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イーオスに跨り、夕焼けに背を向けて灰緑の荒野を駆ける。背の低い木が茂みになっているところをよく見かけるから、あいつらはきっとそういう場所に潜んでいるんだろう。
空を見上げると、はるか上空に真っ黒な点が見えた。多分ルーナかな。
「イーオス。周りに気をつけながら行こう」
短く鳴いて返事をしてくれる。
イーオスの体はとても硬い鱗に覆われていて、銃弾もそこまで効かない。
本当に気をつけるのは僕の方だ。
僕は、人の魔力を察知できる力が敏いけれど、頼り切るのは慢心だと理解している。それに、あの時のイヴリのように、自身の魔力を隠す方法をもっているかもしれない。そういう相手はさすがに僕でも気づけない。
辺りが薄暗くなってきた。
このくらいになれば、焚き火や魔石灯などの明かりが目立つはず。拠点を構えていなくても、恐らく火は焚くと思うんだ。危険な動物が多いからね。
イーオスが小さく鳴いた。きっとこの辺なんだろう。気を引き締める。
──と、左側の闇が爆ぜたような音が聞こえた。瞬時に風を切る音。銃弾だ。それはイーオスの足をギリギリ通過する形で地面にめり込んでいる。
イーオスが足を止めて低く唸る。僕は彼を叩いて宥めながら、腰の剣に手をかけた。
そして、銃弾が飛んできた方向にある茂みに向かって言葉を投げる。
「……誰?」
静寂が流れる。空気も、生き物も、僕を避けるように遠のいていく。
なんとなく、視線の先に人の気配を感じる……恐らくそこにいるんだろう。
微かに金属が動くような音が聞こえた。
もう一度狙われる前に、僕が先に動く。だんまりの時間はおしまいだ。
僕は空いている手で茂みを指差す。
『燃え尽くせ』
茂みが一気に発火する。
熱気が揺れた瞬間、叫び声を上げながら男女が飛び出してきた。どちらも手には銃を持っている。名前はわからないけれど、遠くを狙うような用途の銃だ。
「こんばんは」
彼らの表情が一瞬で強張った。
「ここでキャンプですか?この辺、危険な動物もいますから、暗くなる前に野営の準備をした方がいいですよ」
ゆったりと話していこう。
「……ああ、申し訳ありません。驚かせてしまいましたよね。大きい動物が通りかかったのですから。大丈夫。この子は草食ですから、あなたたちを食べませんよ」
イーオスを撫でる。
すると、女が震える声で尋ねてくる。
「ドラゴン乗り……?」
「ええ。きっとあなたが言うドラゴン乗りです。民族の名前はありますけれど」
2人が目配せする様子が見えた。
うーん……。
「何か探し物ですか?」
「……まあ、そんな感じだな」
男の方が数歩前に出てくる。
左目の端に傷がある男だ。風貌から、真っ当な仕事に就いていないだろうと想像がついてしまう。
そいつがじろじろと僕の目を覗いてくる。何かを確かめるようなネバネバした視線が気持ち悪い。
僕は、その視線を断ち切るように声を出す。
「奇遇ですね。僕も探し物をしているんです」
「探し物?こんなところに?」
「ええ。この辺でなくしたみたいで」
ぴくり、と男の眉が動く。もちろんそれを見逃さない。
「おや……ご存知ですか?」
「いいや。知らない」
「そうですか。それは残念」
大袈裟に肩をすくめて見せる。
「あなた方の探し物は?この辺はよく通りますから……よければ一緒に探しますが」
「手伝ってくれるのか?」
「探し物は何かにも……おっと」
再び銃を向けられる。親切にしようとしてあげたのに失礼な人たちだ。
僕はため息をつき、銃口を見つめる。
「せっかく親切にしようと思ったのに」
「お人よしは人を選ぶもんだぜ、兄ちゃん」
人を選んで突っぱねたのはそちらだが……?と、口から出そうになるのをこらえる。
「それを向ける相手も選んだ方がいいと思うけれど……」
「お前もこれが何かわからないみたいだなぁ?」
わかる。似た物を分解だってしたことがある。
銃はこの辺では見ることができない武器だ。男が「お前も」と言っているということは、イヴリは銃を見たことがなかったんだろう。
銃を扱うのはもっと魔法が廃れて、違う技術が発達している方……例えばレギアスとか。
……あ……レギアス、か。
もしも、レギアスが膨大な魔力(という名の燃料)を必要としていて、軍をあげて燃料の確保をしているとする。たまたまレギアスに来ていた商人とか、世界を移動する人の耳にその情報が届いてしまい……いや、これはこじつけかな。
相手がいい気になっているうちに、噂の確認などをしていこう。
「……ドラゴン乗りの血を飲めば長寿になる、そんな噂があるらしいね」
「なんだ知ってんのか」
「噂程度には。……それで?頭を狙っているようだけれど、どこに売るんだい?」
「これから死ぬお前には関係ないことじゃないかい?」
いいパスがきた。
僕はまた大袈裟に反応してみせる。
「こっ、これから死ぬ!?そんな!生かしておけば血なんていくらでも採れるのに?もったいない」
「命乞いか?」
「いいえ。本当のことを言っただけ。……実際に、毎回人を狩るコストに比べたら全然安いと思うよ。それに、」
クイッと人差し指を横に動かす。
瞬間。2人の構えていた銃に黒い雷が貫く。
彼らは、銃の中心から先の部分が荒れた大地へ飛んでいく様を見送っていた。理解が追いついていないようで、飛んでいった金属を見つめることしかできないようだ。
僕は、視線を戻せと言うように話を続ける。
「……『災厄』の血となると、一体いくらで売れるんだろうね?」
夕陽を背にして微笑む。向こうには僕はどう見えているだろうか。
恐らく、アエスカルの血肉は既に高値で売買されている。僕が急にお金の話をしても話が通じているということは、きっとそういうことなんでしょう。……3年後には僕の仲間も半分以下になっている。とんだ人気商品だ。
今はこの噂を利用して『交渉』を進めるしかない。とても胸糞悪い話ではあるけれど、自分の市場価値を使わない手はない。
武器を失った男は、やや声を震わせながら尋ねてくる。
「……『災厄』、だと……?」
「ええ」
男は一歩あとずさる。
「あなた、じっくり僕の目を見ていたじゃないですか。あんなに熱い視線で。目の色を見ていたんでしょう?」
イーオスから降りて、ゆっくりと男たちに近づく。
「この距離ならわかるかな?ブラウンとイエローのオッドアイ。この色が『災厄』だって知らされていたのでは?僕たちの仲間はみんな両目の色が違う」
「騙すつもりでしょ!」
女が声を上げる。
「騙す?……えっ?僕が?」
「っ、『災厄』がこんなところに来るわけない!」
顕著な逃避行動。当たらなかったとはいえ、先に撃たれたのは僕の方。怖がる役が違うでしょうに。
まるで僕が悪い人みたいじゃないか。……まったく、都合のいい頭をしてる。
「ふふ、面白いことを言うね。……どうやったら信じてもらえるかな」
酷く怯えた表情をされる。殺されるとでも思っているのかな?そんなことするわけないでしょう。……信じてもらえそうにはないけれど。
「そんなに怖がらないでほしいな。先にあんな物騒なもので僕を殺そうとしたのはそっちでしょう?」
「お前だって茂みに火を放っただろ」
「放ってはいないよ。燃えただけ」
男が鋭く僕を睨みつけてくる。その目は敵意よりも、理解の追いつかない焦りの色が強いように見える。
どうしてだろう、まるで僕が悪いことをしたみたいじゃないか。……兄弟喧嘩みたいだよ、これじゃ。きっとこれから「お兄ちゃんなんだから謝りなさい」って言う親が出てくるんだ。
……このまま話していても平行線な気もしてきた。これは僕が焦っているとか、イライラしているとかそういう感情ではないと思いたい。けれど、聞きたいことが聞けないし、こちらの言葉はまともに届かない。
仕方がない。順番に潰していくか。
「初めに僕を狙って撃ってきたじゃない。それはどうして?きみたちの口から聞きたいな」
「お前だって言ってただろ、ドラゴン乗りの血とか、売り買いの話とか」
「”お前だって”、”お前だって”、ねえ……」
ため息か笑いか自分でもわからない息が漏れた。
僕はきみたちの口から聞きたいって言ってるじゃないか。彼らは返事をしない。
「……僕が想像している内容は概ねイエスと思っておくよ」
今度返ってきたのは沈黙。
正解と解釈して、質問を続けよう。
「どうしてここにいたのかな?……昼に、この辺りで僕の家族と友人がトラブルに巻き込まれてね。僕の弟が姿を消してしまったから探しにきたのだけれど……」
じっと2人を見つめる。変な動きはない。
「……結果、きみたちがいた。僕に銃を向けた。他のドラゴン乗りが探しに来ると思って張っていたんでしょう?」
舌打ちが聞こえた。その返事で答えは十分だ。
「よかったね。実際に来たんだもの、推理は合ってたよ。……すごいねえ、きみたち。きっと狩りの才能があると思うよ」
まるで子供を褒めるように、ゆっくりと伝える。
……と、男が隠し持っていたナイフを構えて僕に向かってくる。
細身の体型とぎこちない歩き方が、近接戦ならと思わせてしまったんだろう。
それなら僕にもやり方はある。
「──名もなき影よ 迷い子よ」
ぴたり、と不自然なポーズで男の動きが止まる。
歩幅を残したまま。まるで影に縫いとめられたみたいに不自然な角度で。
僕はさらに影を操る言葉を紡ぐ。
「──忘れられし名を嘆く者よ」
「ックソ、やめ」
抵抗している気配はあるけれど、関係ない。
今は力の差を理解してもらう方が大事だ。
「──悲嘆を刃に 虚の思念を呪として結べ」
男の腕が、ゆっくりと、自分の意思に逆らって動く。
ナイフの切っ先が自身の喉元へ吸い込まれるように持ち上がったところで、ぴたりと止まった。
彼は今、僕が与えた終わりの形のポーズをとらされている。
「何、する気だ」
「どうしてほしい?」
「どうして……?」
質問を返されると思ってなかったんだろう。僕は女の動きに警戒しながら話す。
「僕はきみたちと話がしたいのだけれど……まるで話が通じないからこうしただけ。大丈夫だよ。最後の指示をしなければ、そこから動くことはないからね」
「話、だ……?」
「そう、話。いろいろと聞かなきゃいけないことがあるんだ」
タイミングよく、イーオスが飛んで行った銃の部品を拾って渡してくれる。お礼を言って受け取り、作りを見る。
2丁の銃は銃身の太さが全然違う。片方はよく見る太さなんだけど、もう片方がなかなか細い。こんなに小さい銃弾があるのか、それとも違う用途で使われているのか……。
「ねえ」
僕は女になるべく穏やかに呼びかける。
「この銃、太さが違うみたいだけれど?」
「ふっ、太さ?」
「うん。2人で違う銃を使っていたんでしょう?弾の大きさが違うだけ?それとも用途事自体が違うのかな?」
「え、ええと……」
「怖いかな?ごめんね。違うかそうじゃないかだけ教えてくれると嬉しいな」
女が震えていると、男が声を上げる。
「片方は麻酔銃!!」
「……ああ、なるほど」
なるほど、麻酔銃なんて物があるのか。
……細い注射みたいな形状のものに麻酔薬を入れて撃つ仕組み?吹き矢よりも狙いがつけやすいし、扱いやすそう。でも、それを人に向けて撃つのは……僕らを人扱いしていないのでは。
そもそも血肉を売買する時点で僕たちに人権はないか。
僕は女に笑いかける。
「そうなんだって。じゃあこっちの細い方が麻酔銃かな?」
「知って、どうするの……」
「そうなんだなと思うだけだよ。あとは手口を想像するとか、この銃はどこから来たのか考える、とか。考え事が好きなんだ」
壊れた2丁の銃を空間にしまう。
その様を、女は理解できないとでもいうような顔で見ていた。どうやら魔法を見たことがないようだ。
「けれど今回知りたいのは後者かな。……きみたちがどこから、どうやって来たのかも知りたい」
「わた、私たちは、」
「おい!!それ以上言うな!!」
男が自分の首にナイフが触れるのを気にせずに声を荒げる。その声で女はハッとしたようで、口を塞いだ。
「……訳ありみたいだね、その様子は」
「そういう契約だ」
「……」
じっくりと2人を観察する。どこかに変な物が付いていないかな。
あり得そうなのは、特定のワードを発したら命を落としてしまう呪い。そういうのは声帯の辺りに……。
「ジロジロ見るな」
「見るよ。文句言わない。静かにしてて」
じっと男の首回りを注視する。こういうのは声に反応するはず。
……あ。
「ごめんね、やっぱりうるさくていいよ」
「どっちなんだよお前!!」
「どっちも」
いろいろと男に文句を言われるが全て無視した。
「きみたちはお互い知り合いなの?それくらいは言える?」
「……いいえ。でも、それ以上は……」
「うん、大丈夫」
他人同士……。
さっき、女が何かを吐露しようとした時に、男は必死に止めていた。
他人なら、本来そこまで必死になる必要はないと、僕は思う。僕なら気にしない。自分の責任は自分で取ってもらう。
……じゃあ、なぜ、さっき男はあのような反応をしたのか。
それは、相手のミスは自分に不利益なことが起きてしまうから……?
つまり、女が何か失言すれば、男についている呪いが発動する?
「……趣味が悪いな」
まだ仮定でしかないけれど、つい言葉が出てしまう。
「趣味が悪い、だ?」
「こちらの話だよ。……ああ、あった」
ようやく呪いの痕跡を見つけた。
注視するけれど……見たことない形式だ。なにこれ。
形式がわからない以上、呪いを解いてあげた借りで僕をレギアスに送ってもらうような作戦は実行できない。……まあ、そもそも、彼らがその国に通じているかはまだわからないのだけれ、ど。
でも、おそらく近くまでは行けるはず……。そうしたら、許可証を持っている商人を探して……と考えると、やっぱり彼らを利用しないと……。
なら、どうやって恩を売る?
僕を売れと提案する?……ううん、それはなんだか違う。さっき『災厄』の言葉を出したら怯えていたから。
じゃあ、やっぱりこの呪いを解いてあげる提案が今の所妥当……。でも、僕はこの呪いの仕組みがわからない。なら、どうしようか……。
あ。
「そうか、殺せばいいんだ」
「ちょっと!?」
「おい!待てよ!」
2人同時に焦った声を出す。
「ああ、ごめんね。違うんだ。誤解しないで」
「違わねえだろ!てめえ!!やっぱり……っ!!」
「私たちをここで始末する気なんだ!!」
両脇から非難の声が上がる。……つい独り言が漏れただけじゃないか。
「きみたちをじゃなくて……その呪いの……。はぁ……あのね、これは取引なのだけれど」
2人は一瞬だけ顔を見合わせ、警戒しながらも黙り込んだ。
話を聞く雰囲気になってくれたと感じ、僕は続ける。
「きみたちのそれ、僕が取り除く手伝いをしてあげるよ。その代わり、成功したら僕のお願いを聞くという条件付きだけれど。どうかな?」
目の色が変わった。好感触だ。
でも、女の方が不安そうに尋ねてくる。
「……本当にできるの?」
「できるとは言っていないよ。手伝うとは言ったけれど」
「回りくどいな。はっきり言え」
「じゃあ、理屈を説明せずに簡単に言うよ」
理屈を説明するとしても簡単だけれどね。
呪いをかけた人間がこの世からいなくなれば、その人がかけた呪いは全て消え去る。……はず。僕の周りの魔法だとそうなってる。
だから、
「呪いの主を消してやろうかと思ってさ」
と、いうわけだ。




