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関ヶ原8

 笹尾山から南へ行くと小関村があり、その先には天満山がそびえている。宇喜多勢はこの山を背にして、広く五段構えの陣を張っていた。

 戦闘が始まって間もない今なら、敵に気付かれることなく宇喜多勢の背後をすり抜けて、松尾山へ至ることが可能だ。


 このまますり抜けようかと思ったが、秀家の本陣へ寄ることにした。

 俺が近付くと自動車に慣れていない兵士に混乱はあったが、姉妹が大一大万大吉の印を描いてくれていたお陰か、なんとか本陣に横付けすることが適った。


「権兵衛か。何事かと思ったぞ」


 秀家は本陣に着座し、指揮は取っていないようだった。


「伝令か?」

「いえ、様子見で参りました」

「ふん。うちよりも危ういのは三成の隊だと思うがな」


 徳川の本陣と正面からぶつかり合っている最中にも関わらず、秀家の強気な姿勢は変わらないようだ。むしろここで自分がこの戦を決めきって見せる、と思っているだろう。

 こうした秀家の自信は血気盛んな若さからくるものだが、それよりも大きいのは優秀な家臣に支えられているからだ。


「相手が家康だろうと、うちには掃部(かもん)がいる」


 宇喜多勢の2万のうち、3,000人ほどは丹後田辺の諸大名が率いている。彼らは宇喜多勢としてまとめられているが、それぞれ独立した遊軍のような立ち位置だ。

 正式な宇喜多勢は1万7,000人だが、このうち8,000人からなる前衛部隊を率いているのが、宇喜多家家臣の明石(あかし)掃部(かもん)である。


 掃部は史実でも宇喜多勢の先鋒を務め、福島正則を圧倒し、敗走寸前まで追い詰めた名将である。小早川の裏切り後に宇喜多勢は総崩れになるも、掃部は殿(しんがり)を務めて秀家を逃がし、自身も遠く離れた岡山城まで撤退に成功している。

 さらりとやってのけているが、とんでもない偉業だ。


 その後は浪人となったが、大坂冬の陣が起こると豊臣方として参陣している。そこでも鬼神の如き強さを見せるが、夏の陣では敵に囲まれ絶体絶命となり、それでもわずかな手勢を率いて敵の包囲網を突破し、逃げ落ちたと言われている。


 明石掃部はメジャーな武将とは言えないが、個人的にはもっと評価されるべきで、物語の主役になれるレベルの人物だと思う。

 石田三成に島左近がいるように、宇喜多秀家には明石掃部がいたからこそ、西軍は小早川が裏切るまでは有利に戦局を進めていたのだ。


 そして現在も、宇喜多勢は優位に戦っているように見える。

 敵は3万とも4万とも見て取れるほどの大軍だが、まるでエンピツの先のように細く尖って突っ込んでくる。家康の目がすぐ背後にあることで、武功をあげようと(はや)っているのかもしれない。あれでは数で勝るメリットが薄くなってしまう。


 対して、掃部の指揮は的確だ。突撃してくる敵へ鉄砲隊と弓隊による射撃で勢いを殺し、足並みが乱れたところへ槍隊を差し向ける。敵味方が横一列に並べば、そのタイミングで側面から騎馬隊を率いて自ら突っ込んでゆく。

 さらに騎馬隊は完璧に統率されており、集団戦の中で浮いた敵の一団があれば、そこから刈り取るように殲滅してゆく。見事としか言いようがない。


 石田勢が型を破って防衛線に挑む一方で、宇喜多勢は掃部によって、型通りの戦法で敵を圧倒している。


「どうだ、決心がついたか」

「え?」


 掃部の戦いぶりについ見惚れていた俺は、秀家によって我に返った。


「うちに来いという話だ。掃部の武勇に権兵衛の指揮が加われば、当家は最強の名を欲しいままにできる」


 そういえば秀家には士官を誘われていたんだった。その場の勢いで適当なことを言っていると思ったが、どうやら大真面目だったらしい。


「この戦に勝てば、敵の莫大な領地が手に入る。そのうち京や大坂に近いところを権兵衛に与えよう」


 取らぬ狸の皮算用もいいところだ。しかし秀家の考えでは、西軍の主力である毛利軍は戦おうとせず、総大将であるはずの輝元に至っては大坂城から動こうともしない。よって副将という立場で家康と刃を交えた自分こそが一番の恩賞を得るべきであり、配分の決定権も自分にあると考えているのだろう。

 それはおそらく正しい。この戦場に宇喜多勢がいなければ西軍は戦にすらならなかったはずだ。日和見(ひよりみ)の毛利は発言力を失うだろう。


 それにしても秀家は西軍の勝利に絶対の自信を持っているようだ。それに加えてもはや「自分の時代が来た」とまで思っていそうな節がある。


「勝てますか」

「間違いなく」


 俺が聞いたところ、秀家は力強い言葉で即答した。


「じき松尾山から吉報が入るだろう。そうすればこちらの軍勢は厚みを増し、徳川を押し返すことができるはず。さすれば南宮山もうごくのではないか」


 希望的観測のオンパレードだ。こういうところはやはり若さが出ている。

 正直な俺の心境としては、大船どころかボートで大海原に漕ぎ出している気分だ。清州城攻めに失敗してからというもの、これまで必死に築き上げてきた西軍有利な要素が徐々に薄くなり、今ではどっちに転ぶか分からない状況になってしまっている。


 現に初戦は宇喜多勢が優位だったものの、敵は早くも動き方を修正している。相手も騎馬隊を出して掃部を徹底的にマークすることで機動力を潰そうとしており、さらに槍隊が広がって進軍することで、こちらの槍隊を数で潰そうとしている。あと数分もすれば序盤に築いた有利は帳消しになりそうだ。

 あまりに的確な対処。優秀な家臣団に恵まれているのは家康も同じだ。


「殿、敵が盛り返してきました!」

「騎馬隊だ、騎馬隊を出せ。掃部を助けよ」

「御意!」


 掃部もまずいが、槍隊もじりじりと押され始めている。これは早くも前線が崩れる兆候だ。戦争は流れであり、勢いが最も重要である。歩兵同士の戦いで一度でも押し切られてしまうと、立て直すにはかなり時間を有する。下手をすれば拮抗(きっこう)した状態に戻すことも出来ないまま戦が終わってしまうことすらある。


 まずい。宇喜多勢が崩れるようなことがあれば、松尾山を攻める大谷勢は敵に背後をつかれてしまう。さらに徳川の本隊が笹尾山の攻め手に加わるようなことになれば、いくら左近でも耐えきれないだろう。


「俺が出る! 前線を押し上げよ!」


 旗色が悪いと感じたのか、秀家はわめきながら馬に乗ろうとした。大将自ら前線に立って味方を鼓舞(こぶ)しなければ、このまま敗北してしまうと感じ取ったのだろう。

 秀家の側近を固める精鋭部隊であれば、この良くない流れを断ち切ることができるかもしれない。しかし今から出て間に合うか。


 その時、いくつもの銃声が鳴り渡り、宇喜多勢の側面に回ろうとしていた敵の騎馬隊がバタバタと倒れた。さらに霧の中から突如として大勢の槍隊が現れたかと思うと、一糸乱れぬ動きで的確に敵の側面へと襲い掛かる。

 その槍隊についた旗印は、鷹の羽根が重なり合っている「(たが)(たか)羽紋(はねもん)」。つまり大谷勢だ。

 さらにその後ろからは、小西勢や島津勢と思われる騎馬隊が追い付き、混乱に乗じて崩れた敵の陣形をさらに乱してゆく。


 援護としては、これ以上ないという完璧なタイミング。

 宇喜多勢が早期に崩れることを見越して、松尾山の攻め手から予備隊を回していたのだろう。目の見えない吉継が、こうも正確に盤面を操るとは。

 

「くっ、後れを取るな! 宇喜多の力を見せよ!」


 窮地(きゅうち)を脱した秀家だが、安堵(あんど)したような表情を見せたのも束の間、次は嫉妬の炎を燃やしている。吉継に助けられたのは事実だが、それでは武将としての矜持(きょうじ)を傷付けられたのだろう。


 しかし――宇喜多だけでなく、大谷・小西・島津までもが東軍の相手をするということは、松尾山の攻撃にあてる層が薄くなったということでもある。

 石田勢が持ちこたえられるのか、怪しくなってきた。

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なによりもモチベ向上、執筆意欲に繋がりますので何卒よろしくお願いします。

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