第1話 日本一のエンターテイナー、異世界へ
日本一のエンターテイナー、ジュウドーコバヤシ。その異名とは裏腹に、小林柔道は老若男女に愛される国民的なお茶の間スターだ。今日もまた、人気バラエティ番組『突撃!北馬花月』の生放送で、お茶の間に笑いを届けるべく、得意のコミカルな柔道パフォーマンスを披露していた。
スタジオは観客の熱気とカメラのライトで異様な熱気に包まれていた。小林が渾身の受け身を決め、客席から爆笑が起こったその瞬間だった。
グラッ、という激しい横揺れ。
けたたましい警報音がスタジオに鳴り響く。只事ではない。観客の悲鳴とスタッフの叫び声が飛び交う中、天井が、壁が、まるで巨大な怪物の口のように歪み始めた。震度8。それは、日本を、そして小林の人生を一瞬にして終わらせる、絶望的な揺れだった。次の瞬間、頭上に崩れ落ちてきた鉄骨の塊が、小林の意識を永遠に刈り取った。
「……ん?」
小林が目を開けると、そこには見慣れない天井があった。白く、どこまでも高い、まるで巨大な洞窟の天井のような場所だ。
「ここは……?」
体を起こそうとするが、全身が鉛のように重い。それでもなんとか上半身を起こすと、周囲には自分と同じように、呆然とした表情で座り込む人々の姿が目に飛び込んできた。老若男女、その数はおびただしい。一体何が起こったのか、誰もが理解できていないようだった。
ざわめきが広がる中、前方から威圧的な、しかしどこか神々しい声が響き渡った。
「皆、よくぞ来たな」
声の方へ視線を向けると、そこにいたのは、まるで絵画から抜け出してきたような、荘厳な雰囲気を纏った存在だった。後光が差しているようにも見える。それが一人ではなく、何人もいる。まさしく、神々――そうとしか言いようのない光景が広がっていた。
「そなたらは、それぞれの世界でその生を終え、ここに辿り着いた者たちだ」
神の声が、混乱する人々にゆっくりと語りかける。「これから、そなたらには新たな生を与える。その舞台となるのは、魔法と、そして魔物が存在するファンタジー世界だ」
ざわめきが、驚愕と期待の入り混じったどよめきへと変わる。ファンタジー世界。それは、小林もまた、数々の物語で触れてきた、夢と冒険の世界だった。
「そこで、そなたらの来世での成長の助けとなるよう、神々からのささやかなギフトを用意した」
別の神が、穏やかな声で続けた。「我々との相性、そしてそなたらがそれぞれの人生で培ってきた経験が、そのギフトに影響を与えるだろう。望む者は、それぞれの神の前に列を作り、ギフトを受け取ってゆくが良い」
人々は顔を見合わせ、戸惑いながらも、神々の方へとゆっくりと歩き始めた。皆、期待と不安が入り混じった表情をしている。小林もまた、その光景をただ見つめていた。神との相性、そして人生の経験。自分にはどんなギフトが与えられるのだろうか。そして、ファンタジー世界。一体どんな場所なのだろうか――。
これから始まる、全く新しい人生への期待と、未知の世界への不安が、小林の胸の中で複雑に絡み合っていた。まずは、どの神の列に並ぶべきか。それが、この異世界での最初の選択となるのだった。