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魔界の手前で事業を展開する~追放貴族の第二の人生~  作者: 朔もと


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15/46

15 誕生

 雨が降り続いて出立ができない宿泊客の暇つぶしに本棚を作ってみたが、あまり好評ではない。


 学ぶことより遊ぶ方が好きな人間も少なくないのだろう。


 そう言えば、ムフソン村には娯楽がたくさんあった。どれかひとつ、真似できるものがあればいいのだけれど。


「棚に商品を並べ、棒でも投げて倒れたものがもらえるというのはどうだろうか」


 とウィルに相談してみた。


「輪投げみたいなものか?」


 それはこの辺りの祭りで子どもが遊ぶものらしい。ウィルが藁で器用に輪っかを作る。


「商品をナイフとか薬にしたらいいんでないかい?」

 アーネットが言った。


「それはいいね」


 カードゲームでは熱が入って決闘にいたる場合がある。そういう面倒は避けたい。


 どうせ宿には数日しか過ごさないのだから、みんな平穏に過ごしてほしい。



 その日、パン屋の娘のマリブを預かった。


「預かるって、これから診察なんだが?」

 小さな子どもなんて目を離したらどこかへ走って行ってしまう。無理だ。


「こいつの母ちゃんが具合悪くてな」

 父親のボルドに頭を下げられてはしょうがない。


「わかったよ」


 子どもに傷口なんぞ見せたくないが、マリブは血の匂いにも血が湧き出る傷口にも動じない。


「マリブ、アーネットの店の中にいなさい」

 と幾度も注意した。


「大丈夫」

 と笑った。


「大物だな。数年経ったらジェイドの助手になったらいい」

 とウィルが笑う。


「おかしなもんだね。私は血なんて見たくもない」

 アーネットも苦笑い。


「恐怖がないのだろう」


「俺は長いものが嫌いだね。ヘビとかミミズとか」

 ウィルにも苦手なものがあるのか。


「ジェイド、大変だ」

 ボルドが駆けてきた。


「どうした?」


「妻の容体が」


 ケガ人の診療を中止し、ボルドの家まで走った。


 ベッドの上ではボルドの妻が唸り声を上げていた。


「苦しい」

 汗をかき息も上がっている。


「大丈夫か?」


 病ではない、これは。


「産まれるよ、あんた」


 ボルトも妊娠に気づかなかったらしい。


「だって、元から腹が出てるから」


「それ言ったら奥さん怒るぞ」


 お湯を沸かし、生まれたばかりの赤子を拭いた。


「かわいい」

 マリブも近くで眺めている。


「名前を決めないと」

 ボルトがそわそわ。


「瞳がきれいだからペリドット」

 と母親が名付けた。


「ジェイド、いや先生、本当にありがとう。パンでも持ってくか?」

 ボルトが頭を下げる。


「小麦粉を少しいいか?」


「いいけど。なにするんだ?」


 疲れた奥さんを労わってあげたいし、子どもの誕生を祝ってあげたい。


 小麦粉にバターと卵と砂糖を加えて混ぜる。


「なんでもできるのね」

 とアーネットが呆れる。


「お菓子作りは研究に似ている。アーネット、窯を借りるよ」

 大事なのは調合の比率だ。


「どうぞ。まだ余熱が残ってるさね」


 形を整えて、真ん中にコケモモのジャム。

 焼いて完成。


「はい、コケモモのタルト」


「うまいもんだね。売り物になるよ」


 ひとつをアーネットに、きれいに仕上がったほうをボルトへ届ける。


「ありがとう」


 数時間前に生まれた赤子はもう乳を飲み、すやすやすや。


 何でもない日に人は生まれるし死ぬんだな。そう思ったけれど口にはしなかった。

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