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日が高く昇った頃。僕は件の2人──2人の名前は、男の方がスレン、女の方がリネッタというらしい。──のところに戻った。服装は、街の人間に溶け込めるような……いつも出かける時に着る服にした。アエスカルのことを知られるような要素を省きたかったからだ。
「こんにちは。ちゃんと待っていてくれたね」
「待つしかできないだろ、こんな」
スレンは横にいるイーオスを肘でつつく。嫌そうな顔ひとつしない彼の様子から、どうやら変なことはされていないことがわかる。
「仲良くしていてくれたんだね。ありがとう」
「お前が置いて行ったんだろ」
「ごめんね。今のはイーオスに話してる」
スレンが何か言い返そうとしたけれど、イーオスが間に入って僕を独り占めしたので会話は終了。ちゃんと監視できて偉いね。
ルーナはすでにこの場からいなくなっていた。彼女は自由な子だから……アエスカルの方に戻ったと思っておこう。
僕はイーオスへ拠点に帰るように指示を出してから、2人の方を向き直る。
「……それで、連れていってくれるんだね?」
「ああ。ただし……」
リネッタが何か物々しいものを手に取って近づいてくる。
「生け捕りのドラゴン乗りはこうやって連れてこいって言われてるの」
なるほど。おそらくこれは……目隠しと、手枷?あとは口枷?
「うん、わかるよ。運ぶ方法と行き先を見せないために目隠し、抵抗されないように手枷。……それは?」
「口につける」
「そうか、マスクみたいなものだものね。叫ばれたりしたら困るのかな」
「魔法が危ないってわからない……?」
リネッタが少し震える声で尋ねてくる。
魔法が危ないから口枷?僕の頭の中では魔法と口枷がイコールになることがない。それが顔に出ていたようで、スレンが口を出してくる。
「お前も使っただろ、影がどうとかって」
「ん……?あ……!ああー!」
ああ、なるほど。
彼らは僕たちの使う魔法は、呪文を唱えないと発動しないものだと思っているんだと思う。
呪文は確かに使うのだけれど、それは対象に指示を出したり、具体的に効果を付与したり……魔法のディティールを上げるようなイメージ。だから、ただ使うだけなら体内の魔力と自然の中の魔力を繋ぎ合わせるだけでいい。
だから、そこに用意されている口枷はまるで意味のないものなんだ。
「……ふふ、そうだね。危ないね」
「何笑ってんだ」
「危ないなと思っただけだよ。……ほら、どうぞ?」
両手を前に出すと、後ろ手に直される。杖もつけないのでバランスがとりづらい……。それを見てリネッタが軽く支えてくれる。
「……グラグラしすぎ」
「ありがとう。片足が義足なんだ」
それを聞くと、ズボンの裾を少し上げられる。そこから左足の代わりをしている義足が顔を出す。
「見て楽しいものでもないでしょう」
「本当なのか確認したかっただけ」
「……ふふ、そう」
その後二言くらい会話をして、目隠しと口枷をされる。これでとりあえずは準備完了というわけだ。
このままスレンにひょいと担がれ、僕はどこかに運ばれる。
少し乱暴に下された。固く冷たい床のような……?そしてすぐに、バタン!とドアが閉まるような音がして、鍵もかけられる音がする。
なんだろう、部屋にしては狭い。空気が動いていない感じがする。……それと、なんだか体が重くなる感じがする。まるで、魔力の流れが底から削がれていくような。
「……?」
足を動かしてみると、すぐに壁にぶつかった。
……すぐに浮かんだ自分の仮定を確かめるために、足を思いっきり蹴り上げる。
ガンッ!と足が天井に届いた。なるほど、箱に入れられているみたいだ。生け捕りで運ぶとなるとこうなるか……。
しばらくすると、バラバラバラと音がしてくる。僕にはわかる。これは、プロペラが回る音。僕が入れられている箱はかなり遮音性が高いのかな。きっと外でこの音を聞いたら耳が壊れてしまいそうだ。
そして、しばらくガタガタと揺れた後の浮遊感。飛んだなとわかった。
揺れも安定した頃、蓋が少し開かれて(もしかしたら小窓がついている?)、腹のあたりに何か投げ込まれた。
甘くて、吸うと神経が溶けていきそうな香り。
……これは嗅いではいけないものでは?
そう思った瞬間、僕は息を止める。
しかし、ここは密閉された空間で、僕が息を止めていられるのも時間の問題だとわかっている。……でも、せめての抵抗と思って、しばらく耐えていた。
けれど、肺が勝手に空気を取り込む。
目の奥がビリビリと痺れる感覚がする。そして耳が塞がれているような、酷い耳鳴りがする。
そして、溶けるように全身の力が抜けていき、僕は意識を失った。
「ん……」
酷い気分で目が覚めた。いつの間にか目隠しだけは外されていて、目的地に着いたんだということがわかる。……それにしても寒い。指先が痺れてる。結構寝ていたのかな。僕は固いベッドのような場所から体を起こした。けれど、頭がぐらぐら揺れる。なんだろうこれは……貧血?僕はもう一度横になった。
辺りを見ると、ここは倉庫のような場所みたいだ。たまたまあったマットにそのまま寝かされている感じ。空気がジメジメしていて、少し埃臭い。
乱れた服は途中まで戻された形跡がある。見るべき用が済んでどうでもよくなったんだろうね。今は直したくても直せない。身をよじってみると、腕に違和感がある。採血をした後の血管が擦れる感じというか……。
僕の今の症状と照らし合わせると、恐らく血を抜かれたんだろう。あの噂が届いているなら、僕が気を失っているうちにやれることをやるのは正解だね。そのガセを信じて本当に血を抜くとは大したものだとは思うけれど。
……自分の心臓の音が、まるで耳元で太鼓を叩かれているように響いている。視界の端が白く爆ぜていて、しばらく動けそうにないな。
一体どれだけ抜いたんだろう。
ここに来るにあたって何かされるだろうとは踏んでいたけれど、そっか、こんなに容赦ないか……覚えておくよ。
しばらく目を閉じていると、少しずつ体が楽になってくる。
きっとまだ体を起こすのは厳しいけれど、横になって考え事くらいはできそうだ。それができるなら大丈夫。何もできないわけではないからね。
今考えることは、まずは呪いの主をどうこうではなく、この状態をどうやって抜け出すかだ。
現在、僕は全くと言っていいほど万全な状態じゃない。風邪をひいている方がマシなくらい絶不調だ。そんな中、力業で脱出するのは……かなり無謀だということは当然わかる。
それならもう少し休んで情報が来るのを待ってみてもいいかもしれない。
例えば、この倉庫は定期的に誰か見回りにやってくるのかとか、その人の着ている物や持ち物で国を判断できるものはないかとか……。話せないから観察するしかない。
焦る気持ちはあるけれど、ここで焦っても何もいいことはない。
少し遠くから足音が近づいてくる。
その足音は近くで止まって、倉庫のドアを開ける。……どうやら鍵はかかっていないらしい。もしくは、この前に来た人間がかけ忘れたか。
「なんだ、女だと思ってたのに違うのかよ」
僕の近くに来るなり、男はそんな言葉を投げてくる。まったく失礼な人だな。
僕が喋れないのがわからないのか、男はさらに近づいて僕のそばで屈む。
「おい、聞こえねえのか?」
聞こえているよ、十分に。
返事をしない僕に苛ついているのか、男は雑に自分の頭を掻く。
「あー、つまんねー!どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがってよ!」
僕はきみと今しがた出会ったばかりだから、きみを馬鹿にはできないのだけれど。……とりあえず話を聞いてあげることにしよう。
「クッソ、マジでおもんねー。ボスも俺の話取り合ってくれねえしよ!」
立ち上がって近くの備品を蹴り出した。いいのかな、それ、きみの職場の備品じゃない……?
「お前、お前だよ!お前のせい!」
え?
「お前の血、試しにネズミに投与したら死んでんだよ!こんなんじゃ人に打てるわけねえだろ!」
それは御愁傷様……。
「それで、何で俺がお前の世話しねえとなんねえんだって話!!お前も男だしよ!はームカつく。シルエット細いから女だと思ったわ、紛らわしいなクソがよ」
……。
とりあえず男の服装を観察することにした。少し赤茶の汚れがある白衣、くたびれたシャツを着ている。国旗のマークや施設の名前などは見当たらない。手に持っているのは液体が入った袋?と、こまごました部品。僕の世話をしに来たらしいけれど……。
「俺を認めないこんな施設なんかなくなっちまえばいいんだ!」
男の愚痴がヒートアップしてきている。止まらないと僕に八つ当たりされるかな?それは避けたいな。
考えていると、男と目が合う。
「……お前、本当に魔法を使えんのか?」
急に静かな声で話しかけられる。僕は男の目を見つめたままだ。
「この施設の魔法探知機、切っても誰も気づかねえんだよな。みんな平和に浸ってんだ。お前が回復したら切ってやろうかな。そしたら口のやつも外してやる……で、お前が大暴れするってわけだ」
男は両手を広げて話した後、視線を逸らして吐き捨てるように言う。
「1回くらい全部ぶっ壊れりゃいいのに。そうしたら建て直して……俺の考えが、俺の方法が正しいって、あいつらにわからせてやりてえ」
……彼の発言が、なんだか、自分を見ているような気がした。
「お前だってこんな事されて、ぶっ壊してえって思うだろ?」
これは全肯定ではなく、部分的に「はい」だ。僕には他にも予定がある。
しかし、男にそれは伝わらない。
「ンだよ。反応なしか。おもんな」
男はつまらなそうに何か準備を始める。
持ってきた袋を高い位置に吊り下げて、管のような物と液体がポタポタ落ちるような部品を繋げて、また管を繋げる。
再び男と目が合う。
僕はじっと見たあと、ゆっくりと目を細めた。
どう解釈したのか、男の口端が歪みながら上がっていく。
「は、はは……ひひ、いい、ねえ。その黄色の目、悪魔みてえだ」
悪魔。
その言葉を聞いて、僕も肩を揺らしてしまう。彼はつまらない男ではないみたいだ。
男は管に繋がった針を見せながら言う。
「これ。足に刺すけど毒じゃねえ。両腕が使えねえからクソめんどくせえな……ったく何なんだよ。施設的にもお前に死なれちゃ困るからな。水分と栄養剤だ。死にかけのジジイとババアが使うやつ」
男は慣れた手つきで僕の足の甲に針を刺し、包帯で固定する。液体を落とす速さを調節して、僕に向き直る。
「刺し直しめんどくせえから、抜いたら殺す」
動けないからその心配はないのだけれど……。とりあえず頷いておくことにした。
今はこの男の世話を受けていよう。針を抜かなければ命は保障されているみたいだからね。




