プロローグ②
僕の身体に残っている記憶の中には、当然両親との思い出も存在する。それらの記憶から、僕は両親がものすごい親バカだと考えた。
だってそうだろう?4歳なのに、まだ一度も外の世界を見たことがないなんて、どんな箱入り娘…いや、箱入り息子か。まぁとにかくだ。僕の両親は僕のことが心配で、いまだに外に連れ出してくれたことがない。
小学校に通い始めたら外に連れ出してくれると、両親は取り決めたらしい。でも一つ言わせてほしいね。小学校になったらっていっても、すごく遅いと思うんだよね。
「皐月、体調は大丈夫なの?どこか痛いとか苦しいとかはない?もしあったらお医者さんを今すぐ来させるから、なんでも言ってちょうだい。」
銀髪赤眼の美女…僕の母である橘音羽が、オロオロとしながらつぶやく。黒髪黒眼のイケメン…つまるところ僕の父である橘天弥も、キリッとした顔で親バカを発揮する。
「そうだぞ、皐月。もし体調が悪いのなら、世界最高の医者に診てもらおう。僕たちの天使に何かあってはたまらないからね。」
ほら、親バカだろう?自分の息子を天使と呼ぶなんて…。そう思っていたとしても、普通だったら口には出さないよね。まぁ愛情表現がこの上ないほど分かりやすいので、僕としては別に構わないのだが。
いや、構わなくはないか。僕が中学生とか高校生になってから…ひいては大人になってからも、僕のことを天使とか言ってたらさすがに引くと思う。
話が逸れたね。父さんと母さんはあんなことを言っているけど、この場合の対処はどうすればいいのだろうか?話を受けるのはまず論外じゃん?
忙しいはずのお医者さんを、病気が治った後の検診程度で無理やり来させるわけには行かない。お医者さんにはあとで時間が空いた時に来てもらえばいいし、最先端の医療を必要としている人に渡らず、必要としていない僕に渡ってくるのは良くないことだ。
「とーさま、かーさま。僕よりもお医者さんを必要としている人がいるはずです。とーさまとかーさまはその人たちを助けてあげてください。」
たちばなさつきはむじゃきなえみをつかった!!とーさまとかーさまに対して、効果はバツグンだ!!
いや…しょうがないよね?普通の5歳児がそこまで気を回せるはずがないから、“むじゃきなえみ”で誤魔化さないとさ。まぁこの二人なら誤魔化さなくても、すごく優しい子どもだと解釈してくれるかもしれないけど。
それじゃあとーさまとかーさまっていうのも演技の一環なのかって?それはねぇ、子どもの舌だと父様と母様呼びがそうなっちゃうんだよ。つまり、不可抗力ってやつだね。
ポカンとした表情を浮かべる父と母。これはミスったかな?そう思った瞬間、二人はお互いの顔を見合わせてつぶやいた。
「すごいぞ、音羽。皐月はすごく頭がいいのかもしれない!!」
「違うわよ、あなた。皐月はもとから心の優しい子なの。まぁ頭がいいのも間違ってはいないと思うわ。」
外面に安堵の表情が出ないように意識しながら、内面で大きくため息をつく。いや〜、焦ったね。でも両親からの評価はたぶん上がったから、悪役令息への道は少し逸れたかな?
「だけど、ほんとに良かったわ。」
「そうだね。皐月が倒れたって聞いた時は、頭を鈍器で殴られたような気がしたよ。」
頭を優しく引き寄せられ、再び抱きしめられる。そうして真に理解する。この二人がこの世界での唯一の両親であり、二人にとっても僕が唯一の子どもであるということを。
いつか僕が前世の記憶を持っていることを打ち明けよう。そして悪役令息になってこの二人を悲しませることは、絶対にしないようにしよう。
この日、僕は心に誓った。
権力も武力も持っていない僕だけど、心だけは強くあれる。こんな脆弱な身体でも、意志だけは強くあろうと思った。
これは悪役令息に転生した(とはいっていない)、僕こと橘皐月の物語である。




