10月29日(火)-3
駐車場へと車が進んでいく。
立体駐車場にしろ、地下駐車場にしろ、緩やかなカーブを描きながら進む時、ジェットコースターを思い出す。あんなにスピードは出ないし、恐怖心も煽らないのだけど、何故か小さな高揚感を得てしまう。
ふと目線に気づくと、華嬢がこちらを見ていた。
「えと、どうしましたか?」
「いえ、なんだか楽しそうでしたので」
顔に出ていたか。
「こういう、ぐるぐる回るタイプの駐車場だと、ジェットコースターを思い出すんです」
「ジェットコースター、ですか」
「ええ。全然違うのですけれど、最近全く乗っていないので、体が懐かしがっているのかもしれません」
華嬢は「まあ」と答え、笑った。
「お好きなんですね、ジェットコースターが」
「好きというか、楽しい思い出が紐づけされているからかもしれません」
子どもの頃、まだ若かった両親に連れて行ってもらったり、子ども会で友達同士で訪れたり、少し成長してから初めてできた彼女と行ったり、友人たちとぎゃあぎゃあ騒ぎながら乗ったり。
ジェットコースターに乗った時は、いつも楽しかった。
そんなことを思い返していると、華嬢が「なるほど」と言って頷いた。
「ジェットコースター、実は私、乗ったことがなくて」
「え」
「むき出しの体のまま、高い場所から低い場所へ、自分の力じゃないものによって動かされるというのが、ちょっと怖くて」
(……かわいい)
少し恥ずかしそうに言う華嬢が、ジェットコースターに乗ったことのない理由が、本当に可愛らしい。
いつもの落ち着いた雰囲気の、少し恐れ多いくらいのオーラを纏った華嬢とのギャップに、思わず胸がキュンとする。
ときめきが。唐突なときめきが!
「もし鈴駆さんが宜しければ、一緒に乗りに行きませんか? ジェットコースター」
思わずそう言い、次の瞬間にはっとする。
今、怖いっていったばっかりなのに、提案したらだめだったのでは……?
案の定、華嬢は目を見開いて驚いている。
「あ、いえいえ、その……鈴駆さんが、興味があるのなら、ということで」
「興味……」
「それに、その、なんなら子供用もありますし。大人も乗ってもいい、子供のちょっとしたジェットコースターもどきがありまして。そっちは全然怖くないというか、その、気分だけなら、その」
慌てながら言葉を紡ぐせいで「その」が増えた。
自覚があるのにやめられない。とまらない。
「それでも怖ければ、その、ゴーカートとか……あ、モノレールみたいなやつとか、その」
あたふたしていると、華嬢がくすくすと笑いながら口を開いた。
「大丈夫です。いろいろと気を使ってくださって、ありがとうございます。せっかくなので、一度くらい乗ってみたくなりました」
優しい。
社交辞令だとしても、先程までのあたふたトークを繰り出した身としては、なんという優しい返答なんだ。
ほっと息を吐きだしていると、華嬢は悪戯っぽく言葉を続ける。
「その時は、ぜひ一緒に行ってくださいね」
「よ、喜んで!」
居酒屋か!
勢いで答えてしまって、思わずセルフ突っ込みを心の中でしてしまった。だが、もう戻れない!
「お待たせしました、到着いたしました」
片桐さんの声に、はっとして窓の外を見る。いつの間にか、車が停まっている。いつ停まったのか分からないくらい静かだったし、自分が興奮していた。
車を降りると、目の前に扉があった。辺りを見回してみても、今乗せてもらった車以外一台もいない。
「この扉の向こうは、いつものオフィスなんです。車ごと、エレベーターに乗れるようになっておりまして」
おお、カッコイイ! 近未来的だ。
華嬢は扉横の指紋認証と網膜認証を行い、扉を開く。あとから私が続けて入る。片桐さんは一緒に入らないようだ。
「どうぞ、こちらへ」
華嬢はそう言い、いつもの応接室へと誘ってくれるのだった。