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酒場

「ふざけんなよ。あのくそ姉め」


 酒場でアスクはオレンジジュースの入った樽を思いっきり机にたたきつけた。町人気の酒場と言うだけあって中はだいぶ騒がしい。こんな青年の小さなぼやきは、仕事帰りの親父たちの笑い声に簡単にかき消されていた。

 アスクは姉の派遣会社がある地元アトルスモルを出て、約数十キロ離れた大都市ロルンディアンを訪れていた。なにはともあれ、大都市のほうがいろいろと情報があふれている。


「これからどうすればいいんだよ、まったく」


 これはアスクの癖であった。追い込まれた状況になったり、家で一人でいるときなどいろいろと一人言が多いいのである。まあ、ストレスの溜まる仕事をしているので仕方が無いのだが。


「お待たせしました。焼き鳥です」


 と、従業員の若い女性が注文の品を手馴れた手つきで並べる。

 小顔に短い黒髪、そして少し長いスカートを着込んでいる。妙に服装が色鮮やかで、明るいイメージを周囲に振りまいている。


「あ、ありがとう」

「お酒は飲まれなくてもよろしいのですか? 差し出がましいようですが、もう成人の儀は済ましておられるのでしょう?」

「一応仕事中でしてね。仕事が終わったら………………盛大にやりたいですね」


 仕事が終わる前に命がなくなるのではないか、と一瞬思ったものの、そこはあえて考えないようにした。それにしても、今は勤務中ということになるのだろうか? などと改めて自問自答をして、思わず笑みがこぼれてしまうアスク。


「なんだかおかしな方ですね。お仕事は何を?」

「……………………武装兵、ですかね」


 少々ためらいつつ口を開くアスク。たまに武装兵を歓迎していない地域があるのだ。


「ではシーフェーニュにお勤めを?」


 特に驚いた表情もなく淡々と問う店員。

 ちなみにシーフェーニュというのは、この都市ロルンディアンを牛耳る派遣会社だ。この街の派遣会社はシーフェーニュニュしか存在しない。


「いや、遠くの町の名も無い派遣会社の経理部長さ。まあ従業員が社長を合わせて二人だから自慢にもならないが」

「ではこの町にはシーフェーニュの召集を受けてこられたのですか?」

「そうじゃない。少し遠くまで大物を狙いに行く途中でね。しばらくこの街に長居したいのだが、どこに行けば依頼を受注できるかな。依頼を受けながら生計を立ててかなきゃいけないんだ」


 アスクは姉に渡された十万金貨は、人を集めるための金で生活費として使わないと決めていた。


 アスクの話を聞いて店員の表情が少し曇った。

 そして少々ためらいつつ、


「おそらく仕事の受注はできないと思いますよ」

「どうして? 一応初級レイドくらいなら一人でも余裕でできるけど」


 ふふっ、と女性店員の口から笑みがこぼれる。

 そしてすぐに


「あ、すいません。つい……」


 丁寧に頭を下げる店員。どうやら悪気はなさそうだ。


「いやいいんだ。でもどうしてか、理由を聞かせてもらえるかな」

「この街の依頼は全てシーフェーニュに渡すようになってるんです。だからシーフェーニュに勤めなければ、この町の依頼は受けられないようになってるんです」

「そんな馬鹿な。そういったことがないようにギルドが各都市には配属されてるんじゃないのか」

 

 一般的に住民が依頼をギルドに届け、ギルドが適切な量の依頼を派遣会社の方に渡す、というシステムが取り決めになっている。そして派遣会社が引き受けた依頼をこなすのが社員である武装兵だ。

 ちなみにアスクの村は、規模が小さすぎてギルドが設置されていなかった。アスクのギルドに関しての知識は少しばかり浅い。


「ギルドとシーフェーニュは専属契約を結んでるんです。そのほうがギルドとしても、仕事がはかどるみたいで」

「なんて不合理なことだ」


 思わずアスクは怒りをあらわにする。気が緩んでいるとき、よくアスクは感情を表に出してしまう。常々姉も注意してきたアスクの欠点だ。


「私たちとしては、ある程度は助かってるんです。みんなシーフェーニュの看板をしょってる武装兵なので。受注詐欺なのは起こりませんので」

「なるほど、そりゃごもっともだ」


 アスクはそう告げると、初めて焼き鳥に手をつけた。ちょっとばかり話しすぎて冷めてしまっている。まあ、腹に入れば何でも同じだと考えるアスクには関係ないことだ。


「うん、これはうまい。都市部の肉料理がこれほどまでに進化しているとは。田舎に戻ったら焼き鳥屋を開くというのも面白いかもしれない」


 そういい、もう一本、そしてもう二本と、次々に焼き鳥を食べていくアスク。


「まあ、少し温めるだけの加工食品をそれだけうれしく食べられると、こちらも引き目を感じます」

「ご冗談を、それより仕事はいいのかい。ずっとここにいちゃ、店長にどやされるだろ」

「大丈夫ですよ。私、ここの店長の娘でプリンって言います。それに私の仕事はここでお客様と話すことですから」

「俺はアスクだ。それより俺と話すことが仕事ってどういうことだい」

「もう閉店時間が近いんです。ですから気づいていないお客様にこっそりと諭すのが私の仕事でして。あと、お客様からより多くの注文を引き出すことも」

「ははは、そうか。じゃあもう三本くらい、焼き鳥でも頼むかな。それを食べたらすぐに出て行くよ」


 追加注文が届いてからそれをものの数秒で平らげ、オレンジジュースを一気に飲み干す。

 隣のいすに置いた鞘を手に取り、いざ立ち上がろうとしたとき、


「もしよかったら、少しの間うちで働きませんか? たぶんこの町にいても仕事はなかなかありつけないでしょうし。それに従業員用の寝床もあるんですよ」

「そりゃありがたい。宿代を省けるなら、低級レイドでも皿洗いでも何でもやるよ」


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