4 酒場兼宿
「裂傷。アルコールをして清潔な布で巻いて」
「わかった」
ハイネンは大きくて厚い手をしているが、テキパキと患者たちの傷を保護してゆく。
「ここが痛むか? 骨が折れているな」
「添え木ならあるさね」
老婆にも少しは治療の知識があるようだ。他に医者がいないなら誰かがやるしかなかったのだろう。
「ありがとう。支えてもらえますか?」
「はいよ」
店には20名ほどの人が横たわっていた。
「これはひどいな」
腹の傷がきっと背中まで達している。患者はもう虫の息だ。
「こいつはもう無理だ」
ハイネンが蝋燭の明かりを近づけるも瞳に反応がない。
「そうだね」
この傷には魔法しかない。
左手に魔力を集める。王宮にもこの魔法治療ができるのは数人だけだった。俺がいなくなって大丈夫なんだろうか。まぁ、知ったこっちゃないけど。
王妃からはその力を使わぬよう言われていた。だから助けなかったのだ。
「うううっ」
意識が戻ったのか、男が声を上げる。
「ふう、これでもう大丈夫」
そこで俺の腹が鳴った。
「飯の用意できてるよ」
老婆は言った。
「でもまだ上にも患者がいるのだろう?」
「上の奴らは二階に上がれるくらい元気だってことさ。明日でも問題ないさね」
「なるほど」
老婆が出してくれたのはシチューとパンだけだったが、とてもおいしかった。
「うまいだろう?」
とハイネンが得意顔になる。
「ああ」
明るいところで顔を見るとハイネンは自分よりずいぶん若く見えた。
「あんた、さっきの魔法治療だろう? たまげたよ。それができる人がどうしてこんなところに?」
老婆が聞く。
「いろいろあって」
本当のことを話したところで怪しまれるだけだ。
まだ王妃の死はこちらまで伝わっていないようだった。知られたら大事になるのだろうか。
王宮は今頃、喪に服し、葬儀の準備で忙しいだろう。
ここは小さな村だから新聞も来ないのだろうか。
「とにかく助かったよ。生憎、空いてるのは私の部屋のリビングだけだが。横になれるソファはひとつしかない。ケンカをせずに決めなされ」
老婆の部屋は酒場の二階で、二階にもいくつか部屋があり、そこが宿になっているようだった。
たくさんの人がいるのがわかる。
苦しんでいることは伝わるが、これ以上魔法を消耗したくない。




