいくんだ」
まあ、と口元に手をあて、純粋に驚いた表情を見せるプリン。それとは対照的に、必死にこらえているんだろうが、妙に口角が吊り上っているダーリュセン。
「魔王というとあの魔王か?」
「他の魔王がいるなら教えてもらいたい」
「いや、そのすまん」
一度大きく噴出した笑い声。一回出してしまったので、相当な落ち着きを手に入れた様子のダーリュセン。
「魔王ってあれか。あの一兆金貨の」
そうだ、と弱々しくアスクはうなずく。
隣では、まあ一兆ゴールドですか!? とプリンが絶賛驚き中。
「俺はあの依頼が出たときは興奮したなぁ。魔王討伐隊に入りたくて猛特訓したっけな」
「俺も興奮したなあ。まあ、あんな依頼書がなければ姉さんが会社を作るなんてことはなかったわけだが」
はあ、と小さくため息をつく。
「まあ、なんだ。とりあえず、いただこうぜ」
必死に雰囲気をごまかそうと、ダーリュセンは料理を指差す。
「ああ、そうだな。冷める、ものかどうかはわからんが早く食べるに越したことはないだろ」
アスクはちらっとプリンの方に視線を向ける。まだ一兆金貨という数字に酔っているみたいで、上の空といった感じだ。アスクはちょいちょい、とプリンの肩をたたく。すると、はっ、私は寝てたかもしれません、と一言つぶやいた。
「うん、うまい」
そう言いアスクはもう一つ口に放りこむ。小さなアメのような堅さで、味は甘すぎず苦すぎず。なんといっても食べ終わった後に残る余韻が癖になる。
ダーリュセンも同じことを思っているのか、幸せそうな顔つきて一個、二個と口に入れていく。
プリンは高評価に、ほっと一息ついた。
「これなら明日から、メニューに入れても問題ありませんね」
「「それは無理だ」」
二人の声が完全に同時に発せられる。
「どうしてですか?」
混乱に満ちた顔。高評価なのに、店には出してはいけない。どうしてでしょう。と一瞬で頭の回路がショートする。
「理由は簡単、これ作るのにどれくらい時間かかった?」
「えっと、下準備には一日使います。そしてその後調理するのに一時間。盛り付けに大体三十分ほど………………はっ、そういうことですか。これでは時間がかかりすぎますね」
「まあでもおいしいから。これからも、がんばって」
「そうそう、試食なら俺もいつでも手伝うから」
「はい、私これからもがんばります」
それからは無言で新作の取り合い。三人は無口に次々と料理を口に放りこんでいく。
「そういえばいつも一人に見えるが、パーティーはどれくらい集まってんだ?」
新作を平らげ、新たに焼き鳥が届いたところで、ダーリュセンが口を開く。
「ああ、まだ俺一人だ」
堂々と言い放ちながら、焼き鳥を口にするアスク。
これには笑いではなく、純粋の驚きがダーリュセンにはありそうだ。
「あぁー。すまん俺の耳はどうかしたらしい。今何人つった?」
「よく聞いとけよ。一人だ」
「それは欲張りすぎだろぉぉぉぉぉーーー」
勢い余りダーリュセンは立ち上がる。
「落ち着け。そもそも俺が旅を始めてまだ、五日くらいしかたってない。ここが最初の街なんだ」
「なるほどな、確かにこの街じゃあ人は集まりづらいわな。派遣会社はシーフェーニュしかいないし、あそこの内部には近づきがたい」
「そうだよな。そもそも何人くらいのパーティーで行けばいいのか、後はどこに行けば魔界に行けるのか。正直俺にはまだ想像もつかん」
「えっ、そうだなぁ、新聞には魔界に進軍とか書いてあったが、魔界ってどこなんだろうな」
ダーリュセンは笑いながら告げる。
これでこの話はお流れか、と思ったところ、意外にもプリンが口を開いた。
「確か、うちに商品を届けてくれるゾウルさん、ちょうどアスクさんが護衛した人ですね。そのゾウルさんは、当時タングールに商品を届けたことがあるといっていたので、何か知っているかもしれませんよ」
「えっ!? マジで?」
アスクの拍子抜けした声に、プリンは即座にうなずく。
「よくうちに来るときに、事あるごとにその話をされるんですよ」
「情報ありがとう。今度時間があるときにでも、商業ユニオンでも尋ねてみるわ」
「あっ、そうだプリンちゃん、おかわりいい?」
「もちろんです」
さっさ、とオレンジジュースをくみにプリンが席を立つ。
「何かわかったか?」
先ほどとは違い、少し厳格な顔つきでアスクがたずねる。
「あの二人、どうやら地下牢にいれられてるらしい。夕方ごろに警備のやつがいろいろと教えてくれたよ」
「話はできると思うか?」
「なんとか、警備のやつに話をつけておいた。明日の朝出勤時間の一時間前に来い。三十分だけ時間がとれる」
そう言い終えたところで、プリンが樽ジョッキ右手に戻ってくる。
「これがラストオーダーですよ」
はいはい、と言いながら、ダーリュセンは樽ジョッキを受け取り、
「それとこれは本日のお支払いいただく金額になります♪」
ぽかんとした顔つきで紙を渡される。
「はいっ!? 何この金額、めっちゃ高くない?」
「新作の方のお値段になってます」
「えっ、金とるの!?」
はい、と笑顔でプリンがつげる。
ははははは、とアスクは隣で笑っているが、
「こっちはアスクさんに」
アスクも書いてある金額にぎょっとする。
「うちのまかないは有料なんです」
その笑顔に二人は反論することなどできなかった。