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関ヶ原4

 石田勢が関ヶ原(せきがはら)の北にそびえる笹尾山(ささおやま)のふもとに陣取ったのは、まだ夜も深い午前一時ごろだった。


 ここから夜明けまでひと眠りするかと思いきや、足軽(あしがる)たちにはすぐさま陣を張る作業が待っていた。休んでいる暇などない。予想では赤坂からやって来た東軍は、そのままの勢いで石田勢になだれ込んでくる。

 この史実と異なるまったく新しい「関ヶ原の戦い」は、味方が小早川勢を討ち果たすまで、石田勢がどれだけ耐えられるかにかかっている。


 味方は6,000、敵は5万以上。

 少しでも持ちこたえるためには、この笹尾山を要塞化する必要がある。


 足軽たちは(くわ)だけで大人の背丈(せたけ)ほどはあろうかという深さの(ほり)をつくり、木材を組み上げて馬防(うまふせ)ぎと呼ばれる柵を張り巡らせてゆく。この作業を夜通し行い、朝までにこの笹尾山を野戦陣地(やせんじんち)にしようというのだ。

 まったく、この時代の人間の体力おそるべし、である。


 そんな(せわ)しなく動き回る足軽たちの様子を、俺たちは車のフロントガラス越しに見ていた。


「先輩は手伝わないんすか?」


 後部座席で横になり、暇を持て余していた詩羽がそんなことを言った。


「俺をこの時代の人間と一緒にするな。雨のなか鎧を着て何キロも歩いた後にあんな肉体労働なんて、俺みたいな現代っ子に出来ると思うか?」

「なんでちょっと偉そうなんすか?」


 憤慨(ふんがい)した様子で詩羽が身体を起こす。それで言ったら、ひと学年しか違わないとはいえ、先輩に対してその態度はどうなんだと問いたい。


「そもそも殿から言われたでしょ。私たちは出番まで大人しく待機なの」


 助手席の文羽がが(さと)すように言う。


「フミは佐吉(さきち)くんと同じで頭が固いなぁ」

「それ絶対に誰かに聞かれるようなところで言うなよ」


 これまで色々あったことで、詩羽にも少しは戦国という世に生きることの恐ろしさが分かってきたはずだ。しかしこの土壇場、天下分け目の戦いを目前にして、また(ゆる)んできている。


「暇なのは今だけだ。合戦が始まれば、すぐに出番だぞ」

「関ヶ原の戦いって何時から始まるんすか?」


 そんな観たいテレビ番組の時間みたいに聞くな。


史実(しじつ)だと朝の7時か8時だな」

「どっちにしろまだ時間ありますね」

「ああ。だからふたりとも寝ておいたほうがいいぞ」


 これまで規則的にボンネットを叩いていた雨の音が聞こえなくなっている。いつしか雨は止み、周囲には濃い(きり)が立ち込み始めていた。

 史実でも関ヶ原には霧が立ち込めていたらしいが、合戦の日付けはズレている。それにも関わらず史実のような天気になりつつあるのは、なんの因果だろうか。


 まさか歴史は変えられないという、天からのお告げじゃないだろうな。


 頭に浮かんだ嫌な予感を断ち切るべく、俺は改めて周囲を観察する。

 笹尾山に置かれた石田三成の本陣と、ふもとにつくられた二重の柵。そこから突き出すようにして、三成家臣の島左近(しまさこん)蒲生郷舎(がもうさといえ)の隊が並んでいる。


「やっぱり実物はだいぶ違うな」


 完成した野戦陣地を見て、自然とそんな言葉が漏れた。


 現代の笹尾山は、関ヶ原古戦場のひとつとして観光スポットになっている。馬防ぎの柵など石田三成の陣跡が再現されているが、あれはあくまでも予想図だ。裏手には国道21号線が走り、近くを流れる相川(あいかわ)は岩手川と合流するまでは小さな流れでしかない。夏は陣跡のほど近くに一面のヒマワリが咲き誇る。そんな場所だ。


 ただこの戦場において史実ともっとも大きく異なる点、というかこの時代における異物(いぶつ)そのものは――石田隊の陣中に停車した黒の自動車と、それに乗る三人の現代人だろう。

 この時代に来てから本当に色々あったが、ついにここまできた。


「先輩」

「ん?」


 呼ばれて助手席に目をやると、文羽が真っ直ぐこちらを見つめていた。


「本気で、やるんですね」

「なんだよ、ここにきてビビったか?」

「そうだよフミ、もうさんざん話し合ったじゃん」


 顔のすぐ横で声がした。いつの間にか詩羽が身を乗り出している。

 詩羽の言う通り、この時代に流れ着いたときから、ずっと話し合ってきた。どうして俺たちは戦国の世に迷い込んだのか。そして俺たちはなにが出来るのか。


「うちらで西軍を勝たせるって決めたんだから」


 それは関ヶ原の戦いで、石田三成を勝たせることだ。


 俺は再び、石田隊の陣地に目を向ける。すでに足軽の整列が完了し、開戦の火ぶたが切られるのを待つばかりとなっている。


 真夜中の、しかも雨の降る中を行軍し、到着してすぐの陣構え。やがてそれが終わり各々(おのおの)持ち場に着けば、自由に動くことも許されない。

 それでも足軽は文句のひとつも言わない。この時代を生き抜くには、戦うしかないということだ。


 それは俺たちも同じだ。戦わなければ未来はない。


「これは正義と不義の戦である。負けるわけにはいかぬ」


 関ヶ原に到着した際、家臣を集めて三成はそう言った。それは部下たちを(ふる)い立たせるだけでなく、自分に言い聞かせているかのようでもあった。


 歴史は知っている。関ヶ原にて西軍はことごとく敗北する。三成は戦場を逃れるも捕らえられ、京都の六条河原(ろくじょうがわら)にて処刑される。やがて260年続く徳川の時代がやって来る。


 だが、俺たちがいれば歴史は変わるはずだ。俺たちに大した能力はなくとも、この時代のオーパーツとも呼ぶべき、一台の車があれば。


 その時、伝令の印を持った者が駆け寄って来るのが見えた。

 俺は運転席側の窓を開ける。

 どうやら予想よりもだいぶ早く、俺たちの出番がやって来たようだ。


大谷吉継(おおたによしつぐ)隊、ならびに立花宗茂(たちばなむねしげ)隊に伝令。霧が晴れしだい松尾山へ駆け上り、裏切り者の小早川秀秋(こばやかわひであき)を即刻討つべし!」

「了解」


 復唱の必要ない。俺が献策(けんさく)した通りに三成はしようというのだ。

 今日までにやれるだけのことはした。三成の家臣になってからというもの、どうやったら関ヶ原で西軍が勝てるかだけを考えて策を練り、これまで積み上げてきた。大丈夫だ、負けはしない。


「歴史を変えるぞ」


 パワースイッチを押してエンジンを掛けながら言う。自然と強い言葉が出て、車はそれに応えるように、ブウンと音を立てた。

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なによりもモチベ向上、執筆意欲に繋がりますので何卒よろしくお願いします。

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