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「お嬢様!どちらにいらっしゃいましたの?急いで下さいませ!」
血相を変えて屋敷に戻ると、専属侍女のアニーが慌ただしく出迎えた。
「リディスを追ったらこんなに遅くなっちゃったわ!本当に嫌な奴!!」
入浴を済まし、ふてぶてしく鏡越しにアニーに愚痴をこぼしながら準備をする。
今宵、アリアを彩るドレスは淡い紫色。白き肌を一層際立たせる宝石は深紅のルビー。元々美しい肌には薄めの化粧を施し、可憐から艶やかへと変化した。
「お嬢様、いつにも増してお美しいですわ!奥様たちに見せに参りましょう!」
八歳離れたアニーは侍女という立場もあるが、アリアをとても大切にしてきた。主従関係と呼ぶよりは友人のような姉妹のような関係だった。アリアは彼女を姉のように慕ってきたし、アニーもまた自分の主として存在する彼女を妹のように、時には友のように、そしてもしこの先に何かが起きたとしても、迷い無く自分の命を賭けることができる主人として大切に思って来た。
「アリア様もついに成人なのですね。……月日が経つのは本当に早くてございます。私が先代侍女の方よりお譲りを受け、お嬢様にお仕えしてもう8年。本当に、嬉しゅうございます。」
アリアの髪を結い上げ髪飾りを挿しながら、真の妹を祝うような表情だった。
「アニーには感謝してるわ!いつも迷惑ばかりかけてごめんなさいね。そしてこれからもよろしくお願いします。」
「そのようなお言葉を頂け、本当に嬉しゅうございます!こちらこそ、この先もどうかお側に。」
2人は笑い合いながら母クレアが待っている居間に向かった。
アリアは自分の美しさを鼻にかけることも誰かを見下したり、無碍に扱うようなこともなかった。関わり合う全ての人に対し平等に、媚びることも偉そうすることもなかった。それもこの素晴らしい母のお陰と言える。使用人に対しても尊敬を忘れてはならない、感謝を忘れてはならない、誰かをぞんざいに扱えば自分もそうされてしまう。母は幼いアリアにいつも優しく語りかけ、最後には決まってこう結んだ。
¨アリア、私たちは運よく貴族だったに過ぎません。驕りがあってはなりません。愛されたければ愛しなさい。大事にされたければ大事になさい。辛く悲しいことも、人は愛にのみ癒やしを得るの。¨
「お母様、どうかしら?」
母クレアは顔を綻ばせた。
「素敵よ。アリア!………あなたが生まれて、もう16年も経ったのね。月日が流れるのは本当に早いわ。あっという間に成人なんて。」
目を細め、愛娘を見る。
生まれたばかりの頃は体が弱く、細々しい身体でただただ成長できるのか心配だった。成長するにつれてその心配は別の心配に変わったが、よくここまで育ってくれたものだと込み上げるものがあった。
「お父様も私も、あなたが生まれてきた時に泣いてしまったのよ。こんなにも弱くてこんなにも美しく大切なものがあるのかと思ったわ。…本当に、嬉しかったのよ。」
「お父様も?それは初めて聞きましたわ!後でお父様にその話を詳しくして頂かなくっちゃ。」
久々に抱きしめられながら、アリアのいたずら心がウズウズした。
「あまりお父様をからかってはダメよ?でも本当、普段のおてんばが嘘のようね。今日くらいおしとやかに振る舞いなさいな。丁度いい時間ね。」
成人の儀が執り行われる城に出発するためにアリアは馬車に乗る。
「アリアをお願いね、ジャムス。」
「かしこまりました、奥様。ではお嬢様、参りましょう。」
御者を務めるのはシュトレウス家執事ジャムス。年は30歳に近く、レダウスがクレアと結婚した際にシュトレウス家に来た。最も、この屋敷全てを統括する執事長は他に居り、ジャムスはアリア専属に等しい。
「いってきます、お母様!」
目指すは乙女の噂が囁かれる成人の儀。
白亜と名高いアスピア国王城である。