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災厄の話  作者: 橋本
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5

 僕がアエスカルの拠点に戻ってくる頃には、すでに夜が更けていた。

 なんだか何日も眠れていない気分だ。体は動くけれど、今日はもう難しいことは考えたくない。

 ……いろいろなことがあったんだ。世界を壊して、目が覚めたら時が戻っていて……さすがに疲れた。



 火を焚いているところに誰かいる。……きっと今回の件を知っているガルドだ。帰りを待っていてくれたんだろう。

 近づいてみると予想通り。ちょうど2人分のお茶を淹れたところだった。


「……今戻ったよ」

「おう、ずいぶん早いお帰りじゃねえか」

「そうだね、まだ明るくなってないもの」


 彼の隣に座ると、温かいお茶が入ったカップを渡してくれる。僕は軽くお礼を言って受け取った。花のいい香りがするお茶だ。眠れない夜に渡されるやつ。


「これから眠るところだった?」

「いいや。おねむができないみなさんに振る舞ってたところだ。さすがの俺でも何人もお相手できねえもんでな。で、ちょうど2杯分余った」

「……ふふ、そう思っておくよ」


 ゆっくりと一口。……1杯目のお茶の味だ。

 僕が一息吐いたところで、ガルドが口を開いた。


「お前、転移で帰ってきたのか?イーオスの姿が見当たらねえみたいだが」

「うん。僕だけ戻ってきた」

「え?なんで」

「あの荒野に丸腰の人間を置き去りにするのは酷いでしょう?」

「あー、お目当ての奴がいたんだな?……おい、銃を持ってたとか言わなかったか?2匹でも銃はさすがに」

「壊したよ」


 ぱち、と焚き火がはぜる音だけが耳に届く。横を見ると、ガルドはカップを持ったまま固まっていた。

 彼が静かになっている間、懐かしいお茶の香りと味を楽しむことにする。

 ……のは、そんなに長くは続かなかった。


「お前、荒野に丸腰の人間を置き去りにするのは酷いって言ったよな?」

「うん?だから、ルーナとイーオスを置いてきているじゃない」


 僕は間違ったことを言っているだろうか。

 ガルドが大げさにため息をつく。


「置き去りにされた奴、今晩は随分と刺激的な夜を過ごされると思うぜ」

「そんなこと言わないであげてよ。2人組と言っても他人同士らしいから」

「待て待て2人いたのかよ」

「ん?うん。銃も2種類使ってた。1つは……ああ、見せた方が早いかな」


 僕は回収した銃を2丁(壊れてはいるけれど)取り出してガルドに見せると、彼は興味深そうに観察している。


「このほっそいやつもか?」

「そうなんだよ。それは麻酔銃らしくて」

「麻酔銃か」

「うん。弾ももらってきたよ」


 押収……もらってきた麻酔銃の弾をガルドに見せた。

 細長い注射器のような形状になっていて、お尻の方には羽がついている。ダーツみたいな形と言えばわかりやすいかな。

 手に取って観察しているガルドに向かって声をかける。


「一発だけ使った形跡があった」

「的はイヴリだろうな」

「……多分ね」

「もし命中したらしばらく動けねえよな?」

「僕も医学は詳しくないけれど……そもそもヒト用なのか疑問だね」

「聞いてねえのか?」

「それよりも……ええと、聞きたいことがあったんだよ」


 言葉に疲労が乗ってしまったかもしれない。火を見ていると眠くなってくる。


「なんだおねむか?」


 それを察してガルドはからかってくる。僕がこんな姿をなかなか見せないからだと思う。


「今すぐにでも横になりたいけれど、誰かがおしゃべりしたいようだから」

「ほら色男の顔見ろよ。疲れ取れるぜ?」


 一瞥してスルーすることにした。


「2人組から話を聞けなかったのはね、彼らに呪いがかかっていたからなんだ」

「うわ無視しやがった」

「型が僕でもわからなかったから詳しくはわからないけれど、おそらく言葉がトリガーになってると思うんだ」

「言葉、ねえ……。どうしてそう仮定したんだ?」

「どこからどうやって来たか尋ねようとしたら、相方の方が騒ぎ出したんだ。それ以上言うなってね」


 ちらりとガルドを見ると、このまま話を聞いてくれそうな雰囲気だ。

 話を続けよう。僕もその方が頭の中を整理できて助かる。……というか、話してないと眠いんだ。


「2人の仲はさっきも言ったよね?他人同士。だから、普通なら知らない人間がどうなろうと知ったこっちゃないじゃない?」

「どうにかなったら気分悪くはなるぞ、普通」

「そうなんだ?……でも、自分じゃなくてよかった、の気持ちが先だと思うけどな。人は意外と他人に無頓着だよ」

「少なくともお前はそうだろうな」

「ふふ、よく知ってるね」


 そうでなければ世界を壊すなんてことはしないよ。


「それで思ったんだよね。もしかしたらこの2人は、相手が口を滑らせると、自分に影響が出る呪いがかかっているんじゃないか?って」

「趣味悪ぃな。お前みてえなやつなんじゃねえか?」

「僕はもっとわかりやすくするよ。……それで、交渉して帰ってきた、というわけさ」


 ろくでもないことをしてきたな、とガルドの顔に書いてある。僕はお茶をもう一杯お願いした。


「……で?その交渉とかいう内容、まさか呪いを消すことを交渉材料にしてねえだろうな?」

「お、よくわかったね。大正解」

「おっ、じゃねえよ、おっ、じゃ」

「あまりにも合っていたから」


 大袈裟なジェスチャーで呆れを表現される。


「そうするくらいしか思いつかなかったんだよ。レギアスに入るには許可証が必要なんでしょう?近道がこれだと思ったんだ」

「それにしたって旦那。ずいぶんと突飛なアイデアじゃねえか?」

「いろいろ急ごうと思ったら、3段飛ばしくらいの工程になっただけだよ。……大丈夫、僕1人なら何かあってもなんとかするから」


 ……あれ?ガルドから返事がない。

 そちらを見ると、ガルドはお願いしていたお茶のお湯をぐつぐつと沸騰させながら僕を恨めしそうに見ていた。

 そして、地の底から呻くような声で、


「僕1人なら、ァ?」


 ……これは、話さない方がよかったかもしれないな。


「お前、ここまで話しておいて俺を置いてくのかよ」

「……僕は初めから1人で終わらせるつもりだったよ」


 あくびを噛み殺しながら続ける。


「そうした方が、みんなに変な心配をかけないで済むと思うんだ。僕はよく外出するし……いつものことで終わるでしょう?だから──」

「その辺をお散歩すんのとまるで話が違うだろ」

「同じだよ。この件をわかっているガルド以外は」


 冷たい言葉を刺してしまう。

 けれど、そんなことを言ってもガルドは引かない。いつものことだ。


「危険なことに足突っ込むのはわかんだけどな……。なあクリエ、お前焦りすぎじゃねえか?」

「……焦ってはいるよ。イヴリに何があるかわからないから」

「違う、そこじゃねえ。いや、そこもなんだが。お前、もっと違うものを見てるだろ」

「……」

「だんまりは肯定と同じだぜ?旦那」


 ガルドがニヤリと笑う。

 沈黙は肯定……僕もよく言うことだから何も言い返せない。実際、同時に僕が世界を壊したことを考えているから否定もできない。けれど、それを言っても話が飛躍するだけだ。


「……違うよ。違うものは……今は関係ない」

「はいはい出ました。関係ない、ね。仲間外れは悲しいねえ」

「はっきり言うと……今回の件も関わって欲しくない」

「おい、そこはごめんって言うところだろ」

「ごめん」

「そこじゃねえよ」


 ガルドは頭を掻いて、深く息を吐いた。

 焚き火の光に照らされた横顔は、呆れと、心配と──ほんの少しの怒りが混ざっている気がする。


「……お前を放っとけるわけねえだろ」

「気にしないで。みんなの心配しなよ」

「片足もいで帰ってきた経歴もちがその台詞言っても説得力ねえんだよ」

「……そっか、そうだね」


 彼の気持ちを表現したかのような、熱いお茶を受け取る。熱くて飲めないから、冷ますように息を吐く。

 ガルドは僕が何か言うのを待っているように見えた。


 ……なんとか冷まして1口飲んだ後、僕は口を開く。


「……呪いを消すって、どうするかわかるかい」

「あ?」

「呪いの消し方」

「俺はそういうの専門外だからわからねえよ。なんか効果が逆の呪いをつけたりするんだろ?」

「知っているじゃない。そうだよ、仕組みがわかったらの話だけれど」

「なんだよ。勿体ぶらねえで話せ」


 熱いお茶を口に含んで、無理矢理頭を起こしながら話す。


「さっき僕は、その呪いの仕組みがわからないって言ったよね?……仕組みがわからないとね、ガルドが言う解除方法は使えないんだ」

「じゃあどうすんだよ」

「呪いの主を殺すしかない」


 言葉で刺すように、わざと冷たく言い放った。

 けれど、なんだか後悔の方が先にきてしまって、僕は続ける。


「……僕がそれをやるのを、見てほしくない。加担も、してほしくない」

「……」

「だから」

「もういい」


 ガルドは立ち上がって背を向ける。


「お前、まともに思考できてねえだろ。どうせこのまま話してもロクなこと言わねえ」

「そんなこと──」

「1回寝ろ。頭溶けてるお前と話してもおもんねえよ」

「ガルド、」

「話の続きは明日だ。逃げんなよ?」


 そう言って、ガルドは自分のテントに帰っていった。


「逃げんなよ、か」


 逃げるなよと思っていたのは僕だったはずなのに。いつの間にか僕が逃げる側になっていた。

 ガルドにどう伝えよう……そう思いながら、僕は眠りについた。




 暗い世界の中で、私はお前に問いかける。



 どうせお前は全てを壊す。

 どうせあの歌を詠う。

 世界も、人も、自分自身すらも守れない。


 声1つで壊れる世界に、お前はまだ「守る」と言うのか。


 さっき、お前は口にしていたな。

「人を殺めるところを見られたくない」と。


 ……今さら、何を取り繕っている?


 見られたくない?嫌われたくない?


 そのどれも、壊すつもりのくせに。

 優しさの仮面をつけても、お前の中の本性は隠せない。

 お前自身が一番よく知っているはずだ。


 私に片足を奪われた時から、お前に残る未来は、失い続ける道だけだ。


 何に怯えているんだ?

 また何かを失うのが怖いのか?


 だから、誰にも踏み込ませないよう、先に壊す。

 壊して、壊して、壊し尽くして、そして最後に残るのはお前だけだ。


 見られたくないなら消してしまえばいい。

 そうすればお前の思い通りだ。


 お前は神に選ばれた。世界に巣食う災厄として。

 つまり、世界に棲む命にとっての不要物だ。


 だからこそ、いずれ捨てられる。

 いずれ見放される。

 いずれ誰にも必要とされなくなる。



「違う……」


 違うと言うなら、お前はなぜ世界を壊した?

 あの世界ではお前が必要とされていたじゃないか。

 だから弟は偽物の災厄を演じてまでお前を生かした。

 それを、お前は自らの手で消した。


 そしてお前は必要とされる存在になった世界を壊した。

 それなのに、なぜ違うという言葉が出る?


 矛盾しているのは世界ではなく、お前だ。

 気づいていないのは、お前だけだ。





「っ!!」


 悪い夢を見て飛び起きた。

 うなされていたのかな、汗で服が体に貼り付いていた。


「夢……か」


 子供の頃に失った左足の傷跡がズキズキ痛む。まるで、今のは夢じゃないぞと言うように。


「痛……少しは寝させてよ……」


 外からは、みんなが朝食を摂っている声が聞こえる。起きて混ざろうかとも思ったけれど、おそらく酷い顔をしていると思うからやめておこう。

 横になったまま眼鏡をかけて、当時僕がつけていた記録を確認する。


「なるほど、冬が近いんだね」


 僕たちはドラゴンに合う気候に合わせて移動する。だから南下している。

 記録を見る限り、移動のペースは順調みたいだ。きっと近くの湖で水を汲んでから出発かな。まだまだ時間はある。

 ……僕はもっと別の場所に出発しなければいけない。ああ、その計画も考えておかないと。

 そう思いながら、再び目を閉じ──。


「おいいつまで寝てんだ!」

「わ!?」


 る、ことはできなかった。



 ガルドがどっかりと、横になっている僕の足元に座る。


「おいおい昨日より酷え顔してんじゃねえか」

「僕にもいろいろあるんだよ」

「何だよ、怖い夢でも見たのか?」

「……考え事してただけ」

「そんなんいつもだろ」


 僕が黙ると、全てお見通しだぞ、という顔をされる。女性にはうけるのかもしれないけれど、僕にとっては厄介でしかない。

 ……これはさっさと本題に移った方がよさそうだ。


「……昨日のことだけれど」

「おう」

「やっぱり同行はしてほしくない」

「考えは変わってねえってことか」

「……いや」


 僕の話が続くことに、ガルドは片眉を上げる。駄目で終わると思ったんだろう。

 ……駄目で終わらせないことにした。ガルドも僕もお互いを逃げるなと縛ったんだから。


「必要な時に飛んできてもらおうと思って。言葉通りの意味で」

「どういうことだ?」

「……覚悟はできてるんだよね?」


 友人が人を殺めるところを見る覚悟……もしかしたら、ガルド自身が人を殺めなければいけない覚悟。

 僕は自分にも確認するかのように尋ねた。

 ……すると、ガルドは手を叩いて笑う。


「わははは!!そうだよ!そうこなくっちゃな!」

「???」

「お前はお前の都合で人を転がし回すのが正解なんだよ」


 ガルドは面白いから笑っているわけではなさそうだけれど、僕には理由がわからない。

 ひとしきり笑うと、彼は僕の目を見て言う。


「覚悟なんざ、昨日お前に話しかける前から準備できてるぜ?旦那」

「その時は何が起きているか全くわからないと思うけれど……」

「うるせえよ。お前の考え事に何度付き合わされてると思ってんだ」


 この圧倒的な善意が、僕には眩しい。目を逸らしてしまいたくなるほどに。


「で?飛んでくるってなんだよ」

「……それはね」


 僕は箱の中から石を2つ取り出す。転移魔法の刻印をしてあって、僕の魔力も封じ込めている。

 強制的に番の魔石を持っている僕のところに転移させる物だ。本来はイーオスに持たせている。

 それを1つガルドに渡す。


「肌身離さず持っていて。僕が呼んだら問答無用で来てもらうよ」

「これで移動できんのか」

「できる。きみの意思は無視して」

「急にコマ扱いしてくんじゃねえか」

「覚悟はできていたんでしょう?」


 僕の顔を見て、ガルドは顔がひきつる。


「きみには、僕が必要な時に、必要なタイミングで来てもらう。例え食事中でも、寝ていても……僕が呼んだら、瞬きした瞬間にそこにいる」

「とんだ無茶振り石じゃねえか」

「そうだよ」

「シンプルに肯定しやがって」

「そうとしか言いようがないからね」


 この後、ガルドからいくつか文句を聞いたけれど、彼は渡した魔石を手放す選択を決してしなかった。


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