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ホラー・ホラー風味

ビンテージ

作者: まい

夏のホラー2025投稿用。


 山で遭難した男は、迷った末に不思議な古民家にたどり着く。

「この状況は……遭難(そうなん)したんだろうな」


 とある男がちょっと気晴らしとばかりに、当人にとって難易度が高くない手頃な山へソロで登山をしていた。


 難易度が高くないとは言え、その山の全て知り尽くしているわけでもないので、やはりこうなるリスクは発生する。


「そこまで濃くない(きり)だから大丈夫だと、登山を強行したのがいけなかったか?」


 絶対安全な山と言うのは、存在しない。


 それをふと軽い気持ちで頭から追い出し「まあ行けるだろ」と思ってしまったが(ゆえ)の事態なのかも知れない。


「さっきの霧が出る前までに見ていた景色と全然違うし、ここは一体どこなんだ?」


 霧が晴れた頃に男が周囲を見渡しても、完全に知らない場所だった。


 どこを見ても完全に木ばかりで、方角も分からない。


 一応足元は斜面になっているので、山の中であることだけは判別できる。


「まあ、山で遭難した時の基本。 登り続けろ、だな」


 山を登り続けていれば形の関係から面積が狭まっていき、やがて正規の登山道へ戻れる。


 もし戻れなくても、山頂まで行って見渡せば何かの施設や登山道の目印などが見付かるだろう。


 なので、遭難したら登る。 これが業界では常識……らしい。


「さあ、登山を再開しようか」




〜〜〜〜〜〜




「お?」


 しばらく斜面を登っていると、なにか家のような建物を発見した男。


藁葺(わらぶ)き屋根? いや屋根どころか時代劇で見たような家壁(いえかべ)の造りも随分(ずいぶん)と年季の入った家だな」


 まるで時代に取り残されたような、本当に古めかしい家屋(かおく)が建っている辺りに辿り着いていた。


 外から見る限り電線が家に繋がっていなければ、電柱すら見当たらない。


 電球を使った有電の照明もパッと見で見付からないし、そもそもそれらを電線に頼らず動かす為の発電機の駆動音も聞こえない。


 だが古い家屋ってだけで、ちゃんと手入れされていて廃屋(はいおく)のような雰囲気は無くて生活感している気配がある。


「…………無電生活の大変さに口を出すのは野暮だから、スルーで良いよな。 それよりここに住む人に、登山道へ戻れる道を聞けないか?」


 となれば遭難中なのだから、する事はこれしか無いだろう。


 男はやけに古い家屋の玄関と思われる場所へ向かう。


「すみませーん」


 玄関らしき場所の戸を開けながら呼びかける。


 呼び鈴が(見当たら)無いので、こうするのが確実なのだ。


 …………それは良いのだが、なぜか家の中からかすかに腐敗臭が(ただよ)ってくる。


 しかしこんな無電生活なら、どうしても腐らせてしまうものが出てくるのだろうと自分を納得させ、意識の外へ投げ捨てる。




「はいはい……」


 何度か男がその場で呼びかけると、返事があった。



「なんでしょうかね?」


 そのまま少し待つと声の主が顔を見せたのだが、男はその顔に内心で警戒心が()ね上がった。


 なにせその人物は絵本やドラマに出てくる、いかにもな山姥(やまんば)だったから。


 伸ばし放題伸びて、グチャグチャのボサボサになっている白髪。 スキンケアのスの字すら知らなさそうなシワシワの顔だった。


 そして顔だけでなく全身が出てきた時に見せてきた服はなんと、全体的に(つくろ)いだらけでボロボロになるまで着倒していると分かる古い着物。


「ああ、どうも。 実は私、山登りで迷ってしまいまして。 それでこちらの家を見つけたものですから、正しい道の場所を教えて頂けないかと」


 助けを求めておいてなんだが、こんな山姥に初対面で気を許すなんて不可能だと判断した男は、ビジネス対応をする事に決めた。 これなら失礼にもならないだろうし。


 それで返答を待っていると、山姥が破顔する。


「おやおや山で迷っただなんて大変だねえ。 ウチで少し休憩していきなさい」


「いえ、そう言うわけには」


「良いから良いから。 ババの一人暮らしは寂しいモンよ。 この寂しいババと、チョイとおしゃべりしてくれや」


「うっ……」


 山姥の笑顔に男は警戒して家の中に入りたくはなかったが、その同情を誘うセリフを断れるほどの精神力は無かった。




「さあ、ババと話そうか」


「はい」


 居間に通され、板間に敷かれたい草の座布団に座るよう促された。


 男はそこまでの家の中の様子を観察したが、それを端的に表すと「江戸かそれ以前の古民家」だ。


 時代劇や漫画で見る、一般的な一軒家だった。


 生活の大部分が今座っている囲炉裏のある部屋に機能的にまとまっている、そんな家。


 玄関前にも漂っていた匂いは家の中ではより強く感じられるが、山姥にとって日常なのか全然気にしていない。


「ほれ、茶なんて大層な物は無くてスマンがババが大切にしとる“とっときの水”じゃ。 飲みなっせ」


「あ、どうもお構いなく………………ゔっ」


 そこで、ずいっと出された湯飲み。


 とっときの水と言うだけあって、かなり美味いミネラルウォーターなのだろうとちょっと期待して、出された湯飲みを覗き込んだ男は思わず(うな)る。



 その水は、酷い色と匂いをしていた。


 これが恐らく家に充満する腐敗臭の原因であると見当がついた。



「えっ……と。 この水は?」


 恐る恐る。 男が失礼を承知で水について(たず)ねると、山姥が嬉しそうに答える。


「それな。 ()()()()に枯れてもうた近くの(さわ)の美味しい水じゃ。 もったいのうてな、いつか来てくれる客のもてなし用に()んで“大切に”とっといたんじゃよ」


「そんなに……」


 セリフだけ見ると70年以上もここに住み、1人でずっと誰かが来るのを待っていたように聞こえ、男が深く同情しているように見える。


 だが、違うのは分かるだろう。


 水は腐る。 正確には水に入っている細菌等が腐る。


 きちんと殺菌処理された水道水でさえ、汲んだら常温で一週間あれば危険になるし、防災用の特別に加工されて密封した水なら数年はもつ。


 それなのに、どれだけ良い水だろうと70年以上も汲んだままの水なんて、どれほど危険かを言うまでも無かろう。



「ささ、グイッと」


「あ、いや……」


「グイッと」


「あの、ですね?」


「グイッと。さあ」


「ですから……」


「なんじゃ、寂しいババのせめてもの好意すら受け取れんのか?」



 山姥は瞳孔(どうこう)がカッぴらいていて、マジの顔をしていた。



 現実的な水に関するホラー。






 この後はご想像にお任せします。


 この結末をあえて語らないのも、またホラー。

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