酒場の依頼
「お仕事お疲れ様です。それとシーフェーニュの門番ともめたそうですね」
と、プリンは焼き鳥が五本ほどのった皿をアスクの前に差し出す。
注文はしてないが、と聞くとプリンはサービスです、と微笑む。
「まさかこんなところまで話が届いているとはな。都市部は怖いな」
「お客様ネットワークは最強です。常連さんがいいバイトを雇ったなと、お褒めくださいました」
そう言いながら、プリンはアスクの真向かいの席に座る。
現在は夜の酒場でのバイトが終わり、まかない(有料)を食べているところだ。
「それで、手ごたえはありましたか?」
優しい口調で尋ねるプリン。
しかしアスクは重々しく首を横に振る。
「………………そうですか」
なんだかとても気まずい空気が二人を襲う。
ちなみに現在この空間にはこの二人しかいない。他の従業員は、なぜかまかないが有料なせいでいつも営業時間が終わると家に帰宅し、店長は常連の酔っ払いを家まで送り届けている。ちなみにうちのかわいい娘に手を出したら殺すと、アスクは店長に念を押されている。店長の目は本気だった。
アスクは何度もこの状況を打破しようと、適当におもしろそうな話を口にするがいづれも失敗。そしてもう一度っと思い、口を開こうとしたアスクだが、先にプリンが口を挟む。
「あ、あの一つお聞きしたいことがあるのですが」
非常に厳格な顔つきのプリン。
さっきから妙に反応が悪かったのはこのためか、とアスクは悟る。
そしてゆっくりと微笑みながら首を縦にふる。
「アスクさんはお強いんですか?」
意外な質問に、きょとんとした表情のアスク。あの顔つきからこんな質問が出るなど、アスクにはとうてい予測のできないことだ。
しっかりもののプリンにとってこういった質問は失礼に当たると思い、そう安々と聞けないのだ。
「ま、まあ自分で自分のことを強いというやつは少ないだろうな」
「す、すいません。そうですよね。答えづらい質問でしたよね。本当にごめんなさい」
顔を真っ赤に染めて、何度も首を上下させるプリン。
アスクは「全然大丈夫だから、本当になんとも思わないから」と必死になだめる。
そしてプリンにオレンジジュースを一杯くみ、落ち着いてきたところで、
「どうしてそんなことをいきなり?」
「それがですね、最近この近くで盗人がでるんです」
盗人という単語が飛び出し、目を光らすアスク。
「どうもシーフェーニュの武装兵だけでは完全に抑えきれないみたいで。商人さんがやってられないとよくここで漏らされるんです。それに商人さんたちが襲われると、この店も品薄になってしまうんです」
「なるほど、つまり俺に盗人を退治して欲しいと?」
「いえ、盗人が襲うのはこの街に入ってくる商人さんだけですので、港まで行ってうちの品物を届ける商人さんの用心棒をしてもらいたいんです。と思ったのですが、確か経理部長をされていたんですよね?」
話の終わりのほうになると、プリンの口調は少し気を使うような口ぶりになっていく。
「以前にも言ったと思うが、うちの会社はとても小さくて社員が二人しかいないんだ。だから経理部長をしていただけで、戦闘経験がないわけではない」
アスクには十分すぎるほどの戦闘経験があった。
「そうですよね、あんな素晴らしい剣をお持ちでしたもんね。きっとすごい剣豪でいらっしゃるんですよね」
ものすんごいきらきらした目で、プリンはアスクを見つめる。そんな純粋無垢な目に、アスクは多大なる引け目を感じずにはいられなかった。
なにせ素晴らしいのは剣ではなく鞘なのである。こんな素直な子に嘘をついていると考えるだけでアスクの胸には、申し訳ないという気持ちがあふれてくる。
「ま、まあそう言ってくれると、俺に鞘をくれた人も喜ぶと……思う」
アスクは鞘という言葉をえらく強調する。
「つまりアスクさんのお師匠さんですね」
「断じて違う。これを俺にくれたのは、悪魔と鬼をブレンドしたようなまさに魔王だ」
「なるほど、確かに私の魔王像も悪魔と鬼をブレンドしたような容姿です」
「う、うん」
思わぬところに同調がきたので、アスクは思わず言葉に詰まる。
「では、改めてお願いしたいのですが、商人さんの護衛依頼をお受けしていただけますか?」
「ああ、わかった。ここの焼き鳥がまかないで食えなくなると俺も困る。喜んで受注させてもらう」
「ありがとうございます、アスクさん」
とご丁寧に立ち上がり頭を深々と下げ、
「それで大変申し上げにくいのですが、報酬金の方があまり高い金額を――」
「ああ、ああ、いらないいらない。今日出してくれた焼き鳥が報酬ということにしとくよ」
「それはいけません。シーフェーニュが手を焼くほどの盗人です。命の危険もある依頼ですよ」
「じゃあまた明日焼き鳥をだしてくれ。本当にそれだけでいい」
アスクはにっこりと微笑みかける。
「それでもどうしてもというなら……………君が欲しい。とでも言うつもりだったろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ずっしゃぁぁん、と木製のドアをぶち破り、店内に爆走バイクのごとくつっこんでくるのはここの酒場の店長だ。
「娘はやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「店長落ち着いてください、俺はそんなこと微塵も思ってませんから!」
そしてこの後、謎の口論は長く続いた。