7
ぽたり、ぽたりと。
1滴ずつ落ちる液体を眺めている。この液体が僕の体内に入っていっているらしい。ずいぶんのんびりとした注射だ。この液体のおかげで、体の調子が少しずつよくなっていることを感じる。こののんびり注射の仕組みを知りたいけれど、今はそれを尋ねる口がない。
男が3回くらい液体を替えに来た時かな。彼は独り言を言うように、僕に話しかけた。
「やっぱ誰も気づかねえんだわ。装置の電源切れてんの」
装置の電源が「切れている」?「切った」ではなく?
男は口を歪ませながら、声を震わせて呟く。
「へへ、へ……初めてお前と会った後、試しに切ってみたんだよな。その時からそのままだ。……ああ、やっちまったなあ。俺、やっちまったよ」
不気味に笑った後目を見開いて、はっきりと僕に向かって言う。
「俺、魔力探知機、切っちまった。施設のやつらは誰もそれに気づかない」
つい、男の目を見てしまう。男は一瞬の目も逸らさずに僕を見つめている。
「お前、魔法使いなんだろ」
僕はゆっくりと頷く。
男はそれを見ると、僕の手首に指を当てたり、下瞼の裏を見たり、額に手を当てて熱を測るような仕草をしたりした。
「バイタルは多分大丈夫っぽい。当然血は足りなそうだけどな。まあ歩けはするだろ」
男は液体が滴る速度を調整しながら話を続ける。
「これが全部落ち切る頃、お前に刺さってる針抜きにくるわ。その後は……まあ、どうするかはお前次第」
男は、もうどうにでもなれというような顔をしていた。
もし僕が魔法を使えなかったら、もし提案に乗れるような人間じゃなかったら、彼はどうなっているだろう。……最初の言動から、もうそれさえもどうでもいいのかもしれないけれど。
「じゃあな」
男はいつも通り愚痴をこぼして帰って行った。
……部屋が静かになる。考え事をするにはいい空間だね。
僕の最終目標は変わらず、おそらくレギアスに飛んで行ったイヴリの回収だ。
だからレギアスに行きたい……けれど、あそこは魔法が禁止されていて、ガルドが言うには入国には許可証が必要らしいね。それを持っていないから、スアを狙ったスレンとリネッタを脅……交渉して、きっとレギアスに近そうな文化圏の場所まで来れた。
彼らの呪いを解いて、僕のお願いを聞いてもらうまでが交渉の条件。
……それで、現在。いろいろと体調が優れないけれど、あの2人が連れてきた?場所だし、呪い主はいると思いたいな。きっとあの男が言っていた「ボス」がそれだと思うけれど……。
魔力探知機……魔法を使ったら知らせる仕組みの何かを切ったと言っていたから、僕が何か始めても多分バレないんだろうね。例えば手枷を焼き切ったり、または口枷を外したり。
あの男からは破壊してほしいと頼まれたんだった。……壊すのは得意。けれど、今は壊し尽くすと対象の始末をする体力があるか心配。まあ、頼みを聞かなければいいのだけれど、余計な人間が顔を出すのは邪魔だから……そういう人たちのために「仕事」を与えておかないと。
……火事くらいでいいか。でも、やりすぎたら怒られるんでしょう。後出しの文句は受け付けたくないんだよね。
どうしたものかと天井を見る。
……そういえば、この上から吊られて光ってる物……ええと、電球って言ったかな?これはどんな仕組みで光っているんだろう。レギアスと同じく燃料を使っているなら、それを光に換える装置があるはず……。そして、そこから線のようなものが繋がっているはず。燃料は対象を繋げないと作動しないから。
……。
あれって、必要以上に魔力を流し込んだらどうなるんだろう?
……なんだかワクワクしてきちゃったな。
いつの間にか眠っていたようで、目を開けると男が僕の足に刺さっている針を抜いたところだった。針が刺さっていた部分にガーゼのついたシールのようなものが貼られる。
「しばらく剥がすなよ」
衛生上の理由でしばらく貼ったままらしい。
僕はその話を聞いた後、ゆっくりと起き上がる。……もうそんなにクラクラしない。大丈夫そうだ。
そして、男に目配せして、僕は背中を向ける。手枷を焼き切るところを見せようと思って。
僕は手首に集中して、木製の手枷を焦がしていく。少しずつ焦げ臭い香りが漂い始めた。
「うわ……マジで焼けてやがる。何もしてないのに」
背中を向けているからわからないけれど、男は手枷が焼けていく様を見て唾を飲み、息を荒げていた。それが怖さからなのか、興奮からなのかは僕にはわからない。
しばらく焼くと、今の僕でも手枷を壊せた。その流れで口枷も外す。しばらく声を出していなかったな。喋り方を忘れてしまいそうだったよ。
僕は久しぶりに口から酸素を取り込んだ。
「……した、ずっとこて……やめて、ほし」
「あ?なんて?」
舌が回らない……。僕は少し待ってのジェスチャーをして、軽く慣らしてから再び口を開く。
「……喋れないように、ずっと固定されていたんだよ。本当に人遣いが荒いんだから……」
「お前らが魔法使えるからじゃねえか」
「きみたちが使えないのが悪いんでしょう」
「あ?やんのか?」
「やらないよ」
口枷が擦れていた部分をさすりつつ、バキバキになっている体をほぐしていく。自由っていいね、今つくづく思ってる。
「やるのはきみの職場でしょう」
「ちゃんと聞いてんじゃねえか」
「きみの声しか聞こえないからね。たとえ聞きたくなくてもそうなるよ」
「お前嫌味無しに喋れねえのかよ」
「ふふ、残念ながら正直者なんだ」
「ムカつく」
「それはどうもありがとう」
男は備品に蹴りを入れてから、僕に水の入った瓶を投げ渡す。
「飲め」
「……ああ、ありがとう」
水を一口飲む。
「……甘い。砂糖入ってる?」
「体に水分足りてねえんだよ。そんなこともわかんねえのか」
「初耳。人の体ってそうなってるんだね」
「お前ら病気になったらどうしてんだよ。神様にお祈りか?」
「ううん。薬草とかを魔力と調合して飲むよ」
「お前の血なんかより断然優秀だな」
「それはきみたちが勝手に効くと決めつけているだけでしょう」
「俺はちげーーよ!!」
「ふふ、そうだったね」
水を飲むと気分が良くなった、気がする。ご飯も食べたいと言い出したらさすがに怒られるだろうから、これで我慢しよう。
……さて、気になることも聞いていかないと。
「ねえ、上の電球の線ってどこかに繋がっていたりする?」
「線ン?……あー、まあ、スイッチがあって、ブレーカーあって、配電盤に繋がってんじゃねえか?」
「ブレーカー?」
「お前ブレーカー知らねえの」
初めて聞く名前だ。
「うん。知らない名前だね」
「これだから魔法は」と、文句を言いながら教えてくれた内容を、頭の中で噛み砕く。
燃料から生まれた力を対象に渡すのがこの線。力が行きすぎそうになると、それを断ち切るような仕組みになっているらしい。この電球をはじめとして、燃料で動くものは全て、一定量以上の力を受け付けないらしい。壊れてしまうんだって。だから、それを防ぐために制御する物があるそうなんだ。それが、ブレーカー。
「配電盤は?」
「簡単に言うと元締め。……なんだよ、科学は教えらんねえぞ」
「あ、ううん。そこはまだ興味はないから」
「そうかよ!」
元締め……ということは、そこに全ての線が集まっているのかな。そこを止めると、きっと明かりも消える。けれど、消えるだけだ。
「この建物はどんな構造なの?」
「どんなって。普通の5階建ての建物だよ。5階は屋上」
「すごいね、5階建てか。なかなか高いんだ」
「お前どんな田舎から来てんだよ」
「別にいいでしょう。それで、僕が今いるのは何階?」
「2階の倉庫……って、何するつもりだ?」
「きみが言ったことじゃない」
僕はあの時のように目を細めてみせると、男がごくりと唾を飲む。
「具合を良くしてくれたお礼に、ちょっと壊してあげようと思ったのだけれど」
「お前、マジで……」
「嘘をつく方がくだらないでしょう?」
「マジで、やんのか?」
「きみは冗談だったの?」
男は沈黙してしまう。
「僕は、多分きみの言っていたボスに用事があるんだよね」
「多分ってなんだよ」
「確証がないだけだよ」
「なんだよそれ」
「込み入った事情があるんだ。……とりあえず僕は、その人に会いに行きたい」
僕は続ける。
「きみがお願いしていた破壊活動をするから、僕をボスのところに案内してほしいのだけれど」
「とんでもねえなお前」
「ふふ、よく言われるよ」
軽く笑ってみせてから、僕は再び男に問いかける。
「あとはきみの口から、はいの言葉を聞くだけなのだけれど」
頭上の電球を破裂させる。ガラス片がキラキラと降り注いだ。
男は小さく悲鳴を漏らす。
「怖気付いたのかな」
「ン、なわけ、ねーだろ!!」
「ふふ、よろしくね」
僕はゆっくりと立ち上がる。やっぱり少しふらふらするけれど、行動できない程ではない。
近場に自分の杖が置いてあった。……僕を拘束した人たちが優しい人たちで助かるな。回復を早めてもらって、1番大切な持ち物も近くに置いていてもらって……。
どうにも、舐められたもんだな。
まあ、それでいてもらった方が都合はいいのだけれど。
男に連れられて、拘束されていた部屋を出る。通路は薄暗く静まり返っていた。
「誰もいないの?」
「この階にはいねえだけだ」
「そう」
会話を最低限に通路を歩いていく。
これは絶対正規ルートではないとわかる、裏口のような扉を開けて階段を昇る。
そして、男は階段を昇った先にある壁の前で立ち止まった。
「この先は俺の職場」
「ぶっ壊したかった場所だね」
「うるせえよ。……で、これがこの階のブレーカー」
男が壁の上の方を指差す。
そちらを見ると、壁に貼りついた箱のような装置があった。シンプルな作りみたいで、つまみのような部分が全部上にあがっている。今は何も止めていない状態らしい。
僕はそれに手をかざす。魔力……力の流れを感じ取るイメージで、そこに少しずつ僕の魔力を乗せていく。
「何やってんだ」
「……精密なこと。話しかけないで」
この階の線全てに魔力を詰まらせていく。そうすると、さっきの電球みたいに破裂したり、発火したりするはず。一気にやれば当然すぐ何か起きるけれど、それで速やかな行動をされたら困るんだ。僕が作りたいのは、「発見した時にはもう遅い」状況。
もう少し入るかな?僕がそう思って、込める魔力を強くした時だ。
「あっ」
火花が散り、ブレーカーの中で鈍い破裂音が鳴る。
その音に男も気が付いたようで、僕の肩を叩いてくる。
「おい、今バチっていったぞ」
「……なんだろう、ねえ」
「なんだろうねえ、じゃねえだろ!お前絶対やらかしたな!」
「もっと入ると思ったんだよ」
「精密なことしてたんだろ!最後まで精密にやれよ」
やっていて、もう少し大丈夫だと判断した上でのこれなのだけれど。
「結果、壊れちゃったみたいだね」
「何やってんだよ」
男は呆れながら、中の様子を確認してくれる。
「……おかしい。まだ明かり点いてんぞ。警報も鳴ってない」
「少しの間は僕の魔力で動いているんじゃないかな。警報は知らないけれど」
「魔法ってなんでもありかよ」
「きみたちの使っている燃料も元を辿れば魔力だからね。原料をそのまま使っているのと同じなんだと思うよ。だから、今は異常がないで処理されてる」
「そういうのが、なんでもありだって言ってんだよ」
彼はうんざりした顔を見せて、階段に座った。
「そろそろ忙しくしようか。……きみの言うボスは上の階にいる?」
「4階だからそうだな。一番偉そうな扉の向こうにいると思うわ」
「わかった、ありがとう。……連れて行ってもらうつもりだったけれど、少し手違いがあったから……この建物をもう一度使いたいなら、火事に備えようか」
「お前何する気だよ」
僕はクスリと笑う。
「破壊。きみのお望みのやつだよ」
「は……」
コツコツとブレーカーを叩いてみせる。
「僕は、きみが言うなんでもありの魔法を使って、ここから配電盤に向かって魔力を逆流させるよ。この線を辿るようにね。……ふふ、一体どうなるんだろうね」
「どうなるって……多分ぶっ壊れるぞ」
「あ。きみの願い通りだ」
どうして彼はそんなに怯えた顔をするんだろう。全部壊したいって言ったじゃないか。
「きみの願い、途中までだけれど僕が叶えてあげるよ」
「あれは……あれはカッとなって」
「言っちゃったんだよね。でもね、覚えておいて。口からその言葉が出るということは、心のどこかで必ず思っていることなんだよ」
「でも火事なんて、お前……人が死ぬぞ」
「そうかもね」
僕が言い切ると、男はあり得ないと言いたげな顔をする。
「だから言っているじゃない。火事に備えようかって。きみがこれを拒否する理由がよくわからないのだけれど」
「お前の言ってること、意味わかんねえよ」
「わかろうとしていないだけじゃない。きみの言っていることが現実になるとこうなるっていう想像力が足りないよ」
「人の心がないお前に言われたくねえよ!」
それとこれとは話が別だと思う……。
男は声を震わせながら続ける。
「悪魔だよ、お前!そりゃ心なんてねえよな!」
「……」
「とんでもねえ化け物の世話させられたわ!ここまでして欲しいなんて頼んでない!」
男は3階のフロアに続くドアに手をかける。
「駄目だよ。その先に行ったら──」
「知らねえよ!!おい!逃げろ!化け物が!!」
そう好き勝手に喚きばがら、ドアの向こうに行ってしまう。
……交渉決裂みたいだ。
「火事に備えてって、僕は言ったからね」
線にどのくらい僕の魔力を溜め込んだかわからないけれど、まあ、いいでしょう。
まあいい……?ううん、もういい、か。
僕は溜め込んだ魔力に向かって指示を出す。
『爆ぜろ』
途端、壁越しに轟音と叫び声が聞こえる。
いつまで経ってもこの音は慣れないから、僕はなるべく急いで上の階に上がった。
僕が踊り場に来たあたりでようやく火災を知らせるベルが鳴り響く。建物は燃えにくい素材でできているようで、外への延焼を抑えているようだ。
上に昇りきったら消してあげよう。
……「発見した時にはもう遅い」状況、失敗したな。ある意味ではもう遅いのかもしれないけれど。




