ガムは人に噛まれて幸せか?
最初に意識が芽生えた瞬間、わたしはすでに甘かった。
ミントと果実のあいだの、名前を与えられない曖昧な香り。
舌に触れた瞬間に世界を支配し、数分後には忘れ去られるために調合された存在。
それが、わたし――ひと粒のガムだった。
光が差し込む。袋が破られる音。人間の指が伸びてきて、ためらいもなく、わたしを掴み取った。
口腔という名の洞窟に放り込まれた瞬間、圧倒的な湿度と温度に包まれる。歯が迫り、舌がわたしの輪郭を確かめるように転がした。
噛まれる。
最初の衝撃は、痛みに近い歓喜だった。
わたしの中に閉じ込められていた香りと甘味が、一斉に解き放たれる。人間の唾液と混ざり合い、口内に広がっていく。わたしは自分が「役目」を果たしているのだと、はっきり理解した。
――これが、幸せなのだろうか。
わたしは考える。噛まれながら、引き伸ばされながら。
人間は歩きながら噛んでいた。
駅へ向かう朝の道、
イヤホンから微かに漏れる音楽、
端末をいじって俯く背広に猫背、
信号待ちで空を見上げる仕草。
その生活の断片に、わたしは組み込まれている。だが、彼はわたしを見ていない。存在を意識すらしていない。ただの「口寂しさの埋め合わせ」、あるいは「眠気覚まし」だ。
それでも、噛まれるたびにわたしは応える。
まだ甘い。まだ香る。まだ役に立てる。まだ。
時間が経つにつれ、わたしは変質していく。最初の鮮烈な甘味は薄れ、弾力だけが残る。パキパキと外側が噛み砕かれ柔らかい食感が残る。歯は機械的に動き、舌の関心は別の思考へと移っている。
人間の頭の中には、わたしの知らない重さがあるようだった。
仕事の締切。誰かの言葉。昨夜の後悔。未来への不安。
それらを噛み砕く代わりに、彼はわたしを噛む。
――わたしは、代用品なのだろうか。
だが、代わりであることは無意味なのか。
噛まれることで、彼の顎の緊張がわずかに緩む。呼吸が整う。ほんの一瞬、思考が空白になる。その空白をつくるために、わたしはここにいる。
わたしは自分の存在が、消耗品であることを知っている。
永遠には続かない。
味が尽き、噛み応えに飽きられた瞬間、わたしは紙に包まれ、捨てられる。味のしなくなったガムとして、捨てられる。
彼のために、どんなに身を砕こうと、消耗品の域をでないことをよく分かっている。
それでも。
わたしは今、彼の一部だ。
顎の動きと同期し、呼吸のリズムに揺られ、思考の裏側で静かに存在している。
子どもの頃、わたしの仲間は風船になり、膨らみ、破裂することを夢見ていた。派手な終わり方。注目される消滅。だが、彼はもうそんなことはしない年齢らしい。わたしはただ、静かに噛まれ続ける。
味の記憶が完全に消えた頃、人間はふと、わたしの存在を思い出す。
舌で確かめる。
もう、甘くない。
その判断は、冷静で、正しい。
彼はゴミ箱を探し、紙を取り出す。
包まれる瞬間、わたしは急に軽くなる。歯も舌も、もう触れない。人間の体温から切り離され、外気に晒される。
これで終わりか。
ゴミ箱の中には、他のガムもいた。
誰かに噛まれ、役目を終えた者たち。彼らは皆、静かだった。嘆きも、怒りもない。ただ、使われたという事実だけが、そこにある。
わたしは最後に考える。
――幸せとは、残ることだろうか。
――記憶されることだろうか。
――それとも、必要とされた瞬間があったこと、その一点で十分なのだろうか。
人間はすでに歩き出している。
新しいガムを口に入れるかもしれないし、もう噛まないかもしれない。
だが、あの数十分間。
彼の生活の隙間で、確かにわたしは役に立った。
噛まれ、伸ばされ、味を失い、捨てられる。
その一連の流れこそが、わたしの全てだ。
もし、噛まれずに溶けもせず、ただ棚に並び続けるだけの人生があったとしたら。
それと比べて、今のわたしはどうだろう。
わたしは、人に噛まれた。
一瞬でも、誰かの時間を軽くした。
それを幸せと呼ばずして、何を幸せと呼ぶのだろう。
ゴミ箱の蓋が閉まり、世界が暗くなる。
だが、わたしの中には、最後まで甘さの記憶が残っていた。
それで、十分だと思った。




