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どうする三成

※間違えて下書き状態の物を投稿してしまったので修正版再投稿です。申し訳ありません。

 島左近とふたりの足軽が佐和山のふもとに到着し、城内は騒然となった。

 捨て石となって三成の逃げる時間を稼いだのだ。言わば英雄の凱旋(がいせん)である。


 三成を先頭に、城内の人間がほとんど総出となって左近らを迎え入れ、口々に彼らの武勇を褒め称えたが、俺は10人近くいた手勢がふたりしか生き残れなかったことに、どうしても気持ちが暗くなってしまう。

 俺にとっては縁もゆかりもない、それこそ生きた時代すら違う人たちだが、それでも人の死は重い。

 それは俺がまだこの時代に染まっていないということだろうか。


 とはいえ城内が歓迎ムードになったのは一瞬のことで、すぐさま家臣が集められ、軍議(ぐんぎ)が開かれる運びとなった。

 どうやら三成が俺を家臣にするというのは本気だったらしく、末席とはいえ俺も呼ばれている。


 軍議なんて言うとなんだか仰々(ぎょうぎょう)しいが、この三成襲撃事件はまだ決着しておらず、この城はまだ戦闘下にあるのだ。

 よって家臣たちは兜こそ被っていないが全員具足(ぐそく)に身を包んでいる。そのなかで、俺だけが借りた着物に袖を通している。はっきり言ってめちゃくちゃ浮いているし、全員がこいつは何者だ、と俺のほうを盗み見ている。


 そりゃ誰がどう見たって俺は怪しいだろう。

 着替えを手伝ってくれた侍女に、刀とはどうやって腰に差すのですか、と聞いたときの絶句した顔を思い出す。


「皆、(そろ)っているな」


 言いながら、三成と左近が足音を立てて部屋に入って来た。それに合わせてみなが低頭(ていとう)するので、俺も見よう見真似(みまね)で習う。


「たった今、内府(ないふ)殿から(ふみ)が参った」


 三成の手には書状が握られていた。内府とは徳川家康のことだ。

 三成からすれば目上の人からの手紙に当たるはずだが、三成はそれを感じさせないほど乱暴に扱っている。家康嫌いを隠すつもりは一切ないようだ。

 もちろんここには自分の家臣しかいないので当然かもしれないが、好き嫌いをまったく隠さないところが「横柄者(へいくわいもの)」と呼ばれてしまった所以だろう。


「左近、読み上げてくれ」

「はっ」


 三成はまるでこのチリ紙を捨てておいてくれ、と言わんばかりの渡し方だったが、左近はうやうやしく受け取り、作法に則って書状を開く。

 それから左近は家康からの書状を読み上げ始めたが、要約するとこうだ。


 此度(こたび)の騒動は豊臣家譜代(ふだい)の大名同士による(いさか)いであり、争いごとは控えるようにと太閤殿下の遺言(ゆいごん)に反し、不忠(ふちゅう)の極みである。また当方が審査したところ、三成に落ち度があるように思える。よって三成は騒動の責任を一身に受け、五奉行(ごぶぎょう)の座から退くべきである。また三成が大坂に戻るようなことがあれば秀頼(ひでより)公のお為よろしからず。そのまま佐和山城に蟄居(ちっきょ)すべし。そのほうがお為によからん――


 現代風に言えば、今回の騒動はお前だけが一方的に悪いから責任を取ってクビ、そのまま自分の家で大人しくしておけ、ということだろう。


 処分を受けるのは三成だけで、武力行使に出た福島や加藤らの七将がまったくお(とが)めなしというのはおかしな話だが、そもそもこの七将を突き動かした黒幕は、家康ではないかとも言われている。


「さて、俺はこれからどうするべきだろう」


 家臣たちの顔を見渡しながら、三成は挑むように言った。

 その声色は落ち着いており、ありえないことだが優しさめいたような感情が込められているように聞こえる。

 家康にこんな屈辱な判決を下されれば、誰よりも怒り狂いそうなものだが。


「徳川を討つべし!」

「そうじゃ、徳川の増長(ぞうちょう)これに極まれり!」

「殿が大坂より居なくなれば、豊臣の行政を一手に収めてしまうは明白!」

「そうなれば奴の天下じゃ!」


 家臣たちは一斉に色めき立ち、口々に家康討つべしと叫ぶ。三成が豊臣家に持つ忠誠心を誰よりも知っているからこそ、反逆者であるとの汚名を着せられ、豊臣家の中枢(ちゅうすう)から追いやるような家康の行いは断じて許せないのだろう。


 これは俺の予想に過ぎないが、三成は家臣たちの反応が見たかったのではないか。だから自身はあえて感情をこちらに悟らせないようにしたのかもしれない。


「皆の意見は分かった――だが、ふたりは違うようだな」


 三成が言い、家臣たちが一斉に俺を振り返った。異なる意見を持つであろうふたりのうち、ひとりは新顔のあいつで間違いない。ならばもうひとりは誰だと各々(おのおの)思い立ち、今度は先ほど書状を読み終えたばかりの左近に顔を向ける。

 その動きがあまりにも綺麗に揃っていて、吹き出しそうになった。


「そういえば名前を聞いておらなんだな」


 三成が俺を真っ直ぐに見据(みす)えて言う。

 そういえば俺はまだ名乗ってもいない。

 ほかの家臣は名前も知らないような相手を家臣に召し抱えるとはどういうことだと不審に思っただろう。


 さて、どうするか。


「それでは権兵衛(ごんべえ)、とお呼びください」


 べつに意味はない。名無しの権兵衛からとっさに思いついただけだ。

 この言葉のルーツは童歌(わらべうた)に「名主(なぬし)の権兵衛」という歌詞があり、なぬしが間違ってななしと世に広まったという。

 この権兵衛はありふれた名前ではあるが、よくある偽名としての側面はこの時代にはまだないだろう。少し後の日本なら山田太郎、英語圏ならジョン・ドウもしくはジョン・スミスといったところだ。


「では権兵衛、改めてそちの意見を聞きたい」


 これは困ったことになった。

 成り行きで家臣になったはいいが、まさか意見を求められるとは思わなかった。ここで下手なことを言えば、今度こそ大きく歴史が変わってしまうかもしれない。


 いや待て――今回のことに関して言えば、そう迷うことはないかもしれない。

 俺が三成を逃がしたことで、家康が三成を助けるといった展開にはならなかった。しかし家康が襲撃事件の仲裁に入ったことは変わらず、三成は奉行職を辞め、佐和山城に謹慎することになりそうだ。つまり結果は同じ。


 石田正宗こそ後世に伝わることはなくなったが、まだこの程度で歴史は変わらないということだろう。

 ならば俺は、知っている限りの歴史をなぞればいい。


「ここは家康の要求を、大人しく受け入れるべきかと」

「なんじゃと!?」


 俺が答えるや否や、家臣たちは弾かれたように立ち上がった。


「殿に黙っておめおめと引き下がれと申すか!」

「それでは殿の面目(めんぼく)はどうなる!」

「貴様、新入りの分際で無礼であろう!」


 しまった。俺の言い方では、自分の主人(あるじ)に対して、家康とは一切の揉め事を起こさず、黙って罪を被れと言っているようなものだ。

 家臣たちがこうして凄まじい剣幕で怒るのも無理はない。


 しかし言ってしまったことを今更飲み込むことはできない。

 こうなったら俺の知っている歴史の知識をフル動員してでも、なんとか言ったことを貫き通すしかない。


「何故かと申しますと、家康の狙いは天下だからです」

「そんなことは分かっておる!」

「だからこそ殿が奉行職を退(しりぞ)くわけにはいかんのだ!」

「静かに」


 三成が言い、あれだけ騒がしかった家臣が一気にシーンとなった。


「黙って最後まで聞こう。権兵衛、遠慮なく申せ」

「はい」


 さすが三成、器が大きい。


「たしかに殿がいなくなれば、家康は豊臣政権の中で格段に動き(やす)くなるでしょう。しかし政治だけで天下を()ることはできません」

「それは(もっと)もだ。では家康は如何(いかが)して天下を獲る?」

(いくさ)です」


 俺が答えると、家臣たちが息を呑んだ。中にはとっさに何か言おうとした者もいたが、三成に止められたことを思い出し、慌てて口をつぐむ者もいる。


「それもただの戦ではなく、家康が正義という大義名分(たいぎめいぶん)が必要でしょう。何かしらの手を使って豊臣(かた)の大名を悪に仕立て上げ、戦で勝つことが重要です。そうすれば家康に反抗しようとする者はいなくなり、天下を手中に収めるでしょう」


 まずい、これは喋り過ぎか。

 いや、もう後には引けない。


「なるほど。それで家康は俺を選んだというわけだな?」


 三成があまりにもスムーズな補足を入れる。まるで俺の言うことを予測していたようだ。なんだかまんまと三成に乗せられてしまった気がする。


「はい。ここで殿が家康の要求を不服として挙兵すれば、敵の思う壺です」


 家康は三成を怒らせ、自分に挑ませようとしている。

 言ってしまえばこれは家康の陰謀(いんぼう)だ。


「とはいえ、いつまでも家康を野放しにするわけにはいかぬ。俺と家康は、いずれ必ず戦場で相対することになるだろう」

「しかし今はまだその時ではありません」


 俺がはっきりと断言したことで、家臣はおろか三成も驚きに目を丸くした。つい最近家臣になったばかりの人間が、歴戦の軍師のような物言いをしたからだろう。


 この時代にいかなる名軍師がいようとも、俺は絶対に負けないものがある。 

 それは歴史オタクとして培ってきた歴史の知識だ。


 俺の自信の根拠はいたってシンプルだ。ここで三成が家康の処分は不服であるとして、討って出たという歴史はない。三成が挙兵するのは来年になってからだ。


 だからこの場はまだ早いと止めればいい――それだけの話である。

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