調査依頼
「まずは一言礼を言わせて欲しい。ゾウル君たちを賊から守ってくれて本当にありがとう」
深々と頭を下げるのは、商業ユニオンロルンディアン支部の支部長ワトランドだ。少しばかりお腹が出ていて、妙に笑顔を振りまくような男、という印象をアスクは受ける。
「いやなに、俺は護衛依頼を遂行したにすぎない」
アスクは護衛依頼を終えたすぐ後ゾウルに呼ばれ、商業ユニオンロルンディアン支部を訪れていた。
商業ユニオンは規定以上の都市に配備されるもので、その都市の商業の安定、そして国への納税を行う機関だ。商人は各都市の支部へ決まった額の税を納めることによって、商売を許されている。
「それでも、本当に感謝しているよ。最近契約破棄する商人たちが続出していてね。ゾウル君たちまで賊
にやられたら、商人の士気は駄々下がりだよ」
ワトランドはおでこから滴り落ちる汗を拭い取る。
「感謝なら、酒場のプリンって娘に言ってやってくれ。依頼主は彼女だ」
「そうだね、今日の夜にでも礼に行かせてもらうよ」
そう告げるとワトランドはポケットから、じゃらじゃらと音がする白い絹袋を取り出す。
「これは今回の依頼料だと思ってくれていい」
絹袋を半ば押し付けるがごとく、アスクに突き出すが
「俺は商業ユニオンの依頼を受けたわけではない。すでに依頼料の一部はもらっている。それは受け取れない」
「いやこれは私からの気持ちと受け取ってくれればいい」
「そんなにでかい働きをしたわけでもない。やっぱりその金は受け取れない」
頑固とした態度のアスクに、ようやくあきらめがついた様子のワトランド。しょぼんとした顔つきでそれをポケットに再び収める。
「それじゃあ俺はこれで帰らせてもらう。そろそろバイトの時間なんでな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少しだけ時間がほしい」
アスクはうなずき、見るからに高級そうなソファーに座る。
アスクの招かれた支部長室の中には、他にも多くの高級そうなものがうじゃうじゃしていた。ワトランドはこの街では名の知れた骨董品収集家である。
「今回の賊の件で調査を依頼したい」
すっと、正式な文面での依頼書をアスクに手渡す。
そして成功報酬という欄に書かれている金額に、思わずアスクは目をこすり、もう一度念入りに目を通す。無論書かれている文字が変わることなどない。
「こんなに商人はもうかっているのか?」
「これから被るであろう被害を考えると、これはとても妥当なものだ」
アスクはごくり、とつばを飲む。さすがに調査という依頼の成功報酬ではない。アスクが旅たつ時に託された金額とほぼ同等だ。
何年か経ったら商人になるのもおもしろいかもしれない、とアスクは思った。もちろんその日まで命があればという話だが。
「そもそもどうして俺に依頼する。正式にギルドを通し、シーフェーニュに託すというのが妥当じゃないのか?」
「事はそう簡単ではないよ。今回の賊を見て、アスク君はどう思った」
アスクはあの時の戦闘を思い起こす。統率された動きに、入念に敵を排除するための努力をしているように感じられた。シンプルだが的確な待ち伏せ。あれはそんじょそこらの賊ではない。
「あれは少しばかり戦闘訓練を受けているやつらだった。動きが違う」
「そうだとも。普通の賊なら、すぐにシーフェーニュが片付ける。だが今回は違う。シーフェーニュは自らの信頼にかかわる問題にもかかわらず、重い腰を上げようとはしない。これがどういう意味だかわかるかね?」
「ようは自作自演と言いたいのか?」
ワトランドは小さく首をたてにふる。
「商人がシーフェーニュに税を納めていることは知っているかね」
アスクはうなずく。以前ゾウルに聞いた話だ。
「売り上げの三十パーセントでもあんまりなのに、やつらはそれをもう十パーセントたかりとろうとしている。見たまえ、彼らも涙を流しているよ」
ワトランドの指さす先にあったのは、彼が集めた骨董品群だ。
どう涙を流すのか教えてもらいたい、とアスクは思うが当然のごとく口にはしない。
「しかし考えすぎじゃないか? この街の商人が減ればそれこそ収入が減ってしまう」
「商人が減れば、ある一定の商人がどんどん儲かっていく。客がいなくなるわけではないからね。そうした状態から商人と癒着する派遣会社を私は見たことがある」
淡々とつげるワトランドの瞳の奥に、何か深い闇のようなものをアスクは感じた。これは何か経験した者の目だ。
「はぁ、私はなんて不幸ものなのだ。なあ、そう思うだろ?」
アスクは返事をしない。ワトランドのことをよく知らないから、という理由ではない。この投げかけが、アスクに向かってされていないからだ。
「君たちは嘘をつかない。君たちの価値は永遠だ」
ワトランドが投げかけているのは、彼の集めた骨董品にむけてのものだった。顔をこすりつけ、よしよしと言っているのが目に入ってくる。
さすがのアスクもこれには、小さく吐息をもらす。心の中で少し笑っているいるのを隠すためだ。
「えーと、少し話しを戻しても?」
収拾がつかないと思い、咳払いを一旦いれる。ワトランドはすまんすまんと言いつつ、アスクの真向かいに腰を下ろす。
「じゃあシーフェーニュが限りなく黒に近いという見解から、俺に依頼をしたということで大丈夫か?」
「うむ、そういうわけだ」
「他に怪しい人、または組織に心あたりは」
「商人はすべて怪しい。なにせ他の商人がいなくなれば、ライバルがいなくなるわけだからね。無論私は支部長という立場から、ある一部の商人の独占を防がねばならない」
少し焦ったようにつげ、ワトランドは汗を拭う。
「そうか。それと一つ頼みたいことがある」
「ん、なんだね。金額に不服を覚えたかね」
「いや、シーフェーニュへの紹介状を書いてもらいたい」
「それはだめだ!」
いきなりの大声に思わずアスクは、耳に手を添える。
「しかしシーフェーニュを調査するには、中に潜入するのが一番の方法だと俺は思うが」
「なんだそういうことか、だったらそう言いたまえ」
ほぉ、と吐息をもらし、さきほどまでの温和なワトランドに戻る。
「これを持っていけば、きっといい待遇をしてくれるはずだ」
机から一枚の紙を取りだし、アスクに渡す。
「ありがとう。この依頼、引き受けさせてもらう。情報が入り次第、直接報告にくる」
そういい残し、アスクは走って酒場へと向かった。