3 ハイネン
「おいっ」
頬を叩かれ、目を覚ます。
「痛い」
「すまん。行き倒れているものかと。大丈夫か?」
月明りではなく馬の頭上に付けられた照明で声の主の顔を確認した。
俺を抱える大きな体。
「村に辿り着けそうにないのでここで一晩明かすしかないと思っているところでした。寒い」
と震えながら答えると、
「ははははっ。夜はもっと冷えるぞ」
ともっともなことを言った。
朝になったら凍え死んでいるのも悪くないな。痛くなく、誰にも迷惑をかけない死に方。
「あなたはこれからキャリリア村へ?」
俺は尋ねた。
「ああ。道すがら、人を助けたりいなくなった羊を探していたら遅くなってしまった」
「俺も助けるつもり?」
「それはあなた次第だ。俺の名前はハイネン」
「ジェイドだ」
咄嗟に嘘をついた。本当の名を言えば、階級を知られる。
「生きたいなら馬に乗りな」
とハイネンに促された。
「二人乗って大丈夫か?」
「ジェイドは華奢だから。キャリリア村へ行っても、そんな体で討伐隊に志願するわけではないよな?」
「討伐隊?」
歩き出した馬の前には蝋燭が灯っていた。訓練された馬でなければ逃げ出しているところだろう。
「勇者の一派は魔界に入っているから、後方で彼らの援護や支援をするそうだ」
「ハイネンほどの大男ならば勇者のパーティに入れるのでは?」
馬に乗って気づいた。ハイネンは筋肉質だし、ほんのわずかだが魔力もあるようだ。
「俺なんてまだまだだ。でも金にはなるからな」
「そうなんだ」
馬は一定の速度で夜道を歩く。俺が乗って来た馬車の馬は魔界の匂いに怯えた。ハイネンの馬はハイネンの言うことを聞いて立ち止まることはない。
「着いたぞ」
村は薄暗く、道の通りの店ももう閉まっていた。
一軒だけ明かりがつき、人が集まっている店がある。
「もう無理だよ。これ以上人は泊められないさね」
「床で寝かしてくれるだけでいい」
「こっちにはケガ人もいるぞ」
「うちで寝ている間に死なれちゃ困るよ」
店の店主である老婆と客たちが言い争っているようだ。
「あそこに泊まろうと思っていたんだがな」
ハイネンも困り顔だ。
「他に宿は?」
「ない。アーネットのところは飯もうまいぞ」
飯、食いたい。
「あのう、病人ならば診ましょうか? 代わりに泊めてもらいたいです。お腹もすいています」
と俺は老婆に申し出てみた。
「あんた医者かい?」
老婆が聞く。
「はい。今朝まで王宮にいました」
「王宮に? だったら、こいつを診てくれ。背中の傷がひどいんだ」
男が仲間と思しきケガ人を担いでいた。
血生臭い匂いが漂う。
俺は老婆の返答を待った。
「いいだろう」
老婆の了解を得て、店の床に横たわる病人を診て回った。




