29 慌ただしい夜
「夜に門を開けるのは不安だ」
トムじいさんが言った。
「だからって人が逃げてきたら見殺しもできないしな」
ウィルのじいさんは優しい。が、解決方法もない。モンスターが出て来てしまったら、この村が滅亡する可能性もある。
「なにがあったんだろう?」
エリックは不安そうだ。ケガ人の顔を覗き込みながら父親でないことを確認している。
「月が大きい夜に魔力が強くなるって聞いたことある」
ミンティが肉球に薬を塗り込みながら言った。暴れて傷を作ったのだろうか。
「治療は終わったけど病人を見て回るから酒場を頼んでいいか?」
エリックとミンティが頷いた。
「じゃあ俺は治療について行こう。痛みでのたうち回っている人もいるかもしれない」
ウィルはそう言ったけれども、どちらかというとケガなので急に熱が上がったりしてみんな大人しく眠っている。
止血のために脇を縛っていた紐を緩めたり、化膿した傷の包帯を交換したり忙しい。
酒場もいつもより混んでいるので手伝わなくては。宿で寝込んでいる客のためにミンティが得意のおかゆを作る。
「忙しいと金になるんだろうけど、これが毎日はしんどい」
エリックは言った。
「そうだな」
生きている人はまだいい。亡くなってしまった患者は埋葬をしなければならないうえに金ももらえない。その人の素性がわかっても金を支払ってほしいとは言いに行けない。暇じゃないから。
酒場が空き始めても、今日は一晩明けておくことにした。注文のベルを鳴らしてくれたら二階で寝ていても起きて来れる性質ならいいのだが、俺は一旦眠るとニワトリが騒いでも起きれない。
トムじいさんも心配だ。うちに来てくれてもいいけれど、門番としてそれはしない。
酒場の床では眠れない。カウンターに突っ伏してうたた寝。このポワンとした感覚は王宮の当直を思い出す。
エリックとミンティには部屋でちゃんと休んでもらう。明日の朝食づくりをしてもらわなければならないし、野菜やニワトリはこちらが忙しくても管理を怠れない。
真夜中、嫌な臭いがした。瘴気だ。
強いモンスターが近くにいるのかもしれない。
宿の壁は木製である。ミンティですら一撃で穴を開けるだろう。それなのに不思議と守られている感覚になる。
アーネットが守ってくれているのかもしれない。
怯えながら朝を迎え、鍋で湯を沸かした。大人数の今日は紅茶だな。
特段、寒い日ではないが体を温めないと思考が決まらない。




