7 アーネットの店
「ジェイド、遅かったね。手伝っておくれ」
昼の時間帯で混んでいた。
「はーい」
アーネットさんの店以外で飲食店はパン屋のみ。だからどうしたって混むのだ。
意気揚々とあちらへ向かう人が腹ごしらえ、あっちから傷だらけで戻ってくる人が久々の食事に涙する。アーネットさんの店は雑多な感じがしてとても好きだ。
「いってらっしゃい」
「おかえり」
アーネットさんがかける言葉も好ましい。
魔界へ行く客の中には女性もいた。魔法使いだったり兵士だったり。ということは、ドミトリー作戦失敗か。いや、彼女たちは稀だ。
「ジェイド、お前の客が行列作っているよ。こっちはいいから早く診ておやり」
アーネットさんの口調はいつも怒っているように聞こえる。
「わかりました、アーネットさん」
傷ならば自然治癒するが、内臓まで達していたり骨が折れていたら戦いの邪魔になるだけだ。自分で歩けなければ仲間が連れ帰ってくれる。そうでない者は、あちらでは墓すら作られないのだろう。
「この傷は、400テカいただきます」
俺は言った。
「そんなのでいいのか?」
「はい、充分でございます。先払いでお願いします」
400テカはアーネットさんの店で朝食が食べられるくらいの金額だ。しかし、この村では金の使い道もない。
「しっかりしているな。ほらよ」
100テカの硬貨を4枚。それらを缶にしまう。
「ありがとうございます」
その日は10人以上の患者を診た。全員アーネットさんの宿に泊まった。当然、飯も食う。
この仕事、滅茶苦茶儲かるのでは?
「ジェイド、お前さんの宿代とこの前建て替えたの包帯やらの代払いな」
アーネットさんへの支払いもそれほど多くない。
「はいはい。アーネットさん、ここには銀行とかないのですか?」
「銀行? 両替と質屋ならあるけど」
「じゃあ、アーネットさんは貯めたお金どうしてるんですか?」
この生活では貯まる一方だろう。
「野菜や肉は高いからね。酒代と、酔った客が壊す椅子代に消えるのさ」
そうなのか。
金が溜まったら金貨にでも代えるか。
酒場の前にテントを張って、ベッドと椅子を置いて診察をしている。
「はい、これで大丈夫ですよ」
包帯を巻いて診察終了。
怪我がひどい人にはお酒を止めたいが、魔界から帰った人は飲みたがるものだ。
この村に来て数日、すっかり落ち着いてしまった。
アーネットの手伝いと診療で一日が終わる。王宮にいたときと違って空気もピリピリしていない。王族の診療だけでなく、王宮内の診療所で兵士なども診ていた。
雲が流れてゆく。こんなふうに景色を見ること、どれくらいぶりだろうか。
王宮のこと、思い出すこともない。働いているときは自分の全てのような気がしていたけれど、実際に離れてみるとただの職場。王宮の医局からしてもすぐにクビが切れるただの新米医師の一人だったのだろう。




