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Animum Rege -超越せよ無限連鎖の因果調律-  作者: 白猫矜持
第一章・Cum tacent, clamant.
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第一話 「戦闘意識」(1)

「ねぇ――もし、未来を知ることができたら、どう思う?」


 いつの話だっただろうか。

 暖かな日差しを浴びながら、並んで歩いた下校道か。

 もしくは、しゃれた椅子に座って、落ち着かなさそうにきょろきょろしていた上品なカフェでのことだったかもしれない。

 ぼくの唯一の友達だった、栗原千佳くりはらちかはそう口にした。


「未来を?」

「そう、未来。自分がこれからどんな人生を歩むのか……あきらは、知りたい?」

 唇の端をちょっと上げて、千佳は言った。


 あまりに唐突な話題。千佳はこんな、少し変わった話が好きだ。もしも、ひょっとしたらという話。現実には起こるはずがなくて、はっきりとした答えを出すことなんて無理なはずなのに、どうしてか考えずにはいられないような思考実験。

 こういうとき、千佳は決まっていたずらな色を瞳に浮かべる。

 まつげの長い、綺麗な目だった。


「知りたい、とは思わないだろうね」

 わずかに間を置いてから、ぼくはそう答えた。

「どうして?」

「だって、未来を知ったところでそれを変えられるとは限らないだろ?」


 知ることと実際に行動することは別だ。

 未来のある結果を避けようとして何かを行ったとしても、どういう因果か結果は変わらない。そんな場合が、きっといくらでもあるはずだ。

 たとえば、そう、プロを目指して必死に努力を積み重ねても、必ずしもその高見に到達できるわけじゃない。努力の質だとか量を変化させれば、絶対に目標を達成できる、だなんて都合よくいかないものだ。


 そんな感じのことを説明すると、千佳は興味深そうにうなずいた。

「ふぅん……つまり顕は、決定論を信じているってことかな」

「決定論?」

「そう、未来は全部決まっちゃってて、何をどうがんばっても変えることなんてできない――そういう考え方のことだよ」

 千佳は、人差し指を立てて教師のように言った。それから、ふふっ、と笑うと、

「ま、顕は人生の全部がそんなふうだって考えてるわけじゃなさそうだから、完全な決定論者ってわけでもないかな」

「つまり……その決定論者とやらは、生まれてから死ぬまでの全部が、もうはじめから決まってしまってる、って考える人のこと?」

「そゆこと。あたしには、ちょっと共感できないけどねぇ」


 千佳の話を聞く限りだと、決定論なんてとんでもなく空虚な考え方のように思えてしまう。だってそうだろう、自分の生き様、死に様のすべてがあらかじめ決定されているだなんて、まるで脚本をなぞらえるかのような人生だ。

 もちろん、本当に未来を知ることができるわけじゃないから、決定論なんていうのはあくまで考え方のひとつに過ぎない。

 それでも実際に、この考え方を支持する人がいる。ということは、それなりの説得力も持ち合わせているわけだ。


「未来には、確かにいくつもの可能性があるように思える。けれどもそれは錯覚で、現実にはそのうちのどれかひとつしか選択されない。だから、仮に実現する未来がわかったのなら、それ以外の未来なんて存在しないに等しいんだ――だなんて言われてみると、なるほど確かにそうだよなぁって納得しちゃうよね」

「まあ、そうだけど……でも、千佳は賛成しないんだろ?」

「まあね。だってさ、つまんないじゃん」

 とても簡潔に、そして朗らかに、千佳は決定論を切って捨てる。

「未来がわかっているから、何をしても無駄なんだーって……なんかこう、悲劇のヒロインぶった考え方だよね。女々しいというか、意気地がないというか」

「意気地なし、か。ははっ、千佳らしいな」

「だってそうでしょ。もし、自分の望まない未来がわかったとしたら、それを変えようと努力するのが普通だよ。たとえ、変えられないとわかっていてもね」

 そう言って、少し恥ずかしそうに頬を染めた。


 千佳は、強い。

 くじけない意志をもった少女だった。

 まるで、ヒーローのような。


「それで、顕はどう思うの? もし、自分の望まない未来がやってくるってわかったら……そのときは、どうする?」

「ぼくは――」

 そのとき、何と答えたのだったか。

 よく覚えていない。


 ただひとつ――

 いまの千佳に、落胆されるようなことを口走っていないようにと願うばかりだ。



 そしていま、千佳は、生死の境をさまよっている。

 一年も前から、ずっと。

 もし、過去のぼくが未来に起きる出来事を知っていたのならば。

 運命を、変えられただろうか。

 わからない。

 だから、ぼくは。

 できることをやろう、千佳が目覚めたときに笑われないような男になろうと。

 そう誓ったんだ。



          ■



 鐘の音が、過ぎ去りし日の追想からぼくの意識を引き上げた。


 高校の教室だった。前には教師が立ち、机に向かった生徒たちが熱心に、あるいは適当に授業を受けている。

「ここのxに3を代入すると、yの座標が出るから――」

 ありふれた日常の光景。


 けれども、心の奥底まで響くようなその音は、決して終業を告げるチャイムではない。

「それじゃあ次の問題の答えを……尾崎」

「――はい」

 名前を呼ばれて、ぼくは立ち上がる。

 鐘の音は、いまも重々しく鳴り響いている。だというのに、授業に滞りはない。


 その音を耳にしているのは、この空間でぼくだけだ。その意味を知っているのも。

「――答え、は」

 ノートに目を走らせるが、どの問題を解いているのか、とっさにはわからなかった。それよりも、握り締めた手のひらににじむ汗が、とても気持ち悪い。


 そして、三度目の、鐘。

 それは、会戦の狼煙だ。火蓋を切った音だ。

 この世界の裏に潜む、恐るべき化け物たちの鬨の声なのだ。


 ――来るぞ。


 視界が、ぐらりと歪んだとき。

 教室から人の姿が消えうせていた。

 ぼくはいま、化け物――レギオンたちの猟場に引き込まれたのである。


「――こんなときに」

 これから始まるのが危険な戦いだとわかっている。しかし、恐怖や高揚とは別に、わずかばかりの苛立ちがあった。

 何しろ、期末テストは目前だ。学生という身分ゆえに、テストには全身全霊を賭けて挑まなければならない。だというのに、レギオンたちはぼくの事情など無視して、こうして襲い掛かってくるのだから困り果てたものだった。少しは空気を読んでほしい。


「ま、モンスターにはそんな良心なんてないんだろうけど」

 ぼやいたところで、聞き届ける人間はいない。

 けれども、それでよかったのかもしれない。

 少し声が震えてしまったようだ。この苛立ちは、恐怖を覆い隠すために無理やりに抱いた感情なのだろうか。

 だが、恐怖に呑まれたら終わりだった。努めて気丈に振舞わなければ。


 そうして、孤独な空間で、ひとり深呼吸をする。

 

 この空間は、それまで暮らしていた普通の次元とは少しズレた位置にあるという。

 曰く、戦闘領域。

 人のもつ特別な「意識」のみが存在することのできる戦場だ。

 では、これからやってくるレギオンという存在はいったい何なのかというと――


「うわぁ、これはまた……夢に出てきそうだなぁ」


 正体不明の、そして正真正銘の怪物だ。


 窓の外、夏の日差しを受けて宙に浮いていたのは、巨大な臓物めいたオブジェだ。推定するに直径一〇メートルはある。目にしただけで嫌悪感をもよおす肉と血の色合いに、心臓や胃、腸といった、生物の体内のものをとりあえずくっ付けてみました、といわんばかりのおぞましい物体。

 おまけに、その円周上に生えているのは、人間のものと思しき腕だった。

 まさに、肉塊でつくりあげたグロテスクな太陽の像。

 無数の腕は、さしずめ日光のつもりなのだろうか。


 悪趣味きわまりない怪物だった。芸術、生命というものをことごとく冒涜している。

 それが蠢きながらこちらに近寄ってくるのだから、本当に勘弁してほしい。芸術は爆発だ、なんて大先生のお言葉もあるけれど、レギオンは美的センスが爆発してしまっているらしい。


「さっさと終わらせなきゃ、心が折れちゃいそうだな」


 ぐるりと肩を回して、気持ちを切り替える。

 そして強く念じる――この敵を叩きのめすための力を、精神の奥底から、意識の表層へと引っ張り上げてゆく感覚。

 レギオンに対抗できる唯一の力。

 この戦闘領域に立ち入る資格でもある、特別な意識を、いま。


「――行くよ」


 拳を構えたとき、そこには銀の威光が宿っていた。


 両腕の肘から指先までを覆っていたのは、白銀の手甲だ。脚の、膝からつま先までも然り、同じ鎧があらわれている。

 なだらかな曲線を描いているかと思えば、指先や間接部分は竜の鱗のごとくに鋭い。西洋、東洋のいかなる甲冑とも似つかない、荘厳だが美麗なデザインだ。


 戦闘意識・アニマ――闢己びゃっこ


 ぼくの戦うための意識が、形になったもの。

 あの日――ぼくと千佳の運命が変わってしまった日に、得た力だった。


『ふ、は、は、は、は、は、は』

 レギオンが笑い声を上げた。外見からは想像もつかない、渋い男の声である。

『よき獲物に、当たったようだ。人間、きさま、戦い慣れて、いるようだな?』

「へぇ、そういうこともわかっちゃうんだ」

『場数を踏んでいるのは、このわれも、同じことよ。さあ、存分に、楽しもう!』


 暴虐の太陽が吼え、ぼくの体ごと校舎を押し潰さんと迫ってきた――!



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