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ロルンディアンまでの道

 ロルンディアンから徒歩二時間ほど離れた場所に位置する港。アスクは護衛依頼のために朝早くに港に到着していた。

 港といっても、小さな宿泊施設が一軒あるのみで、だいぶ殺風景な場所だ。


 宿に足を踏み入れるとまず、ロビーにある小さな机で本を読む少し年老いた男性が視界に飛び込んでくる。事前に指示を受けていた人相と似ている、とアスクは思いゆっくりと男性へと近づく。


「あんたがゾウルという商人かい?」

「あんたは?」


 特にアスクの顔をのぞこうともせず、貫禄のある商人が仏頂面で問う。


「ロルンディアンまでの護衛依頼を受けたアスクだ」

「そんな依頼出してないけどな」

「ロルンディアンの酒場の娘でプリンって娘の依頼だ」


 ああ、と商人はうなずき、本を閉じて机の上に置く。そして初めてアスクの方に視線を向ける。

 そして商人は興味深そうに目を光らせ、ゆっくりと立ち上がる。


「こいつはなかなかの値打ちもんだな」


 アスクの腰に収まる鞘を、赤ん坊をなでるように触れ顔を近づける商人。まるで目利きのような感じで、いろいろと方向転換をしつつ眺めている。


「おっと、忘れてた。そうだ、俺がゾウルだ」


 腰をかがめたままの状態で、ゾウルがつぶやく。


「そんなにめずらしいものか?」

「いや、王都にいけば手に入るだろうな。ただ高級そうなものを見るとつい、まじまじと見たくなる。職業病ってやつだよ」


 再びゾウルはイスに座りなおし、アスクも真向かいに腰を下ろす。


「単刀直入に聞くが、あんたシーフェーニュの武装兵かい?」


 ぎらりと光る鋭い眼光がアスクを襲う。獲物を逃がさんとするような、息をするのも忘れてしまいそう

なほど鋭いものだ。

 しかしアスクは少しも臆することなく、


「いや違う。俺は遠くの村の小さな派遣会社の武装兵だ」

「そうか、ならいいんだ」


 アスクの返答を聞くと、先ほどまでの商人の目に戻るゾウル。

 アスクもあるていどは事情を察し、あえて踏み込みはせず、仕事の話を切り出すことにした。


「商人は俺を合わせて五人で用心棒が一人いる。それと大きな荷車を使い移動するため、賊に襲われても商品と一緒に逃げることはできない」


 そう言い終えるとゾウルは立ち上がり、近くの従業員にコーヒーを持ってくるように指示した。お前も飲むか? と問われ、アスクは甘いものを頼むと答えた。


「その用心棒というのは、シーフェーニュの武装兵か?」

「まさか、俺は独占ってのが嫌いでね、シーフェーニュはあまり好きではない」


 俺も同意見だと、アスクはうなずく。


「そうかそうか、お前さんもいろいろと苦労してんだな」

「商人ほどじゃないさ。たんまりシーフェーニュに絞りとられてるんだってな」

「そうだ、売り上げの三十パーセントはもってかれる」


 笑いながらつげるゾウルだが、どこが引きつったような笑みになっているのがアスクの目には見えた。


「訴えたりはしないのか?」

「無駄だ。あの街で商売するなら、あいつらには逆らえん」


 ゾウルは従業員からコーヒーを受け取り、ずずずと小さく音をたてる。


「これを飲んだら出発する。もちろん腕はたつんだろ?」

「最近戦闘経験がないから。どこまでやれるかわからん」

「だはは、それぐらい正直なら、信頼にたる」




 それから出発の準備はすぐに整い、統率のとれた行動ですぐに出発することになった。

 アスクも思わず拍手をしてしまいそうになったほどである。


「おい、お前はどこの武装兵だよ」


 ちょうど三十分くらい歩いたところ、用心棒の男が野太い声で横から話しかける。


「あんたは前を見張ってるはずだろ。ここにきちゃ護衛の意味がない」


 アスクは後方の安全を、用心棒は前方の安全を確保することになっている。


「なあに、大丈夫さ。ちょっとの間しゃべってたって、賊も出てこないさ」


 アスクは一度用心深く四方を見る。後ろと前には怪しい影はない。左右も見通しのいい草原が広がっていて、特に怪しいものはひと目観測できない。


「遠くの小さな派遣会社だ」

「俺はこれでもブルグンテールの武装兵だ。ドラゴンの撃退依頼にも携わったことがある」


 ふぅぅぅん、と大きく鼻息を鳴らす用心棒。

 そう聞きながらアスクは軽く用心棒を見る。大きな銀色の鎧。その右肩にはブルグンテールの証である、右を向いたドラゴンの絵がある。


「そうか、それは頼もしいこった」


 平然と告げるアスクに、用心棒は少し不満を抱く。


「お前ブルグンテールを知らないのか? ドラゴン撃退に第一線を置く大派遣会社。かつてはタングールと競ってた時期もあるんだぞ」


「へぇ」と、これまたつまらなそうに一言だけアスクはつぶやく。


「いいか俺の剣舞を見せてやろう、よぉく見てろよ。なんせ俺のけ――――」

「ちょっとまてゾウル。どうしてまっすぐ行く」


 用心棒の声を途中でさえぎり、アスクが大声で叫ぶ。

 するとゾウルは足を止め、


「こっちの方が近いからだ」

「真っ直ぐ行くと見通しが悪い。ここは遠回りだが、迂回しよう」

「なんのためにお前たちがいる」

「それでも安全である道を通るほうがいいだろ」

「商品を届けるなら早いほうがいい。食いもんなんて、早くしないといくつかだめになる」


 アスクの強い口調にも、ゾウルは臆さない。堂々とした挙動だ。


「それでも護衛が二人じゃ、死人が出るかもしれない。俺は命を守るためにここにいるんだ」

「俺は金を稼ぐために商品を運ぶ。金にならねえものを街まで運んでなにになる」


 正論を言っているだけに、アスクは言葉に詰まる。


「いいか、お前らは俺たちを護衛するんだろ? だったらドラゴンの巣に入っても命くらいは守ってもらわねえと」


 がはは、と高らかにゾウルは笑い出す。

 アスクはそんなゾウルをただ呆然と眺める。


「まあしかたないさ、これがゾウルさんなんだ」と、一人の商人が軽くアスクに声をかける。


 それからすぐに足は進みだした。アスクも直進することを認めた。

 ああまで言われたら、引き下がるわけにはいかない。


 アスクは再び念入りに周りを観測する。先ほどから浅い森に入っていた。道はそこそこの広さがあるものの、お世辞にも手がいき届いているとは言えない。さらに昨日降った雨のせいで道がぬかるんでいた。スピードを出せば荷車の車輪がいかれる可能性がある。


「そんなに切羽詰ることはねえ。俺がみんなを守ってやるよ」


 いつのまにか横に来ている用心棒。

 またか、と小さくアスクはため息をつく。


「ここは本当に危険だ。いいから持ち場に――はっ!?」


 視界に重なる二つの影。ひとつは用心棒。もうひとつは口元を白い布で覆い、ダガーを構え用心棒に飛び込んでいる。


 賊だ。


「どけっ!」


 アスクは精一杯の力で用心棒の鎧を押すが、もう遅い。賊のダガーは用心棒ののどもとを一突きにしている。赤い液体をかぶりつつ、アスクは剣を引き抜く。昨日街で入手した、そこそこのものだ。

 しかし賊は身軽に木の中へ消える。賊はヒットアンドアウェイを狙っている。


「賊が出た。戦闘態勢に移る」


 ゾウルが大声でそう告げると、次々と商人たちが荷車から武器を取り出す。

 そして商人たちが瞬時に荷車を一箇所に集め、それを取り囲むように武器を構える。


「商品は俺たちで守る。お前さんは賊をやれ」

「わかった。賊は全部で五人。左に一人。そして右に四人。俺は右をやる」


 ほお、と関心の声を漏らすゾウル。そして左を固めるようにと、商人たちに声をかける。


 アスクは意外にも、ゆっくりと森林の中へと踏み込む。ちょうど左前にある大きな木の陰に、二人賊が隠れているのを察したからだ。走って森林に入ったら、待ち伏せの刃でゲームセットというところだった。


 すっと、アスクは腰にかかった鞘を取り外し、賊が待ち伏せしている木へと滑らせる。アスクの計算どおり、賊が一人飛び出してきた。アスクは待ってましたと言わんばかりに賊を斬り付けた。そしてそのままの勢いで、もう一人の賊へ剣を振る。残りは三人だ。


 少し遠めに殺気を感じる。しかしこちらに近づいてくる気配がない。アスクは一度剣にこびりついた血をなぎ払い、一気に殺気のする方へと駆け出す。

 視界が二人を捕らえた。弓矢を構えこちらを狙っている。アスクは巧みに木を使い、瞬時に距離をつめる。けっきょく二人の賊が弓矢を放つ前にをけりをつけてしまった。

 

 ちらっとアスクはゾウルたちの方に視線を向ける。五人で一人の賊を縛り上げている絵が飛び込んできた。「まったく、本当に商人なのかよ」とつぶやき少し微笑む。


「こっちは全部片付いた。少し深くやりすぎた。手当てをしないとまずい。何か道具は持ってないか」

「どこがまずいんだ。おまえさんはぴんぴんしてるじゃないか」

「俺じゃない。賊だ」

「なるほど。わかった、すぐに手当てをしよう」


 少し抵抗の言葉が来ると思っていただけに、アスクは少々驚いた。それに商人たちの手際の良さにもまた驚かされた。

 ものの数分で応急処置を終え、あとはゾウルたちが縛りあげた賊に処理をたくすことにした。賊はきょとんとした顔で、追ってきてまた襲うということはなさそうだ。


 用心棒の男は荷車で街まで運び、ロルンディアンで葬式を挙げるということをゾウルからアスクは聞く。ゾウルは故郷に返せぬことを非常に悔やんでいた。


 そしてその後は何事もなく一向はロルンディアンの大地を踏んだ。


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