6 診療所
アーネットさんの酒場で寝そべっていた怪我人たちは、回復して自分の村に戻ったりまた魔界へ挑みに行った。
魔界への門を開けてもらうには通行証が必要だが、そんなものは金を払えばアーネットさんの店でも買えた。
けがを負い魔界から逃げてくる人も少なくない。しかし、門番のトムじいは9時から17時までしか働かないと決めている人で、向こうから命からがら逃げてくる人も時間外の場合は門を開けない。
「どうやって向こうから逃げてくる人がわかるんですか?」
俺は尋ねた。
「中にカメラがついているんじゃ。ほら、早速来た」
「助けてくれ」
ボロボロの兵士がカメラに命乞いをする。
「ほれ、おぬしの仕事じゃぞ」
「はーい」
おかげで食いっぱぐれることはなさそうだ。しかし診療所が儲かるということはケガ人が多いということ。矛盾するが、それは心苦しい。
門から出てきた兵士のけがを手当てし、アーネットさんのごはんを食べさせ、
「よければ一泊。王都へ帰るのであれば馬車を紹介しまっせ」
と声をかける。
昨日、乗って来た馬が一頭あいている。
「すまねぇ」
兵士らは馬や金のほとんどを置いてゆく。あっちでは使わないかららしい。
おかげで、儲かって仕方ない。
「ジェイド、お前に部屋をあてがったせいで泊まれる客が減っちまった。二部屋ばかりドミトリーにしようと思うから家具屋と相談して来てちょうだい。予算はこれで。これ以上は絶対に出さないよ」
アーネットさんはケチだ。近頃は俺のおかげで金回りはいいはずなのに。
「これでベッドを増やしたいそうだ」
「んー」
家具屋のウィルは渋い顔で提示額とにらめっこ。
「こういうのはどうだろうか? 例えば、ベッドを二段にして、一部屋に四人、ないしは六人程泊まれるように」
「ベッドを二段ね。それならある程度強度が必要だな。となると、この予算ではとてもとても」
と断られる。
「それはアーネットさんと相談してくれ」
「あんた医者なんだって? うちのじいさん診てくれよ。じいさんならあんたの言う二段ベッドも考えてくれるだろうよ。生憎俺は椅子専門なんだ」
「椅子専門?」
ウィルはまだ見習い家具職人といったところか。
「じいちゃんは奥にいるから」
「奥?」
店の奥が住居になっているようだ。
「こんにちは。どちらさん?」
おじいさんは暖炉の前に座っていた。
「医師のジェイドと申します。体調が悪いと聞いたのですが」
「ただの老人病ですよ。腰が痛いのと目がかすむ」
「それを治したら二段ベッドを考案してくれませんか? ウィルがそうしろって」
「ははっ。治さなくていい。じじいでいることを忘れたくない。ちょっと歩ける程度に回復してくれれば」
「わかりました」
手を腰に当てる。
「温かいな。魔法治療だな」
「はい」
「あなたの魔法は心地いい」
「ありがとうございます」
「うん。もういいよ。ありがとう」
おじいさんはゆらゆらと動く椅子から身を起こすと、紙に絵を描き始めた。
それは瞬く間に二段ベッドの設計図となった。
「魔法か?」
「ただの家具屋じゃよ」
それにしては寸法まで書き込んでゆく。
頭で計算しているのだ。
「魔法よりすごい」
俺は言った。
「近頃は妙にデカい男もいるからな。6尺の長さは欲しい」
「大男は今のベッドに寝かせるようにする」
「それならば」
じいさんは模型をあっという間に作った。
「素晴らしい」
質がよければ王宮内の病院のベッドにも置ける代物。
「まずは試作を作ってみる。あ、ここを組み立て式にすれば三段にもなるな」
じいさんが模型を見ながら考えあぐねる。
「手伝います」
「素人は邪魔だ」
と言われてしまったのでアーネットさんの店に帰った。




