51 勇者
本格的な冬になる前、エリックに部屋の希望を聞いたら、
「悪いよ」
と遠慮しやがる。
「自分の部屋が合ったほうが落ち着くだろう?」
朝もぐっと冷え込むようになった。
その会話をしているとき、なにやら酒場の前が騒がしい。
「大変だ。勇者様が・・」
起きたばかりの客たちが傷ついた人を抱えていた。
見たことのある光景だった。
「アイン、頑張れ」
ムルモンドが抱えているのが勇者らしい。
「アイン」
ライラも治癒魔法を使う。
「肺がやられているな、呼吸が苦しそうだ」
背中を見てびっくりした。ざっくり何かが刺さった痕がある。
これは、無理だ。
「うしろから突然刺されたの」
同行していた若い戦士と魔法使いはオロオロするばかり。
「角の長いモンスターだった」
「今は三人のパーティなのか?」
スーザーが聞く。
「僧侶がいたけど逃げるときにはぐれた」
若い戦士が答える。
「それは心配じゃな」
ムルモンドも声をかける。
「すまない。集中したいからライラとジュリアン以外は外に出て」
「頼んだぞ」
診療室のドアを閉める。
「ライラ、どうにかなりそうか?」
「もう自力で呼吸はできない」
そのあとで心臓は止まる。
「でも血は止まったでしゅ」
ジュリアンも魔法を使う。
「二人は回復魔法に集中してくれ。外科的なことは俺がする」
二人の魔法が合わさると、温かい空気に変わった。
「すごいわね、あなた」
ジュリアンは内臓を、ライラは皮膚を再生させる。
「呼吸が戻ったぞ」
背中の再生はまだだったが、そこでライラが力尽きる。
「ジュリアンももういい。あとは本人力に任せよう」
勇者様だから大丈夫な気もするし、勇者だからって死ぬ場合もあるだろうと手を洗いながら静観する。
数日後、息を吹き返した勇者の言葉に驚いた。
「新しい門を作ることを王に強要されて、その場所を探っているときに不覚にも襲われた」
関わりたくない、と正直思った。
「王がなぜ?」
ウィルが聞いた。
「新しい門ができたらその周辺が栄えるからな」
ムルモンドが予想する。
「そうなったら、フムソン村が今度はこの村みたいに落ちぶれるのでは?」
歩けるようになったエリックが気づく。
「すまない」
背中の傷がひどく、うつ伏せのままの勇者が診察室のベッドで寝たまま謝罪する。
この人は、わかってやっているんだな。魔王を倒したいだけなのに30年も板挟みになっている。魔王を倒してもすぐに新しい魔王が誕生するらしい。
幾年、人間たちはこれを続けてゆくのだろう。
王も理解しているのだろう。わかっているからこれ以上、魔界を広げないように塀で覆った。
あちらの力が強くなれば塀を越えてモンスターがやってくる。共存は難しいのだろう。
ライラは自分の魔力が回復しては勇者に与え、その健気さは見ているこちらが悲しくなるほどだった。
愛なのだろう。そしてそれを勇者は受け入れない。
勇者も引退して新しい勇者が誕生すればいいのではないだろうか。
「アインは死ぬまで勇者でいたいのよ」
そう言うライラにかける言葉はない。
新しい勇者一行も宿に滞在したが、
「退屈な村だ」
と言われてしまった。
魔界では退屈な時間など存在しないのだろう。だが、命や平穏に感謝することはこちらよりもずっと多いはず。




