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竜神の姫巫女

作者: 佐村 蒼


昔、むかしのお話です。

あるところに、とても澄んできれいな、青い湖がありました。

その湖は、竜神様が暮らすという言い伝えが近くの村では伝えられていました。


あるとき、まったく雨の降らない日照りの年がありました。

村の人々が雨乞いをするものの、雨は一滴も降らずに、陽がカンカンと照りつけるばかり。

困った村の人々は、竜神の住むといわれた湖にいけにえを差しだして、竜神様に雨を降らせてくれるよう頼むことにしました。

そこで選ばれたのは、若く美しい一人の娘。

親を亡くし、一人で暮らす娘を差しだすことに、反対する者はありませんでした。

娘はあらがうことも出来ずに、縄をかけられて。そのまま、その湖へと突き落とされました。

もがくことも出来ずに、湖の底へと沈んでいく娘は、うすれゆく意識の中で不思議な声を聞きました。

『娘よ、何ゆえここへ立ち入る』

娘は苦しく思いながらも、必死に声に答えようとしました。

もちろん声は出せません。

けれど懸命に、自分は雨乞いのいけにえとして湖へと突き落とされたこと、そして死にたくないことを念じました。

『そうか、相分かった』

不思議な声がそう答えると、娘は急に息をするのが楽になりました。

何が起こったか分からずに、そっと目を開ければ、そこは神秘的な洞窟でした。

きらきらと何か不思議な青い石が、洞窟のあちらこちらで光っていて、洞窟の中はそのおかげで、ぼんやりと青く明るいのでした。

そして驚くことに、大きな竜が娘の前にたたずんでいました。

娘は、そのあまりの大きさに息をのみました。村で一番大きな村長の家より、なお大きいのです。

けれど、その竜のうろこは青白く輝き、とても美しいと娘は思いました。

『娘よ、貴様は雨乞う代わりに、我に差し出された、とそう申すのだな?』

その声は、先ほどの不思議な声と同じでした。

娘は、必死でこくこくと頷きました。まだ驚きで声がうまく出ないのです。

けれども、娘は必死で声を出しました。この竜が自分を助けてくれたことが分かったからです。

「あ、あの、助けてくださり、ありがとうございました。貴方はこの湖に暮らす、竜神様なのですね?」

『いかにも』

竜は横柄に頷いた後、ふと小首をかしげました。そして何事かつぶやくと、その身体はいきなり光に包まれました。

娘がまぶしさに目を閉じて、再び開いたときには、そこには竜の姿はどこにもありませんでした。

代わりに、一人の立派な成年が立っていたのです。

「貴方は…?」

「何を言う、先ほどから貴様の眼前にいただろう」

青年が答えます。娘はそのときはじめて、先ほどの竜の声が頭の中で響いていたことに気がつきました。

「では、貴方が先ほどの竜神様なのですか?」

驚く娘に、青年は当然とばかりに頷きました。

「この湖で、我は一人。こうして出会えたのも何かの縁だ。貴様がこのまま我と暮らすというならば、貴様の願い、聞き届けてやろう」

家族もなく、村に戻ることも出来ない娘は、願ってもないことだと、竜神たる青年の言葉に頷きました。


そうして娘は竜神と結ばれ、末永く湖の奥深くに隠された洞窟で、幸せに暮らしました。


***


ここまでなら、なんてことのないおとぎ話だ。いわゆる寝物語。

だけど、おばあちゃんの話は、いつもこれで終わらなかった。

「そうしてね、竜神様と結ばれた娘は、二人の子を産んだ。一人の男の子と、一人の女の子だ。男の子はそのまま湖へと残って、竜神様の跡を継いだが、女の子は村を懐かしんだ娘の願いにより、湖の外、村へと出された。

その子は竜の姫巫女としてあがめられ、やがて村長の息子と結ばれた。そうして生まれたのが、私たちの祖先なんだよ」

そして、最後につけ加えられる言葉。

「だから、かえでもね。竜の姫巫女として、お役目を果たすかもしれないってこと、忘れちゃいけないよ」

小さいころは、不思議とも思わず聞いていた話だけど。まぁお役目うんぬんの言葉の後で、早く寝なさいとか付け加えられていたから、小さい子にいうことをきかせるためのアレンジとか。そう考えてた。

だって、本当のことだなんて、思わないじゃない!



「姫巫女殿?」

「…楓です。古坂こさか かえで。姫巫女じゃないから」

「何を言うんです?まぎれもなく貴殿が、我らの姫巫女です。古くは、われわれ湖竜族こりゅうぞくとも、つながりのある方」

「いや、知らないし…」

楓の目の前には、今20代前半ごろの青年が三人いた。タイプはそれぞれ違うものの、それぞれ街中に出ればほとんどの女性が振り向きそうな、秀麗な顔立ちをしていて。

皆少し変わった軍服のようなものを身に着けていて、何故か帯刀している。

ねぇ、それ銃刀法違反だよね?ここ、21世紀の現代なんですけど。

いくらイケメンだからって、見逃してはもらえませんよ。

心の中で楓はつぶやくものの、口に出すのは恐ろしくて出来なかった。


彼らが、楓の一人暮らしをしているこのアパートの部屋にやってきたのは、小一時間ほど前だった。

もちろん楓が自ら進んで、部屋にあげた訳ではない。

そう彼らは、突然部屋に現れて。

驚く楓に目もくれず、幼いころ寝物語としてよく聞いたおとぎ話をつらつらと語ったかと思えば、楓がその竜の姫巫女の子孫だといい、「お迎えにあがりました」と告げたのである。

竜の跡継ぎとなった者は、他の地にいた竜(他にもいるんだ!?)と結ばれ、家族を増やし、湖竜族と呼ばれる一族をなしているらしい。

しかし、ここ最近は跡継ぎが出来ずに、一族は序々に数を減らしているとか。

そこで、昔に血を分けた竜の姫巫女を迎えて、一族を発展させよう、ということらしかった。

かといって、そう言われて、はいそうですかと楓が頷けるはずもない。

「それ、信じる義理なくない?」

突然来られて、そんなこと言われても。

いや、おばあちゃんから、竜の姫巫女のお役目とか言われたこともあるけど、よもや本当に何か役目があるとか、聞いてないし。

それにさ?

「私以外にも、いるでしょ、その竜の姫巫女とやらの子孫が…」

もちろん、楓にも親戚がいる。

楓の姉はすでに既婚者だからダメかもしれないが、まだ結婚していない従姉妹だっている。それに、どのくらい昔の話か知らないが、楓の知らない遠い親戚だっているはず。

そうさっきから、楓は三人に向かって説得しようとしているのだが。

「先ほどから説明します通り、年のほどと生娘であること、そして本家筋であることを加えますと、楓様しかおりません」

き、生娘って!20歳すぎにもなって、処女で悪かったなっ!

あっさり言われた言葉に、楓はおもわず顔が赤らんだ。

っていうか従姉妹の子、私より年下なのに、もう経験あるんだ、なんて話からずれたところで、思わずため息が漏れてしまう。

そして、『古坂』という名字は、元々は『湖坂』だったらしく。この名字を継ぐ者が、一応本家筋とか。適当だな、おい。

そんなに珍しい名字じゃないと思うんだけど。

まぁ、そんな感じで、説得はちっとも成功していないのだった。


「楓殿、いい加減了承していただけぬか」

さっきから黙っていた一人が、うんざりとした口調で、そう言った。この人が一番体格が良くて、なんだか軍服と相まって、一番怖い。…というのが、楓の感想だ。

けどね、うんざりしてるのは、こっちなんですけど!

楓がその想いをこめて睨めば、向こうは一瞬びくりとしたものの、視線を逸らされて、大きくため息をつかれた。

まるで、ききわけのない子どもを相手にしているかのような反応に、楓はさらにムッとする。

ムチャクチャ言ってるのは、あんたらでしょっ。

そう怒鳴ってやろうと楓が口を開いた途端、例の一人は他の二人とアイコンタクトをとって。

一斉に、楓へと振り向いた。

「な、なによ…」

その視線の強さに、思わず楓がたじろいだところで。

「こうなれば、すいませんが強制手段をとらせていただきますよ」

交渉役だと思われた真ん中の青年がそう言った瞬間に、楓は視界がぶれて。意識がブラックアウトした。


***


「ん、んむぅ…」

楓が意識を取り戻して、うっすらと目を開けば、そこは見知らぬ部屋の中だった。

白い壁、白い天井。ごつごつとしたそれらは、まるで岩をくりぬいたよう。けれど、ドアは木製のものが2つつけられている。窓はなかった。

部屋の大きさは、20畳ほどで、そこにベッドと小さなチェストとサイドテーブルがひとつ。

深い青色をした絨毯が敷かれた床には、クッションがいくつか置かれていて、部屋の真ん中にローテーブルが鎮座しているところから、床に座るタイプの部屋なのだろうと、楓はあたりをつけた。

それにしても、畳敷きでないのが、少し意外だ。彼らの雰囲気から、絶対に日本家屋のようなところに連れてこられると思ったのに。

楓が寝かされていたのは、ベッドの上。肌ざわりのいいシーツの上に転がされていたらしい。

「てか、誘拐よね。これ…」

思わず独り言がもれた。一人暮らしの弊害だ、独り言が増える。

楓はベッドから起き上がると、そっと絨毯に足を下ろした。服は自分の部屋にいたときから変わってないので、裸足のままだ。

絨毯は毛足が長く、やわらかだった。このまま、絨毯の上でごろごろしたいなー、という誘惑にかられつつ、楓はゆっくり立ち上がる。

見知らぬ場所をうろつくのは、少し怖かった。

それでも、部屋の探索をしようと一歩足を踏み出したところで、ドアがノックと同時に開かれた。

…返事がないうちに開くなら、ノックの意味がない。

「目が覚めたか」

入ってきたのは、先ほどの三人のうち、寡黙そうな、少し怖そうな人だった。今もまた、不機嫌そうな顔をしている彼に、楓は知らずと身体がこわばる。

自分のテリトリー内であれば、多少強気でもいられるが、まったく知らない場所では不安や恐怖の方がまさった。

「どこですか、ここ」

そのせいか、出た声は決して友好的なものにはならなかった。

だいたい誘拐犯相手に、友好的態度はとれないだろう。

しかし、そんな楓の態度に、青年は表情を崩して、困ったように頭をかいた。

「いや、無理やり連れてきて、すまない。ここは、俺の城だ。この部屋は、お前に与えた部屋だから、自由にしてくれて構わない」

「…城?」

色々と突っ込みどころの多いセリフだが、一番気になる点をとりあえず楓はつっこんだ。

城ってなんだ、城って。それも冠に『俺の』とか付けちゃう城って。

「あぁ、ここは、俺、竜神の城だ」

…彼が、竜神らしい。

さっきから何故か無駄にえらそうだとは思っていたが、まさか竜神本人とは。確かに良く見れば、さっきまでの軍服から、着物に着替えている。…これが、正装?

「楓、といったか。手荒に連れてきてすまない。しかし、歓迎する。歓迎の宴は、」

「ちょっと待って!」

青年のセリフは、反省しているのかしてないのか不明だ。謝ればいいってもんじゃないだろう。

そもそも、本人の同意をとっていないのに、なに話を勝手に進めているんだ。

というか。楓は一番大事なことを、今更思い出す。

「歓迎される気はないから、宴はいらない。それよりも、貴方が竜神なんですよね?」

先ほどの青年の言葉を、確認のために繰り返せば、青年は当たり前だといわんばかりに頷く。

いいのだ、大事なのはここからだ。

「私は、竜の姫巫女として、あの、その、湖竜族でしたっけ、一族を発展させるために来たんですよね…?」

そう、一族を発展させるために。おそるおそるという感じで、核心へと近づこうとする楓に、青年はあっさりと爆弾を爆発させた。

「そうだ。俺とちぎり、俺の子を産んでもらいたい」

「っ、」

この場合、『契る』とは、いわゆる契約のことじゃないというのは、楓にも分かった。

婚姻も一種の契約だけど。彼がいうのは、そういう抽象的なことじゃなくて、もっと生々しい…。

そこまで考えて、楓はボッと顔を真っ赤にさせた。かまととぶるわけじゃないが、いきなりほぼ初対面の相手から言われる台詞としては、あまりにも強烈すぎる。

だって、だって、今こいつ…!!

「どうした、具合でも悪いのか」

原因たる青年は、なんの悪びれもなく、心配そうに楓に手を伸ばす。

楓は思わず、その手をパシンと振り払ってしまった。他意はない、いわば反射だ。

けれど、楓は今、青年に近づいてほしくなかったし、触れられたくもなかった。ジリジリと後退する楓に、青年は、楓がそんな反応する理由を知ってか知らずか、普通に近づいてくる。

「ちょっと、こっち来ないでっ」

「何故だ。夫婦めおとたる者同士、親交を深めようではないか」

逃げられると追いかけたくなる。そんな青年の心理に気づくわけもなく、いいだけ彼を挑発してしまった楓に、逃げ場はなく。

あっさりと、近くにあったベッドに足をとられて転び、ベッドへと倒れこんだ。

「いた、た…」

やわらかなベッドに倒れこんだため、怪我などしようもないが、衝撃がないわけではない。

それでも、あわてて起き上がろうとした楓に、青年は何故か覆いかぶさってきた。

「え」

思わず、硬直する身体。

無理ぃぃぃぃっ。心の中で悲鳴をあげる楓の顔を、青年の短めの髪がそっと撫でていく。

近い、近いよ、離れてっ!そう声をあげたいのに、口をぱくぱくとさせるばかりで声は出ない。

固まっているうちに、少し動けば、間違ってキスのひとつでもしそうな距離まで詰められて、楓が動くに動けなくなってしまった。

「う、あ、…」

「どうした、姫巫女殿」

近すぎる距離に、半ばパニックで意味をなす言葉を話せない楓に、青年は無駄にいい顔で笑って。

「なんだ、姫巫女殿は、もう契りに入るのか?」

そんな言葉が、甘い吐息と一緒に、腰のくだけそうな甘い声色で、少しかすれた低い声で、楓の耳元で囁かれ。

楓は、羞恥のあまり、頭が真っ白になった。

すいません、もう限界。

「は、な、せぇぇぇっ!」

火事場の馬鹿力というやつか。思い切り、青年を突き飛ばして、楓はあわてて距離をとった。

心臓は全速力で走ったときのようにバクバクとしてるし、耳は熱を持ったようにジンジンと熱い。

突き飛ばされた青年は呆然としており、どうしようと楓が思った瞬間。

先ほど青年が入ってきたドアがばたん、と開いて、三人のうちの交渉役と思われる青年が、入ってきた。

「竜神様!!」

「…宰相、か」

「何をしているんですか、姫巫女殿に!」

「親交を深めようとし、」

「どんな親交ですか、最初から襲おうとするやつがありますか!」

「お前、見ていたのか…?」

「この現状を見れば、だいたいのことは把握できます!」

そこまで宰相と呼ばれた青年は、竜神に向かって激昂し。急にくるりと振り返って、楓に向かって、深々と頭をさげた。

「姫巫女殿、申し訳ありません。こちらの不手際の限りです。竜神様には、こちらからよく言ってきかせますので、お怒りのほど解いていただけないでしょうか」

「はぁ…」

えっと、竜神様、怒っちゃうんですか。一番偉い人じゃないの?

思わぬ展開に、楓はポカンとして、適当な相槌を打ってしまう。それを宰相は勝手に承諾と捉えたらしい。

「ありがとうございます、姫巫女殿!歓迎の宴は明日の夜ですので。今日はもう遅いですし、おやすみくださいませ」

ここまで無駄に爽やかな笑顔があるのか。楓はそうひとりごちながら、ずるずると宰相に引きずられていく竜神を見送って。

ふと、自分がここにいることを承諾してしまった形にされたことに、気がついた。

「あっの、策士…っ!」

今更、罵ったところで、時すでに遅し。

すでに竜神も、宰相も、影も形もない。今更帰してくれ、と言いたくとも、探しに行くのも怖い。

明日、宴の準備かなんかで来たときに、反論しよう…。

そう楓が心に決めたことなぞ、宰相にはお見通しで、結局言いくるめられてしまう未来が待っているとは露知らず。

楓は、座ったままのベッドにもぐりこんだ。



こうして連れてこられた姫巫女様は、紆余曲折を経ながらも、最終的に竜神様と夫婦になり。

湖竜族の発展に、寄与したという。

その裏で、宰相と呼ばれた青年の暗躍があったことは、また別のお話。


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