10月29日(火)-6
私が了承するのを受け、華嬢はほっとしたように見えた。彼女自身、私は引き受けるのは分かっていたことだろう。それでも改めて承諾されたのを見て、安心できたのかもしれない。
「それで、いつから向かえばいいですか? 今日の午後からでも?」
「今日は一日、準備をしてください。何日かかるか分からない案件です。急いだ方がいいのは分かっているのですが、ここで焦って事を仕損じてもいけませんから」
華嬢はそう言うと、地図を一枚取り出した。冬打村、と書いてある。
「ここに、友重さんが運営されているキャンプ場があります。そこにキャンピングカーで行き、拠点として活用されるのが良いと思います。友重さんは依頼者ですし、冬打村の深部には触れていないでしょう。それに、キャンプ場にやってきたキャンパーならば、よそ者が突如やってきてもおかしくない状況となります」
「なるほど。ですが、私はキャンピングカーを運転したことはなくて。おそらく、普通に運転はできるとは思うのですけれど」
「そこはご安心を。片桐にやらせます」
華嬢の申し出に、思わず「え」と声が出た。
片桐さんの運転ならば間違いなく安心できるけれど、片桐さんは華嬢の運転手ではないのだろうか。一日で終わりそうになさそうだし。
私の懸念に気づいたようで、華嬢が「大丈夫です」と言って微笑む。
「片桐ほどではありませんが、運転手ならば他にいます。片桐が教え込んでいるものが何人かいますので、業務に支障はありません」
「それなら、良かったです」
私は答え、当たり前か、と納得する。
片桐さんだけが運転手だったら、片桐さん自身が病気やけがをした時、華嬢の業務に支障が出てしまう。片桐さんのためにも、そこを考慮していないはずがない。
「あ、でも、それならキャンピングカー自体をその他の方でも構わないのでは?」
「それが……片桐自身が、張り切っておりまして」
「片桐さんが、ですか?」
「はい。キャンピングカー自体を運転するというのがあまり経験したことがないそうで、久しぶりだと言って喜んでいるのです」
「喜んで……」
「この話が出た時、妙にそわそわしておりましたので、聞けばキャンピングカーを運転したいのだと言い出しまして。なので、ぜひ片桐に運転させてやってください」
華嬢が頭を下げる。
「とんでもない。むしろ、大変ありがたいです。安心して現地にいけますし、独りぼっちじゃないので心細くないですし、鈴駆さんとの連絡もスムーズにできそうですし」
私が言うと、華嬢は顔を上げて微笑んだ。
「キャンプ場での寝食については、問題なく行えると思ってください。ああ、あと一つ良いでしょうか?」
あと一つ、と言われると何かしら大切な質問が来るような気がする。テレビでやっていた刑事ドラマも、推理小説も、探偵ものの漫画も、あと一つと言って尋ねた情報が一番重要なものだった。
私はごくりと唾を飲み「なんでしょう」と尋ねる。
「アレルギーや好き嫌いは、ないでしょうか?」
拍子抜けだ!
「あ、アレルギーですか? 特に、ありませんけれど」
「分かりました。いえ、大事なことなんですよ。キャンピングカーには食事を冷凍したものを詰め込む予定なのですけれど、もしアレルギーがあれば命に関わりますから」
拍子抜けしたものの、言っていることはもっともなことだ。食事のせいで圭たちを助けられなくなるのは困る。
そんな私の様子に気づいたのだろう。華嬢が「えっと」と言ってから、こほん、と咳払いする。
「私の生活を見てくれている家政婦が食事を準備してくれるのですけれど、これだけは必ず聞いてこい、というものですから」
「素敵な家政婦さんですね」
健康を一番に考えてくれるなんて、良い人に違いない。
私が言うと、華嬢は「そうなんです」と言って笑った。
「長谷川のご飯は美味しいですよ。ほぼ毎日食べている私が保証します」
「それは楽しみです」
なるほど、長谷川さん、と言うのか。
「他に何かありますか?」
華嬢に聞かれ、私は「そうですねぇ」と呟く。
寝食が保証されているのならば、あとは自分の準備をするだけだ。着替えや衛生用品、筆記用具と充電器などか。
「あ、この書類は、明日持って行ってもいいのでしょうか?」
「はい。ぜひ持って行って、活用してください。今日も持ち帰られますか?」
「いえ、社外秘情報でしょうし、家に忘れても困ります。先にキャンピングカーに載せて置いていただけると助かります」
私の言葉に、華嬢は「かしこまりました」と言って笑った。
これで一安心だ。
「それでは、明日8時、ご自宅までお迎えに参ります。どうぞ、よろしくお願いします」
華嬢はそう言い、深々と頭を下げた。
「できる限り、頑張ってみます」
私は答え、ふと思い浮かべる。
圭は、私が今まで接したことがある人の中で一番食べる量の多い圭は、しっかりとご飯を食べられているのだろうか、と。