37 ジュリアン
夕飯はステーキにサラダ、そしてこんなときなのにマカロニを食べてしまう。
客が少ない日だったので、大盤振る舞い。二人がもらって来た肉だけはタダだが、マカロニやパンはきっちり金を取る。
「二人って、何十年もモンスターを倒してばかりいたんだからもっと金あるの?」
ウィルが聞く。
「別にドラゴンを倒したから賞金がもらえるわけではないぞ」
ムルモンドが答えた。
「退職金にしては少なくないか?」
エリックが言う。
「楽しかったからいいのだ」
スーザーは珍しく酒を飲んで赤ら顔。
「てっきり帰ってこないかと思った」
俺は言った。
「もうこの歳だ。今から快楽に溺れるような楽しい生活を送りたいとは思わない。この村での生活は、心が豊かになる」
ムルモンドは答えた。
「魔界に近いから落ち着く?」
ミンティが尋ねた。
「それはない」
スージーがきっぱり言った。
勇者になにかあればすぐに駆け付けられるからだろうか。
夜、一人になって王からの手紙を開いた。
謝罪と元の職へ戻れと書いてあった。
どっちが安定なのだろうか。
王が戻れと言ってくれたからって、王宮では後ろ指を差されそう。
王宮で働いていたときは毎年、能力が劣っていないかの試験があり、更に昇進試験も受けなければならなかった。通常任務プラス試験勉強があるから、家庭を持っている人は少なかった。
いい加減な人ほどまともな家庭を築いている不思議な環境に違和感しかない。
『申し訳ありませんが、今は新しい仕事をしております』
返信を書いたものの、郵便屋は気まぐれだ。こっちに来たときにしか出すこともできない。
ムルモンドの銀行業務がうまくいったら兼務してもらおう。ゲーム場もウィルに遊び道具を増やしながら見てもらうしかない。
人ってどうやって雇うのだろう。大きな町なら奴隷市があるのかもしれないが、駒として使うのではなく対等に働きたい。
ミンティは片づけが苦手だが料理はうまい。エリックは計算が苦手だけれど、良く動く。誰にだって特別な才能がある。二人とも居場所のない子だった。ミンティは大人であるが見た目は子ども。珍しいハーフだから捕まって売られることもあったかもしれない。強いから、本人がなんとかしただろうが、うちで静かに暮らすのも悪くないと思ってくれていると有難い。
だからって今の人数では休ませてあげることもできない。
困っていたら、翌日、よく知った顔が酒場を尋ねてきた。
「師匠。本当にここにいたでしゅ」
「ジュリアン?」
ジュリアンはだいぶ年下ながら、職歴としては一年しか違わず、魔力が強い医者だった。家族一同魔力が強く、魔法で王宮を守る一族なのにジュリアンだけは医学を学びたいと試験を受けて医師になっていた。魔力が高いことなど、王宮から離れれば意味のないことだ。
「ようやく師匠の居場所がわかったので仕事を辞めて来ましたでしゅ」
そんなすっきりした顔を見せないでほしい。
「戻りなさい」
王宮で働く女の医師はジュリアンと数人しかいない。幼い王女を診るのが彼女たちの役割だった。
「嫌でしゅ」
王宮では新人の俺を慕う変な女の子。他の先輩はジュリアンに対して厳しかった。家柄がいいと陰口を叩かれたり標的にされる。だから俺は隠したし、ジュリアンには相応に接しただけ。
俺とジュリアンが宿の前で話し合っていたので、
「なんだ?」
とウィルやミンティが顔を出す。
「誰?」
エリックが聞く。
「同僚」
俺は答えた。
「師匠から学びたいことがたくさんあったのに、いなくなってしまって寂しかったでしゅ。私を褒めてくれるのは師匠しかいないでしゅ」
ジュリアンが泣き出す。ジュリアンも人を治すことより花の色や形の研究をするほうが好きなようだった。野菜を作りながらわかることを教えていたらこの有様。この構図ではどう見ても俺が悪者。




