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若干改稿しました。
「ヴィクトール。よからぬことは考えるな。…臣下の横暴は主の責任が問われる。」
「しかしレオン様、魔女ですよ魔女!こんな都合よ…」
「ヴィクトール。」
主に窘められ、ヴィクトールは小さく頭を下げた。
「あっあの……、今宵は登城頂けますでしょうか?」
「……面白そうだ。興味がある。参加しよう。国王に伝えてくれ。ヴィクトール、用意を。」
「かしこまりました。我々にも準備が必要です。後程登城致しますので国王陛下にその旨をお伝え下さい。では後程。」
バンと一線が引かれる音がした。黒い城の住人により、ドアは再び閉められたのだ。それはあの緊張とも殺気ともとれる空間、空気から解放されたこと意味した。代表の男を始め、そこにいる者全てが汗ばみ、安堵のため息を漏らした。
「あれが噂の公爵様……いやはや吸血鬼との噂は嘘と言い切れぬな……。」
吸血鬼――…
人の血を啜り、何年も何百年も生きる。その証は美貌と聡明さ。そして、その瞳の色。
アスピアを含むこの大陸では赤い瞳は生まれない。そもそもこの世界で赤い瞳を見たことがあっただろうか。吸血鬼の瞳は深紅のように赤いと言われている。……まるで飲み干した血のように。
「よもや私の見間違いでなければ、公爵殿の瞳は深紅だったように……。」
言うが早いかとてつもない殺気、視線を全身に感じ取り、男はごくりと喉を鳴らす。踏み入ってはいけないと心なしか早々と城へ引き返すべく馬に跨ると兵を率いて駆けていく。
「あの男……気付きましたかね、レオン様。いかがなさいますか?」
「私のタイプではないですけれど、レオン様のためならあの男に血清を流しますわよ。」
カーテンの隙間からアスピアに戻る馬列をジーッと見ていた先程のヴィクトール、メイドのような格好の女、そしてモノクルをかけ、主人に紅茶を出す男。
「イリヤ、仮にもあの男は王付きですよ。それにまかり間違って魔力を持ってしまったらそれこそ大惨事です。」
モノクルをかけ直しながら男は窓辺に立つ美女……イリヤに苦言を呈す。
「レオン様、リーシアが現れるという予言、もしも事実であればレイチェル様が……」
「……彼女は死んだ。それは有り得ない。」
レオンハルトは執事長クラウスが入れた紅茶を飲みながら表情一つ変えずに言い放った。
「もうあれから二百年も経ってしまいましたね。レイチェル様が身罷られて……」
「本当ですわね。ヴィクトールは会ったことあったかしら?レイチェル様はそれは素晴らしい方で……お似合いだったのよ、レオン様とお並びになっても。」
「お会いしたかったな……。レオン様の部屋にあるあの絵の女性ですよね?忘れられないんですね、レオン様は。」
「無理も無いことだわ。だってあの方に代わる者なんてー……」
「代わりなどいない。彼女は彼女。人は皆一人一人違う。彼女の……レイチェルの代わりなどどこにもないのだ。」
レオンは自分の手を見つめながら、あの日のレイチェルを思い出していた。自分の腕の中で息も絶え絶えに弱っていく彼女を。自分が初めて心を開いた人だった。いや、初めて愛した人だった。彼女だけが番に思える程。
「レオン様。」
回想していたレオンは、その声に目を開ける。
「リーシア伝説が真なら、今のこの状況下では好都合です。レオン様、私は不敬にも今も信じているのです。フェルンセン家に伝わるあの伝説を。……楽しみですね。彼女が戻ってくるかもしれません。」
「……一度死した人間は戻ることは無い。」
レオンは静かにティーカップを置くと、ぽつりとこぼした。