鎧を外した景色
俺はきっとあの日、夢を見た。とても現実的で生々しい。確かに肩をつかみ、やつを捕らえた。これで逃げられない。しかしそこにはもう誰もいない。呆気にとられ、投げられる数枚の銭。とてもじゃないが、拾おうなんて思いはおきなかった。
思い上がり。いつから俺はそんな風になった。俺はどうしてシーフェーニュなんかに入った。今俺がしていることは何だ。
そんなことを頻繁にダーリュセンは思うようになっていた。
全てはあの剣士に会った日から始まった。
昔、村を襲ったドラゴン。その討伐隊の先頭にいたのは、若い剣士。防具はつけず、鞘を天に投げ捨て、剣一本右手に突撃する姿。俺はあの光景に憧れて武装兵を目指した。
そんな俺も今では全身に銀色の重鎧を身につけ、見た目の強さをアピールしていた。これが俺の目指した、あの剣士なのか?
ダーリュセンは会社の支給品である重鎧を返却した。
妙に清々しい、気分だ。鎧を身に着けずシーフェーニュを歩くなどいつ以来だろうか。ここの施設はどうも使いづらいと思っていた。だが間違っていたのは施設ではない。俺だったのだな。
ダーリュセンは窓に顔を出し、大きく深呼吸した。風が皮膚を通る感触を確かに感じた。少しばかり冷たい風だが、少しも不快感は覚えない。むしろこれが気持ちいい。
「隊長、ここにおられたのですか。お体の方はもう大丈夫なのですか?」
振り返ると、新人の門番が立っていた。
「問題ない。それと隊長はやめろ。俺はもう警備隊は辞任した。隊長ではない」
「そんな、どうして」
「俺がやりたかったのは人助けだ。門番ではない」
無表情でダーリュセンは言い放つ。
それが現在門番をしている新人に向けて、どれだけ苦痛な一言なのかダーリュセンはわかっていた。彼もまた自分と同じ志で入社したことを知っていたからだ。
シーフェーニュにおいて、警備隊は飼い殺し隊と呼ばれていた。特に実戦はなく、いざという時に備えた見張りのみの仕事。出世の道は小さく、ダーリュセンのように隊長クラスまでいかなければ部署変えも認められない。
それは人助けに夢みて入社した者には悲痛なものだった。
ぷるぷると震える新人の手を、ダーリュセンはそっと握る。
「お前は強い。いずれ実力が認められれば、移動を認められる。警備隊に配置されてしまったからには、なかなか実戦はつめない。だが自由な時間はたくさんある。自分で考えて行動するんだ」
「はい」
力強い返答だ。
これならきっと大丈夫だ。ダーリュセンは強くそう思う。
「そうだ、俺になんか用だったのか?」
「あ、はい。そうでした。実は今日新人のお雇い社員がきまして」
「それでどうして俺を?」
「実は先輩方がそのお雇いに演習を申し込んだんです。それも四対一で」
なるほど、とダーリュセンはうなずく。何人かそういうことをしそうなやつに心当たりがあった。自分の仕事がもってかれるため、お雇いはあまり好かれないのだ。
「それでその四人がぼこぼこにやってしまって、収集を納めてほしいと言うことか?」
「いえ、それならばいいのですが、それどころでは…………。とりあえず、演習場にきてください」
ことの重大さを悟り、ダーリュセンは走って演習場に向かった。
サッカー場ほどの大きさの演習場。ここでは毎年、社内でのトーナメント式での戦闘訓練などが行われている。そういったイベント以外では、先輩が後輩に技術を教える、いわばコミュニケーションの場となっている。
いつもはすかすかという印象を受ける演習場。しかし今日は違った。いつも門で駄弁ったりする警備隊の連中。さらには依頼帰りの武装兵やデスクワークなどをする社員までもが観客席にいる。
これはどういった騒ぎだ? そう思い、ダーリュセンはじっくりとコートをみる。
一人の男、それを囲むように六人の鎧を身に着けた武装兵が剣を構えている。
「やあダーリュセン。君も参加するのかい?」
横の低い位置から声が飛んでくる。デスクワークをしている…………少しばかり考えたが、名前は出てこなかった。だがよく門番をしている時に話していたということだけは、しっかりとダーリュセンも覚えている。
「参加? これはどういった余興だ」
「あそこに囲まれてるやついるだろ。あいつを倒せれば大金が手に入るんだよ」
「どうしてそうなった。最初から説明してくれ」
「まず、あいつは今日から来たお雇いらしい。それで遠征部が演習を吹っかけたんだよ。あいさつがない、とか言ってな」
男の声がだんだんと興奮気味になっていく。
「それでそのお雇いがなんと全員倒しちまったんだよ。それでそれを見てた経理部のやつらが、お雇いに勝てたら金を出すなんて言うもんだから、お祭り騒ぎよ」
「なるほど。経理部らしいな。挑戦料でもうけようって魂胆か。そんなにお雇いは強いのか」
「ああ。なにせ遠征部の主力の何人かが手も足も出てないからな。まあ見たほうが早いって」
ダーリュセンはコートを見るが、とても遠征部の主力が手も足も出ないほどには見えなかった。遠目に見ていても、体つきがしっかりしているとは思えない。少しやせ細ったからだには、力があるなど想像もつかない。
だがそんな推察はすぐに意味のないものとなった。
六人が一斉に動く。長年コンビを組んでるからこその動き。六本の刃が一人の男に襲い掛かる。これは死んだかもしれない。思わずダーリュセンは目をつぶった。
だが聞こえてくるのは、観客の大歓声。
急いでダーリュセンはコートに目を向ける。地面にお雇いの姿ない。六つの刃の先には何もない。
そんな馬鹿な。人がそんなにも高く飛べるものなのか。空中を舞う姿。それはまるで翼を手にした鳥のよう。ダーリュセンは呆然とそんな様子をみた。
歓声が次々と沸き起こる。
剣を使ったかと思いきや、手や足など縦横無尽に身体能力を活かす立ち振る舞い。これはシーフェーニュの武装兵が何人集まっても勝てるはずがない。そう強くダーリュセンは確信した。
「どうだい、あんたも挑戦してきなよ」
ダーリュセンは強く背中をたたかれる。
背中に受ける生々しい痛み。それも鎧を脱いだから訪れるものだ。
「一昨日くらいに、俺はやつと会った。はは、そうだあの後ろ姿。あの軽い身のこなし。間違いない。俺はあのお雇いには勝てないよ」
「そんなのわからねえ。あんたもいつものごっつい鎧を身に着ければいい勝負になるかもしれない」
男の話なんて耳に入ってこない。ダーリュセンは震えていた。
ここから飛び降りて語り合いたい。剣と剣とがぶつかりあう。お互い弾きとばされたかのように間合いをとる。お互いがベストに仕掛けをできるようにじっと耐える。それをあのお雇いとやってみたい。
だが今の俺にそんな資格があるのか? 戦闘には自身はあるが遠征部の主力には当然劣る。そいつらが六人束になってもだめだった。じゃあ、俺一人が行って何ができる?
ダーリュセンの足は止まったまま、ただ輝く剣士を眺めていた。