44 村として
これで準備が整った。もうれっきとした村だ。
来年は春祭りができそう。
しかし、いくら体裁を整えたところで客が呼び込めない。『元勇者の一行が集う村』という触れ込みはどうだろうか。
「ヤギ飼いたい。ミルク絞れるし、バターも作れるかも」
とミンティが言い出す。
「ニワトリ小屋が幅取ってるから、これ以上畑が狭くなるのは避けたい」
俺は言った。
「別館の裏は誰の土地?」
エリックが聞く。
「さぁ」
ちょうどウィルが来たのでまた古文書を開いてもらう。
「名前がないところって誰の土地でもないでしゅか?」
ジュリアンはいい。でもなんとなく、ムルモンドやライラにこれは見せてはいけない気がする。
真面目な常識人にとって文書の書き換えは犯罪。
「ウィルの裏は名前ないけどおまえんちも畑してるよな?」
「うん。ずっとそうだ」
ということは、他の土地も誰かが勝手に使ってたりするのかもしれない。防具屋はもう空き家だが、前の持ち主のままだ。
こんなに適当ということは奪われることもなかったのだろうか。村人が増えたら諍いになったりするのかな。それは避けねば。
強い風が吹いた。
「風が凌げる家があるだけいい」
そう話すミンティはいつが一番辛かったのだろう。父親が死んだとき? 孤児たちに捕まっていたときだろうか。ミンティの力なら簡単に逃げられただろうが、逃げても行くあてがなかったから彼らに捕まったままでいたと話していたな。
「じゃあこの裏をうちのものにしてしまおう」
別館の裏をアーネットの名前にしてしまう。いつか、ちゃんとした証書と記載が違うとトラブルになるかもしれない。そのときは俺も死んでしまっているといい。
うちで働くエリック、ミンティには給与を、ジュリアンには診療をした分の手当て、風呂屋の掃除をしてくれる兄弟にはそれなりの賃金を手渡す。ムルモンドたちは銀行の利益を自分たちで稼いでいる。そちらが儲かるならいつか家賃をいただこう。
「村に結界を張ってもいいけど、お金ちょうだい」
ライラはお金に厳しい。
「こっちは家を用意して住まわしてやってるじゃないか」
と言おうものなら、
「出て行ってもいいのよ」
と反論される。
本当にライラと誰かがくっついてくれたらいいのだけれど、簡単にいかないのが人の心。
同じ国に生まれ育っても考え方が違ったり、ウィルに言葉の使い方やイントネーションをつっこまれたり。会話なんて伝わればいいだろうに、俺の言葉は、
「丁寧すぎて気持ち悪い」
らしい。結構気にして直しているつもりだが、つい発する言葉が自分の家で話していた口調になってしまう。
年代が違えば口語も違う。ウィルは古めかしい言葉を使うじいさんには言わないくせに俺だけ。
でも、久々に会った兄に、
「ごきげんよう」
と言われて、これかと腑に落ちる。
「兄さん、どうしたの?」
「よく似てるな」
エリックが俺とイーサンの顔を見比べる。
「双子だからな」
「少し話せるか?」
兄はわざわざ俺を外に連れ出した。
「聞かれたらまずいこと?」
旅で疲れているだろうから酒場で休んでほしかった。イーサンの好きな梅酒もある。
「フィリッポ、久しぶりだな。元気そうだ。ここにいるって聞いて、連れ戻すように言われてきた」
「ここではジェイドと名乗っている。俺とはもう関わらないほうがいい」
それが家のためだ。
「王が許しを出して、我が家にも詫び状をくれた」
「そんなこと言って王宮に戻っても結局居づらくてなって辺境へ行くことが目に見えている」
追放された過去は消えない。
「ここと同じじゃないか。お前は特別な能力のある医者なんだぞ」
兄は俺を連れ戻して出世したいだけだ。
特別な能力があったのはだいぶ以前のことで、予知めいたことを話す子どもだったらしい。その能力があれば王妃が亡くなる夜に宿直なんてどうにか回避していただろう。魔力だって、ジュリアンに劣る。
「ここでは俺は自由だ」
空には鳥が飛んでいる。
自分の裁量で仕事をし、金を稼ぐことができる今がとても楽しい。




