2 とりあえず、野宿
がこん、がこん。
道が悪いのか、荷台のせいなのかよく揺れる。
あまりの振動で眠ることもできない。
王宮からはだいぶ離れ、民家もぐっと減った。
「お客さん、そろそろどこへ行くか教えちゃくれませんか? あっしも帰りの時間を算段してぇので」
御者の言うことももっともだ。
「この森を抜けた先で降ろしてくれればいい」
「えっ、この先へ?」
御者が大きな声で叫ぶ。
「この先になにかあるのか?」
「リルドの森を出ると魔界の入口に一番近いキャリリア村でっせ?」
「魔界に一番近い村か」
ということは出立前で英気を養う者もいるし、魔界帰りの傷だらけの兵士などもいるかもしれない。
そこで診療所を始めれば儲かるのでは?
「考え直した方がいい。キャリリアにですらたまに瘴気が漂うらしいでっせ」
御者は言った。
「ほう」
ならば、その手当でも儲かるな。
森に入る頃には薄暗くなっていた。
「旦那、すまねえ。馬が動かなくなっちまった」
馬は利口で敏感な生き物だ。瘴気、もしくは魔界の匂いに呼吸ができないのかもしれない。人にはわからないことが動物には本能でわかるらしい。
「この先が魔界なら無理もないな。ここでいい」
と俺は一人で荷馬車を降りた。
「すいませんね」
「構うな。行ってくれ」
「はい」
荷馬車が戻ってしまうと途端に静か。
生き物の気配もない。
こんなに静かな森も珍しい。
魔界が近いから動物たちも怯えているのか。
歩けども歩けども、森の出口がない。
「弱ったな」
野営ができるような装備はしていない。手荷物ですらカバンひとつだ。王宮での生活では私物がほとんど必要なかった。
「小動物がいなければ獣もいないか」
襲われる心配もない。
大きな黄色い月が空に浮いている。
俺が死んだとて、誰が悲しむというのだろう。
「腹減った」
王宮からは退職金どころか飴玉ひとつ支給されなかった。実質、解雇。
王妃は長く肺を患っていた。何を煎じても効かず、本人もきっと余命いくばくもないとわかっていただろう。
木の根元に腰を下ろす。根っこが盛り上がっていて腰かけるにはちょうどいい。
ずっと王宮にいたから、壁や人に囲まれていないことに慣れない。自由と孤独は似ている。
無職。家なし。
自分のことを考えると悲しくなる。順風満帆だったのにな。医学を学ぶことも好きだった。覚えるほどにできる仕事が増え、効能や対処を書き記すことが務めだった。
意識が遠くなる。空腹のままで寝たら起きない可能性もある。




