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10月29日(火)-4

 応接室のふかふかソファに座り、コーヒーを出していただいた。相変わらずのふかふかソファ、おいしいコーヒー。平日の午前中だというのに、なんていう豪華さだ。

 華嬢は自らのコーヒーを一口飲んでから、ローテーブルに書類を出した。


「それでは、ご説明いたします」

「拝見します」


 書類を受け取り、私はそれらに目をやりながら華嬢の説明を受ける。


 □ □ □ □ □


 浄華として依頼を請けたのは、今月初めのことだった。

 冬打(とうだ)村に、アイターン移住をしたという友重(ともしげ)という女性が、所々で感じる村の異質さを感じているのだという。


「キャンプ場をやっているとのことで、村の見所などを散策してらっしゃるようです。その際、端々で妙な不安を感じるのだとか」

「妙な不安?」

「別に、友好的ではないとかよそ者扱いだとか、そういう類のものではないようです。ただ、どこかちぐはぐというか、違和感を覚えるというか」


 華嬢も悩みながら答える。友重自身もうまく説明できなかったようだ。

 だが、それでも依頼を請けたのは「何かある」と華嬢が感じられたからだ。


「もともと冬打村が祀る神について、気にしていたのです。今まで特に問題ないようでしたので放っていたのですが、アイターンされた方が気になるのならば、放っておくわけにはいきませんから」

「祀る神、ですか。何か、恐ろしい神様でも祀っているのですか?」

「恐ろしいといえば、恐ろしいかもしれませんが、特に珍しいという訳でもありません。鬼、ですから」


――鬼。


 一瞬、青鬼と赤鬼がダンスするところを思い浮かべたが、そういう陽気な鬼ではないのだということは分かる。パンツがいいんだよ、という事でもなかろう。


「詳しく調べたところ、昔、冬打村出身者が鬼と化したことがあるという事件があったようで」

「え、人が鬼に変わったんですか?」


 驚いて声を上げると、華嬢は神妙そうに頷く。


「引き金となるのは、人を殺した瞬間だったようです」

「そんな、人を殺した瞬間って……」


 想像するだけで、ぞっとする。

 しかし、そのような瞬間を目撃するなんて、どうしてできたのだろうか。偶然だろうか?

 私が疑問に思っていると、華嬢が言葉を続ける。


「正式な証拠資料が残っている、という訳ではありません。あくまでも、そういったことがあった、という口伝があるだけなのですけれど」

「口伝というのは、言い伝えみたいな?」

「というよりも」


 華嬢は一瞬迷ったように口をつぐんだ。この先を話していいのか、迷っているのだろう。


「その……他に言いふらしたりなんてしませんけれど」

「ああ、そう言ったことは気にしていません。言いふらすような方ではないと分かってはいるのです。そうではなく、その、聞いて不愉快になられるのではと思って」


 優しい人だ。


「逆に止められた方が、気になって仕方ありません。それに、情報は詳しく知っていた方が良いでしょうから」


 私が言うと、華嬢は少しほっとしたような表情になった。そうして、ゆっくり口を開く。


「終戦後、兵士たちからの聞き取りで、冬打村出身者が銃をうち敵兵を殺した瞬間、鬼に変わり果てたという話がありました」


 ああ、と私は納得する。

 確かに愉快な気持にはならないし、軽い気持ちで聞く話題ではない。

 人が正式に人を殺していた時代の話だ。人が人として、己の生を全うしにくかった時代の。


「目の前で変わったという鬼は、その場にいた他の兵士たちによって射殺されたとのことです。が、死体は人に戻ったとか」

「それは……辛いですね」


 それ以外に言いようもない。華嬢も同じ気持ちのようで、神妙な顔つきで頷く。


「その場にいた人たちは、本当に鬼と化したのだろうか、と後に思ったそうです。極限状態の中、そう見えただけではないだろうか、と」

「そうなると、自分たちの味方を自分たちで殺してしまった、という罪悪感が強くなるでしょうね」

「ええ。確固とした証拠もなく、はっきりとした証言とも言えぬ、もしかしたら妄想かもしれないものです。それでも、鬼と化したのは冬打村出身の者だった、という情報が残っているのです」

「そこで、冬打村が祀る神が関わってくるのですね。鬼を祀っている村の者が、鬼と化したという」

「その通りです。よって、違和感を感じるという友重さんの依頼を請けることにしました」

「例の、表に出回らないようにする、あの」


 以前、水越村であった依頼を思い返しながら言うと、華嬢は微笑んで頷いた。

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