10月30日(水)-2
片桐さんの告げた通り、12時に冬打村へと到着する。
四時間、車に乗っていたとは思えないほど、体が痛くない。むしろ、睡眠までとれて快適だった。
何しろ、片桐さんの「到着いたしました」と同時に目覚めたレベルだ。
「あ、おはようございます……」
寝ぼけながら言うと、片桐さんは「ふふ」と笑った。優しい。
って、そうじゃなくて。
私は慌てて起き上がる。そうだ、ここにはキャンピングカーの快適さを体感するために来たのではない。調査と、圭たちの救出のお手伝いだ。
「すいません。ちょっと、寝ぼけちゃって」
「大丈夫ですよ。私の運転が快適だったようで、何よりです」
嫌味でも何でもなく、片桐さんは心から嬉しそうにそう言った。ありがたい。
窓から外を見ると、青々とした自然が広がっていた。場所の把握が一切できない。
「ここは、冬打村のどこら辺ですか?」
「こちらは、友重様の経営されているキャンプ場でございます。こちらが拠点になりますので」
「ああ、そうですね。となると、地図で言うと……ここですか」
事前に手渡された地図の北側あたりのエリアに、キャンプ場がある。
北側が山、南側には住宅地や田んぼ、畑が広がっており、その間を川が流れている。川に沿って行けば、場所が把握しやすそうだ。
「じゃあ、早速友重さんにご挨拶した方がいいですよね」
私はそう言い、身だしなみを整える。名刺も持って行こうかと考えたが、浄華の契約社員としての名刺を持っていないことに気づき、やめた。
友重さんが、混乱するかもしれない。
ざっくりと身だしなみを整えてからキャンピングカーから出ると、片桐さんがキャンピングカーの天井部分から何かを引っ張り出していた。するすると出てきたのは、テントだ。
「すごい、テントが出るんですね」
感心して言うと、片桐さんは嬉しそうにうなずいた。
「素晴らしい機能を持った車です。昼食の準備をしておきますので、ご挨拶されるのならば行ってきてください。受付自体は、済んでおりますので」
なるほど、つまり先に話が通っているから大丈夫、とも言っているのだ。
私は「分かりました」と頭を下げ、事務所へと向かう。
事務所自体は分かりやすい。この開けたキャンプ場から少し下ったところに、一戸建ての家がぽつんと建っているからだ。このキャンプ場に入るには、まずあの家の前を通らなければいけないのだから、分かりやすい。
少し歩いて事務所に辿り着くと「冬打キャンプ場」の看板がついている。間違いなく、事務所だ。
インタフォンを押すと、中から若い女性が出てきた。友重さんだ。
「先程、受付の時に寝てしまっていて、ご挨拶ができなかったので」
照れながら言うと、友重さんは小さく笑って「大丈夫ですよ」と答えてくれた。優しい雰囲気の女性だ。
「あとでゆっくり、お話を伺いたいのですがよろしいでしょうか。今は、先に挨拶だけはと思ってきたのですが」
「もちろんです。そのために、お呼びしたのですから」
友重さんはそう言い、少し不安そうな表情を見せた。無理もない、自分が依頼した相手が失踪してしまっているのだから。
「大丈夫ですよ。私は、そのために来たので」
私はそう言い、少しでも安心させるように営業スマイルをする。人が良さそうに見える、と定評のある笑顔だ。
「でも」
未だに不安そうな友重さんが、言い淀む。すぐにでも話を聞いてほしそうにも見えてくる。
どうしようかと迷っていると、ぐるるるる、と私の腹が鳴った。
恥ずかしい。
盛大な音に、友重さんの表情が柔らかくなる。
「そうですね、また後で来ていただけますか? キャンプ場の予約はないので、飛び込みがない限りは暇をしているので」
「すいません、お腹をいっぱいにして、万全の状態でもう一度来ますね」
私が言うと、友重さんは「はい」と言って笑った。
営業スマイルはいまいちだったが、腹の虫がその場を収めてくれたので、とりあえずは良しとしよう。
私は軽く会釈して、再び片桐さんとキャンピングカーの待つ場所へと戻る。
他に客がいないので、漂ってくるいい香りは間違いなく私と片桐さんの昼食の匂いに違いない。
「楽しみだなぁ」
わくわくしながら呟く私に、ぐるるる、と腹の虫が返事をするのだった。