関ヶ原10
とにかく時間がない。吉継の本陣は慌ただしく、準備のできた兵から、各自バラバラに戦場へ向かっているような状況だ。
俺は車へ戻る前に、五助を捕まえて急ぎ作戦を練ることにした。
「まず私が例の乗り物で突っ込みます。相手が動揺して動きを止めたところで、五助さんの部隊が横から切りかかってください」
「心得ました。しかし、後詰が――」
後詰とは、味方を支援したり敵の背後に回り込むことを目的として、後から遅れて戦場に駆け付ける部隊のことである。ただでさえ小早川勢にくらべて少ない大谷隊には、それを出している余裕がない。
「後詰なしでは、敵の勢いを削ぐことはできても、完全な足止めは適わないでしょう」
残念だが、五助の言う通りだった。しかしこのままでは立花勢と宇喜多勢は背後から小早川勢の奇襲を受け、総崩れになってしまう。
「その役目、儂が引き受ける」
話に割ってきたのは、垂井城主1万2,000石の、平塚為広だ。
島左近に負けないほど大柄な男で、この時たしか35歳。石高こそ少ないが、太閤秀吉のれっきとした家臣である。
しかも為広は、かつて秀吉の馬廻として抜擢されている。馬廻とはいわゆる近衛兵士、現代で言えばボディーガードのようなものだ。
つまりそのくらい、秀吉にその武勇を愛された武将なのだ。
さてこの為広だが、今回は吉継が領地である敦賀を発ち、美濃の地に足を踏み入れて以来、ずっと吉継のサポート役に徹している。三成が吉継を西軍に与するため、佐和山城にて説得した際も同席していた。
彼もまた家康打倒の挙兵に反対の立場だったが、吉継が三成との友情を優先して西軍に属したように、為広も吉継との関係性で西軍として参戦している。
しかし為広は史実でもこの戦においても、目の見えない吉継に代わって最前線で指揮を取っていたはず。何故ここにいるのか。
「小早川ごときに包囲を抜かれたのは儂の失策だ」
そう言って、為広は手にした大薙刀をかざして見せた。
「あの裏切者を、こいつで仕留めてみせよう」
怪力無双と言われた為広はこの時代には珍しい長身で、さらに珍しいのは薙刀を愛用していたことだ。
「しかし、相手は大軍。いくら平塚さまとて無事では済まないでしょう」
真っ向から敵の前に立ちふさがるかたちで足止めをする俺や五助の部隊もそうだが、遥かに劣る人数での後詰など、危険極まりない。
「後詰として俺が率いるのは300だが、ただの300ではない。俺の直属300騎だ。小早川の若造に目にもの見せてくれるわ」
平塚為広もまた西軍、いや日本屈指の有能な武将なのだが、歴史にはそう知られていない。なんなら子孫で女性解放運動の先駆者である、平塚らいてうのほうが遥かに有名なんじゃないだろうか。
しかし為広は武力に優れているだけでなく、あの吉継から大谷軍の兵士を預けられ、最前線の采配を任されるほど軍略にも長けた人物である。
西軍は吉継と為広というふたりの天才が要となっていたのだ。
実際に史実においては為広が討ち死にし、吉継が自刃したことで、生き残ってた西軍全体に動揺が広まり、あっという間に崩れてしまうのである。
とにかく今は一刻を争う状況だ。ここで為広を失うことになるかもしれないのは痛いが、大軍の小早川勢を相手に後詰の役割を果たせる人物など、吉継を除いては為広をおいて他はいないだろう。
「しかし300では……」
五助はまだ渋っている。吉継を最も近くで支えてきたこの男は、大谷軍の最前線に立つこの為広が、どれほど貴重な存在か分かっているからだろう。
この戦いが始まった時は、小早川勢を討つ戦いだった。それが今は打って変わり、味方の総崩れを防ぐためには、誰かが犠牲にならなければならないという戦いになっている。その言ってしまえば貧乏くじのような役目に、為広とその精鋭を使っていいものか、決めかねているのだろう。
「湯浅殿、そう申されるな。儂からすれば死地ではなく、千載一遇なのだ。まったく、武士とはおもしろいものよ」
五助がはっとしたような顔をした。
為広はこの役目を貧乏くじなどとは思っていないのだ。
「日本はじまって以来の大戦で、儂のようなものに、大一番のはたらきができる機会が回ってこようとは」
たしかに為広の後詰が上手くいき、さらに西軍大勝利のあかつきには、味方の窮地を救ったとして間違いなく一番の功労者となる。
「これで太閤殿下の恩顧に報い、吉継殿への義を果たすことにもなりましょう。儂は果報者じゃ。さぞさわやかな死花を咲かせることができましょう」
先ほど吉継は、人に死に場所などというものはない、生きなければならないと説いた。しかし為広は、吉継のために死に場所を見つけたようである。
駄目だ。五助も為広もここで死なせてはならない。
なんとしても、俺が車一台で小早川勢を足止めしなくては。
「お二人とも、どうかご無事で」
「おう。武運を祈るぞ、治部殿の軍師よ」
俺が車へ向かう前に一度振り返ると、五助は深く頭を下げ、為広は薙刀を天に向けて掲げ、破顔一笑した。
なんとなく、このふたりの顔を見るのはこれが最期ではないか――そして吉継と話すことができたのも、さっきのが最期だったのではないか。そう感じた。




