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石田政宗

 胃の中の物を戻してすっきりしたのか三成は回復し、それでも俺に肩を借りながら、佐和山城へと登った。まったく、ここまで身体が弱いくせにどうして山の上に城を築いたのか、と問いたくなる。


 佐和山城は警戒態勢にあった。おそらく三成が大坂の屋敷を()つにあたって、伝令を放っていたのだろう。門は固く閉ざされ複数の者が見張りに立ち、城内にはあちこちに篝火(かがりび)が灯され、槍を構えた足軽が待機していた。闇夜に城の輪郭(りんかく)が浮かび上がって見えたのは、この灯りによるものだろう。


「殿、ご無事であられましたか!」


 城内に入るや否や、数人の武士が駆け寄ってきた。名前は知らないが、いずれも三成の家臣だろう。身なりからしてただの足軽ではあるまい。

 最初は三成の姿を見て安心しきった表情を浮かべていた彼らも、三成が見慣れぬ者(俺だ)に寄り掛かって歩いていることに気付き、揃って顔を青くした。


「殿、如何(いかが)なされた!」

「お怪我をなされているのでは?」

「たれか、たれかある! 医者を呼べい!」


 いいえ、ただの車酔いです。


「ええい、騒ぐな。大事(だいじ)ない」


 三成は鬱陶(うっとう)しそうに手を払う仕草をして家臣たちを制した。


「それからこの者たちだが」


 隣にいる俺、それから背後に立っている双子ふたりを順番に目をやり、


「この俺を窮地(きゅうち)から救ってくれた功績により、()(かか)えることにした」


 至極あっさりとした口調でそう言ってのけた。


「は?」

「え?」


 これには俺たち三人も含め、周囲の人間全員が面食らった。


 家臣たちの気持ちは痛いほど分かる。三成が他の大名から襲撃を受け、命からがら大坂を脱し、佐和山に向かっているとの報告を受けた際は、血の気の引く思いだっただろう。

 すぐさま可能なかぎりの手勢をかき集め、場合によっては籠城戦になることも考えて準備をし、あるいは殿が追手に捕まるようなことがあれば、城から討って出ることもあるかもしれない――そんな緊張が走っていたはずだ。


 その三成が思ったよりもずっと早く到着し、しかも見慣れぬ者たちを連れて来たかと思えば、家来にすると言い出したのである。

 これで混乱しない方がおかしいというものだ。


「と、殿、状況が理解できませぬ」

「その者たちは何者ですか?」

「島殿はどうなされました?」


 家臣たちがフリーズしたのも束の間、嵐のような質問攻めが始まった。


「ひとまず奥の部屋へ」


 三成は五月蠅(うるさ)そうに顔をしかめ、肩を貸す俺に指示した。

 三成は言葉足らずのあまりしょっちゅういらぬ誤解を招いたと聞くが、その通りらしい。どうせこの後で島左近(しまさこん)らが戻って来るのだから、それらを交えて説明したほうが一度で済むし効率が良い。そう思っているのだろう。


 しかし三成の身を心から案じ、こうして臨戦態勢を取っていた家臣たちは、自分たちを無下(むげ)に扱われたようで不満に感じてしまうはずだ。


「左近の帰りは明朝(みょうちょう)になるだろう」


 廊下を進みながら、三成はそうこぼした。

 俺が最後に左近の姿を見たときは、敵に包囲されつつあった。自動車に乗っていた俺たちですらギリギリの状況だったのだ。無事で済むとは思えない。

 あれだけ絶望的な状況だったのにも関わらず、島左近ならば必ず生きて戻って来る。三成はそう確信しており、疑ってすらいないような口ぶりだった。


 これが武士ならではの信頼関係なんだろうか。


「城内に部屋を用意する。ひとまずはそこで休まれよ。連れの者も同室で良いか」

「あ、はい」

「そのようにいたせ」

「はっ」


 いつの間にいたのか、侍女(じじょ)が短く返事をして動き出した。

 三成の早口につい空返事をしてしまったが、どうやら城に泊めてくれるらしい。それも個室まで用意してくれるようだ。それは有難いが、本当に俺たちを召し抱えようと言うのか。


「俺はこの者とふたりで(しば)し語らう。従者(じゅうしゃ)たちは部屋の準備が整い次第、先に部屋へ戻られよ。それから、そなたたちはこのまま左近の到着を待て。もしあの馬鹿大名どもの手勢が来たら、直ちに伝えよ」


 三成は歩を止めることなく、てきぱきと指示を出す。前半部分は俺と双子に、後半は家臣への指示だろう。

 とても先ほどまで地面に這いつくばって吐いていた人間とは思えない。

 今も俺に捕まらないと真っ直ぐ歩けないような体調のくせに、このあたりはさすがの優秀さだ。


承知(しょうち)(つかまつ)った」


 家臣たちは納得のいかない様子だが、主人に逆らうわけにもいかない。そして三成が無事に佐和山城へ到着したとはいえ、七将襲撃事件は未だ継続中なのだ。いわば臨戦態勢を解くわけにはいかないのである。

 そのことに気付いた家臣たちはすぐにまた顔を引き締め、今来た廊下を早足で戻ってゆく。


「私に話があるんですか?」

「すぐに終わる」


 なんだろう、すごく嫌な予感がする。城の前に停めてきた車のことも気掛かりだ。俺が心配なのはもちろん駐禁を切られることではない。あれが足軽や近くの住民に見つかったら、明日あたり大騒ぎになるんじゃないか。


「こたびの働き、誠に天晴(あっぱ)れである。よって褒美を取らすだけのことよ」


 三成はそう言って、自分で襖の戸を開けた。





 そして一晩明けた今、俺の前にひと振りの刀が置かれている。


「どうすんだよこれ……」


 何度自問してみても、良い答えは見つかりそうにない。


 かつて備前(びぜん)中納言(ちゅうなごん)殿から頂いた業物(わざもの)五郎正宗(ごろうまさむね)二尺二寸七分である――突然のことで戸惑うばかりの俺に、三成はそう言った。

 そして自分は刀にそこまでの執着はないが、この刀は諸大名の間では垂涎(すいぜん)の的らしい。これをそなたに贈る、と付け加えた。


 備前中納言とは徳川家康と同じ五大老のひとり、宇喜多(うきた)秀家(ひでいえ)のことだ。三成とは仲が良く、後の関ヶ原では西軍の主力として戦っている。

 その秀家から贈られた刀が、こうして俺の下へとやってきたらしい。


 困った俺はとっさに自分は武士ではない、と言った。

 できることなら現代人である俺は真剣なんて持ったこともないから、刀なんて貰っても困ると正直に言いたかったが、そうもいかない。


 三成はそれでも構わぬ、とさらりと答えた。そちの身分はがくせいと聞いたが、召し抱える以上は武士でなければならない。刀のひとつくらい持っていなければ、他の者に示しがつかない、と。


 つまりこの俺を家臣としてそばに置いておくために刀を与えようというのだ。たしかに帯刀(たいとう)くらいしておかなければ、俺のことを知らない左近以外の者は怪しむだろう。そういうことなら、有難く受け取るほかない。


 委細(いさい)は明日皆を集めて話す――三成はそう言って、目を伏せた。つまり今はこれ以上俺と話すことはなく、もう下がって休めということだ。


 こうして受け取った刀が、いま目の前にある。


「まずいよなぁ、これ……」


 俺の独り言に答える人はいない。姉妹はまだ布団の中で眠りこけている。

 日帰り旅行の予定だったので、まさかこのふたりと一夜を過ごすことになるとは思わなかった。妙な言い方になってしまったが、断じて()()()()()()ない。色んな事が一気に起こり過ぎて、気付けば朝だった。


 そして俺は布団の上で胡坐(あぐら)をかき、枕元に置いた刀に目を落としている。

 この刀を俺が受け取ったのは、非常に問題だ。


「これ、どう考えても石田政宗(いしだまさむね)だよなぁ……」


 宇喜多秀家から三成に渡り、三成が佩刀(はいとう)していた正宗。そんなものはこの世にふたつとないだろう。

 ただし、本来これを受け取るのは俺ではない。

 家康の次男である結城秀康(ゆうきひでやす)だ。


 これは一説だが、七将による襲撃を受けた三成が伏見にある徳川屋敷に逃げ込んだところ、家康が仲裁を買って出た。三成は難を逃れたものの事件の責任を負う形で奉行(ぶぎょう)職を解任され、ここ佐和山城に謹慎を命じられる。

 その伏見から佐和山城までの道中、三成の護衛にあたったのが秀康だ。


 三成は護衛の御礼にとその場で刀を渡し、秀康は大そう喜んだ。そして刀に「石田政宗」と名付け、後生大切にしたという。

 余談ではあるが、現代では重要文化財として東京国立博物館に貯蔵されている。

 いや、()()()()()()の刀を、俺が貰ってしまった。


「これって俺が歴史を変えたってことだよな……」


 武士でもない俺の手に渡ったことで、この刀はどうなるのか。

 そしてこれからの石田三成はどうなるのか。


 史実での三成は自力で佐和山城へたどり着けなかったはずだ。とはいえこんなところで死ぬ人物ではないから、最終的には家康か宇喜多秀家、もしくは他の有力大名に助けてもらったのは間違いないはず。


「間違っても未来からやって来た俺たちじゃない」


 自分で言って、乾いた笑いがこぼれた。

 昨夜は流されるままに三成を助けたが、少し考えれば分かったことだ。自分たちが戦国大名と関わりを持てば、やすやすと日本の歴史を変えてしまうことに。


 俺が三成を助けたことで、もしかしたら三成は五奉行の地位を解かれないかもしれない。そしてこのまま謹慎することにならず、すぐ大坂に戻ると言い出すかもしれない。それどころか手勢を率いて、あの七将を討つと言い出すかもしれない。


 もちろんその可能性は低いが、そうなればそこから先は俺の知らない歴史だ。今後どうなるかまったく予想が立たない。

 そのことは非常にまずい。


 何故ならこの時代において、俺たちのアドバンテージは「情報」だからだ。

 もちろんオーパーツである自動車の存在も大きい。だが「この先何が起こるのかを知っている」ことに勝るものはない。もしかしたら俺はこのために戦国時代を勉強していたのかもしれない。そんなことを思ってしまうほど、情報によるアドバンテージは大きい。


 しかし――この時代が俺たちの知る歴史と大きく異なってしまうと別だ。

 情報を失うと、俺たちの武器は自動車しかない。非常に強力な移動手段ではあるものの、あれは事前の情報があってこそ活きるものだ。


 三成の庇護(ひご)をうけることで少なくともこの戦乱の世で野垂(のた)()ぬ心配はなくなったが、ここからは注意しないといけない。

 刀の受け取り手が変わるくらいならまだいいが、これ以上歴史を変えてしまうと、俺や双子が産まれない世界になるかもしれないのだ。


「失礼いたします」


 突然(ふすま)の向こうから声がして、その場で跳び上がりそうになった。


「お支度(したく)を手伝うように申し付けられました」

「ああ、うん」


 なるほど、三成はそのままの格好では怪しまれるから着替えろと言いたいのか。

 ということは三成はすでに起きているか、もしかしたらあれから一睡もしていないのかもしれない。昨日三成を問い詰めた家臣団も、おそらく寝ずの番に当たっていただろう。ご苦労なことだ。


 俺はどうやったって武士にはなれそうもない。

 そう考えると、再び乾いた笑いがこみ上げた。


 そして島左近が佐和山城へ到着したのは、日がだいぶ高くなった頃だった。

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