33 ムルモンドとスーザー
ウィルが、
「おはよう」
と言ったきり、カウンターに突っ伏して邪魔である。酔っぱらってはいないようだ。
「どうした?」
俺は聞いた。
「視界にいるのがじいさんばかりで耐えられない」
「はははははっ」
と笑ったものの、確かにそうだと納得する。
「すまんのぉ」
ウィルの隣りで賢者のムルモンドと老師のスーザーが謝る。
「勇者と魔導士は恋仲なのか?」
エリックが悪気なく聞く。少年だから許してやってほしい。
「そうなったらいいなと思って我々は引退した」
スーザーは答えた。
「あれはライラの片思いだな」
ムルモンドがコーヒーを飲みながら言った。賢者はコーヒーの味にいるさい。
「30年も?」
ウィルが哀れむ。
「一緒にいる若い男が勇者しかいないからでは?」
エリックが聞く。
「かっこいい奴でな。そばで勇者を助けて生きてゆくって決めちゃってるんだろうよ」
ミンティがニワトリ小屋へ行っているので、酒場には本当に男しかいない。これではニワトリたちの逆だ。だからっておじさんばかりで卵も産めない。
「戻りました。見てこれ」
ミンティが割れた卵を手にしていた。
「卵の殻を食べてしまう奴がいるようだ。どれかわかるか?」
ムルモンドが聞く。
「わかりません」
ミンティは首を振った。
「そいつを隔離できればいいが、わからないなら餌にカルシウムを多めに混ぜてみよう。魚の骨とか頭を乾かして」
「賢者様って本当に何でも知ってる」
エリックが感心する。
「医学も魔法も中途半端」
と自分のことはそれほど重要だと思っていないよう。
「天候や風向きを読んでくれたり、我々は幾度もムルモンドに助けられたぞい」
二人にとって、もう魔界での戦いは過去のものらしい。
スーザーは筋がいいらしくウィルのじいさんに重宝されている。重いものをいとも簡単に動かすからかもしれない。二人がかりで移動させる柱や屋根材を一人で運べてしまう。
ウィルにお見合いを勧めたいが、相手の目星もないし、この村の現状を見せたところで嫁ぎたいと思う人は少ないだろう。
賢者と老師がここにいることを聞きつけて、様々な人が村外から訪れた。
「うちの村で用心棒をやってほしい。金なら払う」
「賢者様の力が必要なんじゃ」
「儂らはもうムルモンドとスーザーだ。勇者の一派ではない」
と二人は突っぱねる。
隣り村の橋を直せない兄弟まで。
「なぜか川の水位が上がってしまって、丸太が何本も無駄になってもうすっからかんだ」
は一番上の兄。
「瘴気のせいなのか蔦がすぐにボロボロになる」
は真ん中のお姉さん。
一番下のレンガで橋を作っていた弟はレンガを重ねて修復をしているそうだが、地道にやっていては数年かかる工程だ。
「とりあえず弟に加勢し、ひとつでも渡れる橋を確保するべきだ」
ムルモンドが言った。
「弟にそう言ったんだが、『人手は足りてる』と言われてしまって」
二人にはもうなす術がなさそう。
川の異変には気づいていた。定期的に濁流が押し寄せ、魚をおびき寄せた堤を崩されてしまう。石で簡単に作るのが悪いのだが他の方法も考えられない。
「今年は雨も多いからな」
スーザーは雨でもお構いなしで体を鍛錬している。老師っていつから呼ばれているのだろう。
橋のきょうだいに特に助言もせずにムルモンドは帰らせた。兄は小太りだったし、妹も指輪を幾つもしていた。金に困っているならあれを売ればいい。




