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関ヶ原5

 戦乱の火蓋を切ったのは、立花宗茂隊であった。


「放てぇ!」


 鉄砲隊による一斉射撃の後で、槍隊が一挙に山を駆けあがり、小早川の陣を切り崩してゆく。石田勢の守る笹尾山ほどではないが、ここ松尾山もそれなりに備えがあった。


「掛かれぇ!」


 しかし立花勢の猛攻はすさまじく、防衛網を次々と突破してゆく。

 こうして実際に見て分かった事だが、立花勢は異様に士気が高く、普段は農民と思われる足軽に至るまで、怒号を上げながら敵に斬りかかってゆく。


「はっはっは、殺せ殺せ! あの若造に(いくさ)の恐怖を思い知らせてやれ!」


 兵たちの声量に負けないほどの大声で、宗茂が叫ぶ。松尾山の頂上まで聞こえているのではないかという、とんでもない声のデカさだ。

 しかも宗茂が立っているところは敵の矢や鉄砲が届く位置だが、(おく)す素振りもない。大将の堂々とした姿勢に、味方は勇気付けられるのだろう。

 勇敢で屈強な兵に恵まれ、さらに宗茂自身がそれらを鼓舞することに長けている。これが立花軍こそ戦国最強だと言われる理由だろうか。


「者ども進め! 立花勢に後れを取るでないぞ!」


 その後に続くのは大谷隊だ。前線の指揮は子の大谷吉治(よしはる)が務めている。

 彼は関ヶ原での敗戦後も生き延び、大坂の陣にて豊臣方として参戦し、関ヶ原の(とむら)い合戦だとばかりに奮戦した。

 最期はあの真田幸村と行動を共にし、討ち死にしている。


 松尾山から見て北から立花・大谷両隊、そして東から宇喜多秀家、西の最も大回りなルートからは小西行長、島津義弘の軍勢が攻め上がっている。

 なお丹後田辺の軍勢は均等に割り振られ、それぞれの武将の下に置かれている。


 攻め手の層は厚く、4万人を超えている。いくら小早川勢が1万5,000人を有していようと、この奇襲に慌てふためき、午前中には勝敗が決すると思われた。


 しかし戦が始まってしばらく経つも、山の中腹にすらたどり着けない。

 味方の誰もが想定していたよりもずっと、小早川勢の守りが固いのだ。


 俺たちは最初の伝令を終えた後、吉継のそばに控えていた。松尾山のふもと一帯は藤下という地名らしい。吉継はそこの神社に陣を移動していた。

 吉継は目が見えないので、配下たちが戦況を逐一報告している。


「殿、立花勢が中腹に差し掛かりました!」

「立花勢が前に出過ぎています。吉治に孤立させないよう言いなさい」


「殿、小西勢も接敵し、交戦し始めました!」

「随分迂回(うかい)しているようですが、効果が薄いのではないですか?」

「はっ、味方との連携が取れず、苦戦しているように見えます」

「島津勢に援護要請を。彼らの突破力で切り拓いてもらいましょう」


「殿、宇喜多勢が敵の関所を破り、藤古川を渡りました!」

「宇喜多勢は数での力押しに頼り過ぎています。味方に歩調を合わせるように」

「はっ!」


 吉継の手元には、木製の盤面があり、そこには形や大きさの違う駒が並べられている。吉継は部下からの報告を受けるたび、それらを指先で確かめながらしきりに動かし、戦場の盤面を把握しながら指示を出している。とても人間業(にんげんわざ)ではない。


 吉継の特筆すべきは指示の的確さだけではなく、声色を変えることなく、淡々とした口調を用いていることだろう。戦の真っ只中にあってどっしりと構え、まるで平常時のような話し方をしている。だから配下も冷静さを失わずにいられるのだ。


 これが豊臣秀吉に100万の軍勢を率いさせてみたいと言わせた、大谷吉継か。


「権兵衛殿」

「はい」

「これは時間が掛かりそうですね」

「そのようです」


 そう言いつつも、吉継はまったく焦っている素振りはない。

 これは部下たちに動揺が広がらないよう配慮しているだけで、内心ではこのまま松尾山攻めに時間を費やすのはまずい、と考えているはずだ。


「三成は中山道に物見の兵を配置しているのですね?」

「そこは島左近が抜かりなくやっているので、大丈夫かと思いますが……」


 吉継は岡山の敵が動き、関ヶ原に攻めて来ることを危惧している。

 東軍は徳川家康の到着まで動けないため、寝返りの約束をしている小早川勢が窮地(きゅうち)に陥ったとて軍を動かさないであろう、と俺と三成は予測していた。


「家康さえ到着していなければ、敵は動けません」

「ふむ――ここにきて、三成のつめの甘さが出ましたか」

「え?」

「権兵衛殿も知る通り、三成は頭が良い。此度の作戦も完璧に近いものです。しかし肝心なところでつめの甘いところがある」

「と、言いますと」

「私だったら家康はもう到着している、と考えます」

「…………」


 そんなはずがない、とも言いきれなかった。

 そもそも西軍が史実よりもずっと早い攻略・展開を成し遂げたにも関わらず、東軍の反転がそれ以上の早さで行われ、清州城を奪うことが出来なかった。

 史実ではなかなか江戸を出発しなかった家康が、じつはすでに岡山に到着していたなんて可能性は十分考えられる。


「権兵衛殿、権兵衛殿はいずこに!」


 その時、伝令の印をつけた兵士が走ってきた。あれは三成の伝令だ。


「どうした?」

「島様より伝令、敵が岡山から垂井(たるい)方面へ移動中!」


 やはり動いたか。家康が到着したか、それとも大垣城の主力が動いたことを知って、福島らの判断で追いかけてきたか。おそらく前者だろう。

 

 西軍が大垣城から関ヶ原へ移動する際は、大きく回り道をした。本来は南宮山の北側を通るのが道も広く、距離は短くて済むのだが、敵のいる赤坂の目と鼻の先を通ることになってしまう。それではこちらの動きが敵に筒抜けだ。よって南宮山の南を通り、上石津の牧田川を通ってぐるりと迂回するルートを選んだ。山間の険しい道で、しかも夜間の移動は困難を極めた。


 対して、東軍は忍ぶ必要がない。最短距離で駆けて来るだろう。しかもひと晩かけて休みなく歩き続けた西軍と違い、相手はぐっすりと睡眠を取った後に行軍を開始している。下手をすれば先遣隊の到着まで、残り1時間もないのではないか。


「敵は中山道を辿り、そのままの勢いで関ヶ原になだれ込んでくるでしょう」


 こんな状況でもなお、吉継の声は落ち着き払っていた。


「宇喜多勢に伝令、ただちに備えるように」


 本来の作戦では、赤坂から来る敵は石田勢だけで抑える予定だった。しかし敵は全員で笹尾山を攻めることはせず軍を割って、残りは松尾山の救出に向かうかもしれない。

 その際に対処するのは、松尾山攻撃軍のなかでも東側にいる宇喜多勢が適任だろうと、吉継は瞬時に判断したのだろう。


 現在の宇喜多勢は2万人を超える西軍屈指の大軍だが、もし相手に徳川軍が加わっていれば、かなり苦しい戦いになるだろう。

 石田勢も同じだ。松尾山攻撃軍が小早川を討ち果たすか、それとも三成や秀家がやられるか、という話になった。


 いや、ちょっと待って。

 大変なことを忘れていた。


 史実では真田勢の奮闘によって、徳川の本隊である秀忠(ひでただ)率いる3万人が、信州上田で足止めを食らっていた。それがいまどうなっているのか、俺は知らない。

 馬鹿か俺は。なんでこんな大切なことを忘れていたんだ。家康は来ないだろうという先入観があり、秀忠のことを完全に忘れていた。


 もし家康と秀忠が、同時に合流しているとしたら。

 東軍の数は10万をゆうに超える。

 対してこちらの戦力は5万から6万程度しかいない。

 そんなもの、どうやって相手すればいいんだ。


「権兵衛殿」

「はっ」


 吉継に呼ばれて我に返る。

 いかん、つい絶望していた。


「机上で立てた策通りにはいかないのが戦というものです。まず貴殿はただちに三成のもとへ行くのがよいでしょう」

「は、はい」

「関ヶ原に到着した敵の数によっては、松尾山の攻撃を諦め、全軍で反転して関ヶ原で迎え撃たなくてはなりません」


 相手が10万ならば、それでもかなり苦しい戦いになる。

 しかしこのまま背後をつかれるよりはましだろう。


「ひとまず三成のもとへ。その後、できればここへ戻って来ていただけるとありがたい。あの乗り物であれば容易いはずです」

「はっ!」


 返事をして、近くに停めてあった車へ駆け戻る。

 本当ならば今すぐ中山道をひた走り、敵の近くまで行って秀忠がいるかどうかを確認したいが、そうもいかないだろう。


 いまはとにかく、西軍で孤立無援状態にある笹尾山に戻らなければならない。

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