7-2:遺跡探索
【7-2:遺跡探索】
明くる日の朝は良く晴れていて、宿の主人も笑顔で外出を促してくるほどだった。よほど孫を助けてくれたシルバに感謝しているらしく、元々安すぎる宿代を本当に下げ、更に連泊するなら鍵はそのまま持っていて良いとまで言う。ここまでされてはさすがに白を切る訳にも行かず、シルバは結局遺跡の入口でノアを律儀に待っていた。
パタパタと駆けて来る足音に形の良い狼の耳がピクリと震える。
「……ホントに来やがった」
「あったりまえだよ! 大事な用事があるんだから!」
予想に違わない来訪者の姿を見るなり、シルバは面倒だという表情を隠さず溜息を吐く。怖気づいて来ないことを淡く期待していたのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。確かに内部のことに詳しい者が居た方が楽だろうが、どうもこの子供は頼りなく、居ないなら居ないで普段通り一人でも大丈夫だと思っていた。早く行こうとせがまれ、渋々着いて行く尻尾は下がり気味だ。
遺跡の内部は想像以上に綺麗だった。土や瓦礫は以前の調査隊が片付けたのだろう。木の枝に火を点けて灯りを作る必要すら無く、等間隔に配置された金属製の籠のような物の中からひび割れた魔晶石が未だに光を放っていた。石造りの壁には何やら紋様が彫り込まれ、小部屋に入れば金箔が僅かに残る調度品の残骸があちこちに見受けられる。入口付近は生活スペースだったと推測されており、柱の折れた天蓋付きベッドや食器類の破片が残されていた。
「こっちこっち。この辺りは罠も無いから、お金になりそうな物は皆が盗って行っちゃったんだ」
ノアは迷うことなく奥へ奥へと歩を進める。中の構造に詳しいという申告に偽りは無かった。隠し扉や足場が脆くなっている場所を忠告するなど、案内役として申し分無い働きぶりに、シルバの機嫌も持ち直しつつあった。
(この坊主、意外と役に立つな。……ちょっとはツイてたと見てもいいか)
しかしこれならば順調に奥へ進めるという考えは甘かったようだ。高さが不揃いな階段を下りて――途中で踏み外さないよう警戒するのが面倒になり飛び降りた。このような時に獣人の脚力は便利だ――三層ほど潜った時、ノアは突然立ち止まり、シルバにこの先の罠について語り出した。
「前に来てた学者さん達の話だと、この層から下が神殿の本体なんだって。だから神官さんとか決まった人しか入れないように、昔の人は色々と罠を作ったみたい。例えばこれとか」
ノアはそう言うなり小石を前方に放り投げる。するとどういう仕掛けか、床が開いて石槍が飛び出した。これまで全く罠が無かったことを考えると、随分と攻撃的になったものだ。
「お前、この先に行ったことは」
「あるよー。慣れるとそこそこ進めるから、とりあえず僕が行ったことある所まで行こうよ」
思いの外頼もしい返事に、シルバは先導を任せて周囲を警戒する。これまでは魔物にも遭遇しなかったが、ここに来て下の方から微かに匂いが漂い始めたのだ。一変した空気に金の瞳を細め、前方の薄暗がりを見据える。
(チッ、カビと埃の匂いが強すぎて鼻が利かねぇ。音も反響してやがるし、これは思った以上に厄介な場所だな)
接近する気配にどれだけ早く反応できるかがシルバの戦闘において重要なことだ。五感に訴えるものから敵を分析し、間合いを詰められる前に一撃を加える。先手必勝を心掛け、彼は今まで一人で生き抜いてきたのだ。ノアの戦闘力はあくまで自衛させるためであり、手が掛からなければ良いという程度で考えている。よって、
「おい、耳下げろ。ジャマだ」
「うん? どうぞ」
ひょこひょこと動く黒い兎の耳を下げさせ、魔動式銃に独特の魔晶石への魔力充填音に首を傾げたのは無視し、重い発砲音を三回響かせて驚かせたことに対しては、微塵も反省する余地は無いというのが彼の考えである。
跳び上がるのをこらえたノアは振り向き、何事も無かったかのように先を促すシルバへ抗議する。
「もう、びっくりしたじゃないか! 撃つなら撃つって言ってよ!」
「敵襲に気づかねぇオメーが悪い。ウサギなら俺より耳良いはずじゃねぇか」
「だって僕はハーフだもん! 足音の方がうるさくて聞こえなかったの!」
いつもはちゃんと気づく、とシルバからすれば疑わしい主張をノアは繰り返す。子供らしい高めの声が反響し、耳を伏せたシルバが適当に謝るまで神殿内は賑やかなことになっていた。
騒ぎにつられて再び魔物の群れが襲ってきたのはその直後のことである。
――――――――――
「ザコしかいねぇな」
魔物は数こそ少し多めだったが、撃ち落とすには一回引き金を引くだけで充分だった。ノアも危なげなく剣を振り回し――剣の大きさが体格に合っていないため重みにつられているのだが、本人は叩いているのではなく斬っているつもりだ――自分の身は自分で守っていた。敵が居なくなると剣を背中の鞘に仕舞い、シルバの呟きに答える。
「シルバが強いんだよ。それさ、魔動式の銃だよね? 一回だけ旅人さんに見せてもらったことがあるんだけどさ、シルバのやつほどゴチャゴチャしてなかったよ」
「魔動式武具を使うなら強化改造は基本中の基本だ。ま、俺のはかなり弄ってる方だけどな」
魔晶石を動力源とする魔動機関を搭載している以上、魔動式の武具は通常の物より大きくなりがちだ。しかしそれへ更に部品を足して威力や耐久性を向上させているため、シルバの二丁拳銃は片手で撃つには少々重すぎるほどである。
「そんなに大きいの使ってたら疲れるでしょ」
「チビのくせに長剣使ってるオメーが言うのかよ」
「僕は両手で持ってるし。……あっ、今チビって言ったな! そんなに小さくない!」
「遅ぇよ」
今度は魔物を呼び寄せないように声を少し落としながら、二人は遺跡の奥を目指す。ノアが遊びで来たことのある場所というのは大分奥深く、更に二層ほど降りた所まで辿り着いた。
下へ進むごとに魔物の数は多く、罠の頻度も高くなっていた。土砂で塞がれた部屋や瓦礫の転がる通路から、調査隊もこの辺りで引き返したのだろうと察せられる。長年踏み入る者のほとんどいなかった、危険な場所。だがそれは裏を返せば、手付かずの財宝が眠っている可能性が高いということである。
宝への期待を密かにシルバが高めている一方で、ノアはある物を見つけて興味津々いった声をあげた。
「あれぇ、こんなとこにレバーなんてあったっけ」
ノアは見覚えの無い仕掛けに、新発見だと心を躍らせている。シルバの忠告など、長い耳でも拾えなかったようだ。
「知らねぇモンには触んなよ。周りを調べてから――」
「もう下しちゃった」
「――罠じゃねぇか確かめて、って、何してやがる!」
ガチャリ。聞こえてしまった音にシルバは言葉を切って怒鳴るが、ノアはきょとんとしている。怪しさ満点の仕掛けを作動させるなどという暴挙に怒り心頭のシルバだが、無情にも説教の時間は与えられなかった。
地響きが徐々に大きくなり、遠くから破砕音が近づいて来る。ノアもさすがに不味いと気づいたのか慌てているが、シルバは最早無言だ。
「…………」
「わわわっ、何か転がって来る音がするよ!」
「――――走れ!」
音の正体が視界に入るや否や、二人は全速力で走り出す。背後から追って来るのは通路にギリギリ入る大きさの丸い岩。侵入者避けにしてはやり過ぎだとも思えるが、そこまでしてでも古代の民は神殿の奥に行かせたくなかったようだ。
「うわわわわわわわ! 待ってよシルバ!」
「うるせぇ、黙って走れ!」
大岩はスピードを落とすことなく、むしろ坂道で速くなっている。少し遅れ気味のノアのすぐ後ろまで迫って来ていた。このままでは轢き潰されるのも時間の問題だろう。もっと速く走らなければ。
「チッ……こんなバカな使い方は初めてだぜ」
舌打ちを一つした瞬間、シルバの身体が一瞬光を帯びた。元々長めの爪は鋭さを増し、牙は口の端から覗くほどに発達する。肌色は鋼色の毛に覆われ、少年の顔は狼のそれへ。普段の姿よりも筋力の上がった腕でノアの腰を抱くと、軽々と持ち上げる。力強く地を蹴れば、大岩との距離はみるみる開いていった。
「おおー! ビーストモードだ! カッコいい!」
「……口閉じろ。落とすぞ!」
「はーい」
獣人としての本気を出したシルバの姿に、荷物のように抱えられたノアは無邪気に顔を輝かせる。獣人と人間のハーフであるノアには使えない技のため新鮮なのだろうが、この状況でのはしゃぎ様にシルバは苛立ちを隠さず吠える。しかしそれでもあまり堪えていない様子に、半ば自棄になってスピードを上げれば、更に楽しそうな反応を見せるという負の連鎖に嵌っていた。
なんとか壁に開いた穴から隙間へ潜り込み、大岩が何処かへと転がって行くまでやり過ごす。音が聞こえなくなった頃、そっと穴から顔を出して外を確認したシルバはビーストモードを解いて溜息を吐いた。
「……行ったな」
「あれ、もうビーストモード終わり? 首のあたりふさふさしたかったのに」
「やめろ」
狭い空間なのでシルバの膝の上に堂々と乗り上げているノアは、心底残念そうに場違いな要求をしている。どっと疲れた彼は頑としてそれに応じなかったのだった。
その騒ぎは遺跡の最深部まで届いていた。
「んん? 上が騒がしいですね。またネズミでも罠に掛かったんでしょうか。それとも――ワタクシを追って来た猟犬とか。……ま、面白ければどちらでも歓迎ですけどね」
【Die fantastische Geschichte 7-2 Ende】