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関ヶ原7

 俺はふと思い出して左近を追いかけ、山の中腹あたりで追いついた。


「鉄砲にお気をつけください」

「鉄砲?」

「はい。敵の黒田長政は適わぬと見るや、鉄砲隊を指揮して島殿を狙撃するはず」

「まるで見てきたように言うではないか」


 そう言われると、なんとも言えない。

 見てきたわけではないが、史実として知っているだけだ。

 左近は鉄砲傷を受けて一時的に前線を離脱したものの、また奮起して戦いに戻ったとされている。真偽のほどは分からない。殿のために最後まで戦おうとする武士の(かがみ)だが、あまりにも綺麗すぎて創作の可能性が高いように思える。


「心配は無用だ。そもそもわしはここを死に場所と決めている」


 左近はそう言い、目を細めた。

 木々の切れ目から、こちらへ行軍してくる敵の軍団が見えた。開戦の合図があれば、こちらへ雪崩のように押し寄せて来るだろう。


「わしが命を賭けねば本陣は守り抜けまい。わしごときの命では、どうにもならぬかもしれぬが」

 

 これまで歴史を変えようと努力してきたが、結局東西両軍はここ関ヶ原で相対することとなり、史実にほど近い布陣になった。

 もし運命の収束なんてものが本当にあるのだとしたら。

 左近は関ヶ原で討ち死にすることはもう決まっているのかもしれない。


「権兵衛はどうする」

「ひとまず吉継さまの下へ行こうかと」

「伝令をやるのだな」


 あれはいつだったか、左近と大坂へ行った帰りに、戦場で車をどう使うべきかという話をしたことがある。その際に、左近は伝令として使うと言った。馬よりも速く、敵に捕まる恐れもない。味方へと迅速かつ確実に指示を届けることができるとなれば、これほど頼りになるものはないと。


 この関ヶ原の戦いにおいて俺の役割は、三成と松尾山攻撃隊を実質的に率いている吉継の間を繋ぐことになる。


「それが良いだろう。お主たちがここで死ぬ必要はない」

「それはどういう――」


 言いかけたところで、銃声が響いた。

 馬鹿な。敵はもう仕掛けてきたというのか。


「あれは挨拶みたいなものだろう」


 思わず身をすくませた俺と違って、左近は動じていない。


「誰が一番槍を(にな)うかで、相手にもいざこざがあるようだ」


 戦国時代において自軍で一番はじめに敵へ傷を負わせた者は、勇猛な証であるとして武士の名を高めると共に、恩賞の対象となった。それが一番槍だ。

 そして相手には一番槍に最もこだわる男、福島正則がいる。


 史実では、関ヶ原の一番槍は徳川家臣の井伊(いい)直政(なおまさ)と、家康の四男である松平(まつだいら)忠吉(ただよし)とされている。東軍の先陣は福島が務めることになっていたが、伊井は天下分け目の戦こそ徳川に縁の深い者が一番槍であるべきと判断し、抜け駆けをして銃撃による一番槍で開戦の火蓋を切ったとされている。


 今のはこちらの世界でも、抜け駆けによる銃撃があったのかもしれない。

 史実では、出し抜かれたことに気付いた福島は怒り狂い、八つ当たりするかのごとく、正面にいた宇喜多勢に突撃を仕掛けたとか。

 そしてこの関ヶ原で正面にいるのは、石田勢である。


「かかれぇーっ!」


 ここまで聞こえてくるほどの怒号。続いて複数からなる「うわああああああああっ!」という、ほとんど叫び声に近い声が追いかけてくる。


「始まったか」


 左近は短く言い、歩を速めた。


「島様、くれぐれも」

「分かっておる。お主の策を遂行しよう」


 戦の準備段階で、俺は島隊と蒲生隊にとある作戦を伝えている。

 ほとんどお願いに近いようなものだ。


「陣地から出ることなく、ひたすら防衛に徹するのであろう」


 左近が言い、俺は少なからず安堵する。攻めを捨てるなどというのはこの時代の武士には受け入れがたい提案かと思ったが、理解してくれたようだ。


 ところで戦争とは(かた)の応酬である。そして戦争の歴史とは型の進化である。日本の戦においても、騎馬、鉄砲、大筒など、新しい武器が誕生するたびに戦の内容は変化してきた。

 この時代の戦はまず鉄砲隊が一斉射撃を行い、その間に射程の短い弓隊が前に出て撃ちかけ、続いて槍隊が出て混戦になったところを、戦場の主役である騎馬隊が側面から突く。このような型が決まっている。


 俺はその型を崩すことにした。


 現在は石田勢と東軍の間を、鉄砲と矢が飛び交うタイミングだ。

 従来の型通りで言えば、前方の福島をはじめ、黒田・細川・田中・加藤らの軍勢が槍隊を前面に押し出してきたら、こちらも槍隊を出すのが普通である。


 石田勢の先方は島左近と、家臣のひとりである蒲生(がもう)郷舎(さといえ)の隊で、石田勢6,000人のうちそれぞれ1,000人ほどを率いているが、彼らの役目は敵を笹尾山に近寄らせないことだ。よってこちらは槍隊を出さず、逆に鉄砲隊と弓隊の層を厚くした。


 今回の関ヶ原において、西軍の作戦は2通りあった。

 1つ目は敵が関ヶ原に到着するよりも早く、松尾山の小早川勢を壊滅させること。これは思ったより時間が掛かってしまい、失敗した。

 1つ目の作戦に失敗した時のためにあるのが2つ目で、これは石田勢がとにかく敵の大多数を引き付けて時間を稼ぎ、その間に味方が小早川を討ち、改めて東軍と全面戦争に赴くというものだ。


 いま西軍は2つ目の作戦を遂行している。石田勢は要塞化した笹尾山にて、命を賭して時間を稼がなければならない。


「慌てるな。存分に引き付けてから撃てい!」


 ふもとの前線では、すでに蒲生による指示が飛んでている。

 左近が近付くと、すぐさま従者が馬を引いてくる。

 左近は慣れた動作で馬に跨ると、槍の穂先を敵へ向ける。


「見ろ、敵は(おく)しておるわ」


 こちらへ向かってくる敵の槍隊はざっと見ただけでも数百人はいるが、どの隊もこちらの出方を伺うように、じりじりとゆっくり前進してくる。

 こちらが槍隊を出さないので警戒しているのだろう。


「あれでは良い的だ。弾と矢を食らわせてやれい!」


 左近が言うと、直属の鉄砲隊と弓隊が一斉に射撃を開始する。敵の最前列がバタバタと倒れ、敵に動揺が広がるのをここからでも確認できた。


「進めや、進めや! 止まる奴はぶった斬るぞ!!」


 敵の大将の声が聞こえてくる。あれは福島か、それとも黒田か。


横柄者(へいくわいもん)の首を獲れぇ! かかれーっ!」


 向こうが刀を交えないのであれば、叩き潰すべし。そう考えたのだろう。敵のほうが数の上では勝っているのだから、その判断は正しい。


 動揺が走って足を止めたのも一瞬のことで、すぐに槍隊は走って距離を詰めて来る。対するのは、3列に並んだ石田勢の鉄砲隊だ。

 火縄銃は単発式の鉄砲であり、慣れた者でも一発撃ってから次の装填までに30秒ほど掛かってしまう。よって撃ったら後列の者と入れ替わり、待機している間に次弾を込める。このようにして撃ち続けるというのが鉄砲隊の基本戦術だ。


「絶えず撃ち続けよ!」


 銃声に負けないほどの声量で左近が叫ぶ。


 このように石田勢は攻めて出ることはせず、ひたすら遠距離で敵の数を削りに掛かる。相手は三成の首を獲りたい一心で、ただ闇雲に突っ込んでくる。

 一方的に攻められているようには見えるが、早くも死体の山を築いているのは相手の方だ。

 

「型を破ると聞いた時はどうかと思ったが、上手くいったようだな」

「はい」

「まったく、お主はどこで兵法を学んだのやら」


 残念ながらなにも学んじゃいない。しかしこの時代の決まった型に捕らわれないというのは、俺が未来からきたからこその強みだろう。


「しかしいずれ敵が到達し、敵味方入り乱れての戦いになるでしょう」

「その時こそ望むところよ。我が槍の餌食にしてくれよう」 


 左近が自信げに笑う。この男は本当にやってしまうのだから頼りになる。


 これならばかなりの長い時間を稼ぐことができそうだ。

 ひとまず大谷吉継の下へ行って石田勢の足止めが成功したことを伝え、松尾山の戦況がどうなっているか確認するとしよう。


 車へ向かう途中、離れたところからも銃声がすることに気付いた。

 関ヶ原の中央部、天満山のふもとあたりで、宇喜多勢が東軍とぶつかったようだ。対するのは藤堂(とうどう)高虎(たかとら)京極(きょうごく)高知(たかとも)、そして徳川の本隊だ。


 宇喜多勢だけではかなり厳しい戦いになるので、ここからどのように展開するのかも吉継と相談しなければならない。

 そしてすべては、松尾山の小早川を一刻も早く討ち取ることに掛かっている。


 ふと気になってちらりと見たが、南宮山に立ぼのった無数の旗は動いていない。

 動く気配さえないが、今回はそれでいいと思った。


 毛利勢に限っては、史実と変わらないでいてくれたほうがずっと助かる。

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