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ある仕事

 普段なにかと眼を酷使されている方は、眼を閉じリラックスされ音声でお楽しみ頂くと一味違うかと拝察します。


 広大な宇宙の遥か彼方、様々な生命が栄える、とある星のお伽噺です。そこには知能の発達した一つの生物種がいた。暮らしは豊かで、グルという数千の集団をつくっていた 。これはそのうちのひとつのグルに住む エンジニアの平凡な日常生活のおはなしです。


1、電気エネルギー製造工場

その星でも豊かな生活を支えるのは、やはり電気エネルギー、若手のエンジニアのマリーは電気工学系の専門学校を卒業し、電気の供給会社に就職している。勤務地は大都市の近郊にある電気エネルギー製造工場。そこは都心から車で30分くらいのところにある地盤の堅固な高台だった。電気の一大消費地である都会をカバーするこの工場は、事故など何か障害が発生した場合の住民の被害を最小限に食い止めるという安全管理の観点から、昔は都市部から遥か遠く離れた住民のいない海岸付近に設置してあった。ところがそこは真冬の日没時に、千年に一度という大震災に見舞われ、同時に大津波も発生して浸水し、冷却機能が麻痺してしまった。その結果、大爆発を起こし、工場は壊滅的な被害にあった。発電は完全に停止してしまい、その工場で作った電気の大消費地であった都市とその電気を利用していた一帯の地域は停電状態となり、夜の闇による大混乱が発生した。多数の人々が暖房のなくなった真冬の寒さや、信号機停止による交通機関の麻痺や事故、その結果の緊急搬送の遅れなど、日常インフラの壊滅的被害による悲惨な生活を余儀なくされた。その教訓から今は、大都会に近いが自然災害の発生可能性は極めて低い、この場所に作られていた。


2、いつもの仕事

 入社後はまず、工場の構造や設備、電気製造の仕組みや管理方法、そして、担当のエンジニアとして必須の基本作業をみっちりと叩き込まれた。今は製造過程の監視を行うQチームに所属して電気の製造過程を集中的に管理する中央制御室に勤務している。年中、休みなく稼働している工場を3交代のチームワークで制御している。マリーは就職してから3年目になる。その間に大きな不具合は発生しておらず順調だった。ルーチィンな勤務は、日々慣れてくるとある意味退屈な仕事ともいえる。

 ある日、会社から新しい業務を追加する指示を受けた。

 チーム長は言った。

「マリーさん、来月から日常の製造管理のほかに、燃料廃棄物処理システムの定期的な点検にも従事して下さい。もちろんその作業に必要な研修を受け業務を実施できる社内資格を取得してからですがね。その結果、当然ですが手当がついて給与はアップしますよ。」

「はい、わかりました。」と、仕事にややマンネリ化しかけていたマリーは、緊張感のこもった、プロらしく喜びをグッと腹に抑えた、冷静を装う声音で答えたものだ。

 そんなわけで、今度の新たな業務につく前に、まず指導員の行う専門研修を受講する。最終的なテストを受け、合格となって予定どおりその定期点検の仕事にも従事することとなった。  


3、ゴミの処理

  工場の廃棄物処理は毎日行われているが、マリーのこれまでの製造管理業務に新たに追加された仕事は廃棄物に関する一ヶ月に一回の定期的な点検だった。ゴミといっても所謂家庭ごみではない。産業廃棄物であり、様々な処理作業工程を経てから専用のコンテナに積載されて、最後に保管場所へ移動するという流れになっている。しかも、この流れは普段はオートメーションで行われている。保管場所は工場内敷地の地下1000メートルにあり、そこで最長10万年間は保管される予定になっている。マリーが行うのは、この処理工程と保管実態を定期的に点検するという品質管理に関連する業務である。  

この点検作業は二人のペアで行うことになっている。

「さーてと、これで廃棄物に必要な一連の処理工程の点検は全て終わったから、最後に地下の保存状態を実地点検に行きますよ。」

と、今日のペアの相手で、この点検作業に習熟している同僚のアリスが、きれいな2等辺3角形の黒い大きな二つの耳をピンとたてて、マリーに声をかけた。

 小型の作業カートに乗り込み、場内の通路を走行して作業用エレベーターへ。高速の大きなエレベーターは昇降音も振動も静かで空調も快適に設定されている。まもなく目的階につくと、滑らかにエレベーターのドアが開いた。カートの行く先をセットして保管倉庫へ向かう。そこには保管期間が10年間と10万年間の二種類の廃棄物が、放射能を完全に遮断した区画に整然と収納されている。その日の点検対象は前者なので、その場所へ移動する。工場内はすべてが厳重にコンピューターで管理されており、必要な時に必要な場所に何時でもアクセスできる。タブレットにあらかじめ用意した今日のチェックリストを表示し、それに従って目視点検や作動点検を行う。すべての項目を慎重に実施し問題はなかったので、点検結果記入欄のOKにチェックを入れる。マリーの今日の仕事はこれで終わり。再びエレベーターに乗って地上階に戻る。

 帰宅はロッカールームで作業服を着替えてから。もしその時の作業で汚れた場合はシャワールームへ入ってから着替えてもよいが、今日は特に汗を大量にかくようなことはなく済んだ仕事なのでそれは必要ない。独身のマリーは両親と同居しており、住まいは都心部の湾岸にある朝焼けが見事な海の見える高層マンションだ。通勤電車を利用するとドアツードアで30分の距離である。

 近代的な工場ビルの玄関にある自動ドアを出るとそこは郊外の緑に包まれ、朝日が彼方の山の端から黄金色の輝きを溢れかけており、秋の爽やかな涼風が頬を流れた。いつもの広々とした門を出るときに、ふといつもの表札が眼に入った。「サブアーバン・アトミック・パワーファクトリー」。


4、そして再稼働

そう、ここは、100年前に発生した大震災の後に住民の極めて少ない海辺からこの都会近郊に移設された、原子力を利用した発電所の後継機だった。当時の原子炉は、発電による炉心や貯蔵庫などの冷却システムの安全設計に改善すべき、いわば基本的な欠陥があった。工場内の発電システムや冷却システムの破損により、核分裂型原子炉には欠かせない冷却機能を完全に喪失してしまった。その結果は当然のようにメルトダウンを引き起こし、更には炉内減圧弁の不作動が同時に発生して建物内での水蒸気爆発を起こし大量の有害な放射能を一挙に大気中へ排出してしまった。周辺を広範囲に危険量の放射能で汚染してしまい、何万もの住民が故郷を離れざるを得なくなった。結果として多数の死傷者を出してしまい、この星の歴史上、最悪の原子力発電所の事故として記録に残った。

 その後、再建したといっても、今は原理的に全く別のシステムといえる、NAP(Next Atomic Power=次世代原子力発電)として稼働している。開発された新技術に基づいて原子炉の設計は全面的に見直され、従来の核分裂方式にあった欠陥は克服されている。もし何らかの障害が発生し運転に必要なサブシステムが停止した場合、例えば必須の冷却システムが停止した時は、電気エネルギーの製造自体は修復まで一時的に停止してしまうが、破滅的な爆発に至ったり、更には副作用として放射能などの有害物質を大量に排出する可能性は極めて低い確率となり、早急な復旧が期待できる。これはNAPの発想に着目してからの100年以上にわたる技術開発の試行錯誤による努力の成果として、環境に優しい原子力発電の新技術を実用化している結果だ。電気の大量消費地に隣接した立地により送電距離は短く効率的になった。そして、災害や事故が発生した場合の被害の甚大さから長い間認められなかった再稼働を許したもう一つの新技術がある。それは廃棄物の処理システムの改革だった。

 あの100年前の大震災の頃は、核の廃棄物の捨て場をめぐって争いが絶えなかった。核の廃棄物の処分場を歓迎するところなどは、星じゅうのどこを探しても見当たらない。自分の身近は美しく豊かに保ち、厄介な汚れ物は言いなりになるしかない何処かの誰か、つまり立場の弱い者に、世のためグルのため、とか言いながら問答無用で有無を言わさず押し付けるタイプ、所謂強権型の政治スタイルを取っている訳ではないとなると、仮に立場の弱い者がいても、利益獲得の機会均等を標榜する社会として、引き受け手は誰もいない場合に最後は、俗な言い方をすればそれなりの札束を積み上げて説得し同意を得る必要がある。このプロセスには相当な手間暇を要し設置引き受けに見合った適当な額を提示しても、中には設置側に弱みがあると見透かし、足元をみて付け入り、受諾のために過大な料金を請求する不心得者がいるとか、とある工場からの廃棄物などは廃棄場がいつまでも定まらず、最終的にどこへ保管したか直ちに資料が出てこないという呆れた無責任ともいえるケースについての都市伝説さえ流れた。

 過疎地の活性化の為にと真面目に検討したうえで、処分場の誘致をしても、当初の目的だった過疎地の活性化・再生とは程遠い、建設期間中の一時的な活況状態が過ぎると、その後は、地味な廃棄物の保管業務を不便な遠隔地における高コストの補助金に頼ってひっそり淡々と行うこととなってゆく可能性もあった。

 ところが、今では核廃棄物は法律により、工場の敷地内に放射能が無害レベルになるまで全て保管しておくこととなっていた。声高に「危険な粗大ゴミは持ってくるな!」と原子力を鬼子の様に一方的に見下し、受けてやるからと足元をみて恩着せがましく法外な金を要求するような無法者が、もし現れたとしても、それに従って無理にそこへ原子炉による電気エネルギー製造工場や廃棄物処理場などの原子力関連施設を建設する必要はなくなった。

 廃棄物は放射能が無害レベルに減衰するまで工場内の地下で保管する。それが現在のNAPからの廃棄物は10年間であり、旧システムの核分裂工場が出した大量の廃棄物は10万年間となっている。

 その一方で、従来の太陽光発電や風車発電など環境に低負荷で再生可能なエネルギーと注目された技術は、発電効率の向上に限界がでてきており、新規の建設工事と維持管理、古くなった設備の更新などのトータルコストの増加は看過できないレベルになっていた。一部の会社が採算が見込まれずに倒産して使用しなくなり放棄された大量のシステム残骸は対応に手を焼きかえって環境への負荷が高めになっているケースもある。設置場所を確保するために犠牲となる環境破壊や生態系への悪影響は無視できないレベルになっていた。更には様々な災害に対処するための防災面での劣化は危険であり見過ごせないことが、多発する地震や暴風雨の時に発生した災害の調査結果から明らかに分かってきている。とはいえ、これらの発電方式はある意味では完成されたシステムでもあり、発電量が中小規模な場合には使い勝手もよく、立地条件などを充分に検討して適切であると確認してから設置することにすれば問題は解決される場合も多く、コストパフォーマンスを考慮しながらその利用は今も継続されている。

                      

5、帰宅する

 工場の入り口を出て徒歩2分くらいのところにある駅に着き、通勤に使う電車を待つ。無人のコンパクトでスマートなデザイン、立っている必要はなくいつも着席できる。既にかなり前からリモート勤務が定着しており、通勤電車が混雑していたということは昔話としては残っている。今日もいつもどおりに都心に向かう電車に乗り込んだ。

 仕事の疲れが出てきたのか車窓の景色を眺めながら暫く走ると、ウツラウツラとして居眠りをし、ふと目が覚め、マリーはモコモコとした毛並みの二つの長い白い耳をパサっと垂れて、呟いた。

「そうだ、今日は「いのちに感謝する日」だった。途中のショッピングモールで、皆に喜ばれそうな、おいしいお菓子でも買って帰ることにしようかな。」

 そして、指に嵌めた洒落たデザインの指輪式の超小型時計の表示を見やすいように立体化し、チラッと眺めた。その表情にはなんらの不安感も見られず、柔和な、穏やかそのものだった。


(終わり)

       

(注記) この作品は原子力発電、特に開発中の核融合発電の未来を希望的に想像した空想小説です。個々の内容は、事実や現時点の科学技術的に確立した根拠に基づくものではありません。

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