10月29日(火)-1
翌日、シタミ工業に赴き受付で伝えると、応接室へと通された。
色んな商社が集まるのだから、てっきり会議室だと思っていたのだが、拍子抜けだ。
実際、私以外の出向者の姿は見えないし。
「お待たせしました」
声がし、私は挨拶の為に立ち上がる。応接室に、シタミ工業の社長と綺麗な女性が現れた。一瞬秘書の人だ、と思ったが、その思いはすぐに覆された。
よく見知った顔である、鈴駆 華嬢がそこにいたからだ。
「す、鈴駆さん? どうして」
私は声を上げたのち、はっとして社長に向き直って「失礼しました」と頭を下げた。
「いやいや、驚かせたのはこちらなのだから」
社長はそう言い、私に座るよう促した。私は会釈してから座り、社長と華嬢を見比べる。
鈴駆 華。株式会社 浄華の社長。ふとした縁から親しくなった、桂木 圭の上司。
なぜその人が、この場にいるのだろう。
混乱していると、華嬢が「ごめんなさいね」と口を開く。
「申し訳ないと思ったのですが、緊急事態のため、あなたを長期間確保するためにシタミ工業社長にお願いしたんです」
「ちょ、長期間確保?」
「あなたが営業担当している会社の中から、私が親しくさせていただいていて、事情を察してくださる会社を選りすぐった結果、シタミ工業さんが適切だったので」
「鈴駆さんのためなら、いくらでも手助けいたしますよ」
「あら、ありがとうございます」
社長二人が笑いあう。いやいや、こちらは相変わらず混乱中ですけれど。
「もうお察しだと思いますが、新規工場については最終的になかったことになります。どうぞ、この応接室はご自由にお使いください」
シタミ工業社長はそう言うと、軽く会釈して応接室を出て行った。
ええと、情報が多すぎる。
私が意気揚々とやってきた理由である新規工場開設はなかったことになって、でも現地調査という名目は生きていて、それを使って浄華のお仕事をするとか、そういうことだろうか?
私が考えを必死にまとめていると、華嬢が改めて私に頭を下げた。
「突然ですいません。本当に、急いでいたのです。なるべく日常生活に支障がないように、と配慮した結果なのですけれど、結果的に騙すようなことになってしまって……」
「やめて下さい。そんな、頭を下げなくても」
「ですが」
「それよりも、その緊急事態の方が気になって仕方がありません。私の体質、厄付が必要だという事でしょうか」
私がそう言うと、華嬢は顔を上げて頷く。
「詳しいお話をしたいので、移動してもよろしいでしょうか?」
華嬢の言葉に、私は「もちろんです」と答える。
ほっとしたような華嬢の笑みに、少し頬を赤らめるのだった。